第91話 戦争の理由

 ダウ・ルーの王宮はこの世界にとっても異質すぎる形を取っていた。なんせ、海の上にある。以前、ダウ・ルーは一部の街を海上に引っ張っているといったけど、王宮までもが海にあるというは驚きだった。

 沈んだりするとは思わないのかしら。それとも、私の知らない建築技術、もしくは魔法で浮力を得ているんだろうか。おそらくは後者な気もする。

 それか実は海底とは地続きだったりするのかしら。

 なんにせよ、南国の王家は海の上に城を立て、統治をしている。その姿はある意味では、この異世界でもっともファンタジーな姿かもしれない。

 

「あ、イスズ」


 王宮に着くと、ちょうどグレースたちとも合流することができた。正式な形での招待故に、グレースたちの周りにはこれでもかというお付がいる。

 少し離れた場所では夫であるガーフィールド王子が恐らくはダウ・ルーの貴族たちとの挨拶周りで忙しそうにしている。


「ご機嫌麗しゅう、プリンセス・グレース」

「楽にしてよい。この度の同盟強化はあなたの働きもあってのことですから」


 普段とは違い、公共の場である。私も態度を改めないといけない。

 それはグレースも理解しているようで、意図的にそういう風な態度を取っていた。

 しかし、やはり堅苦しいというのは彼女も慣れないようで、召使いたちに軽く下がるように伝えると、私を連れて、二人きりになろうとした。

 なので、こっちもアベルにはガーフィールド王子の下へと向かわせて、領主代理の仕事を任せることにする。


「お船を、作ろうとしているとか。戦争の為の……」

「お気に召しませんか。ですが、敵は海の向こう側にいます。海から攻めてくるとなれば、矢面に立つのは、この国です」

「わかっています。サルバトーレとは長い付き合いのある国。アルバートの故郷ですし、私たちも夏の休暇で訪れたところです。良い国です」


 あぁ、そういえばグレースたちは通称・水着イベントとやらでこの国に来ていたのよね。大体夏頃になると先輩が食費を削るとか言い出していた。


「こんなことになるだなんて、想像もつかなかった。どうして、皇国という国は私たちの大陸に攻め込むのでしょう?」

「知らないわよ、そんなこと。戦争って、ようは経済活動の延長だってよく聞くけど、今回の戦いには無駄が多いわ。まるで、ただこっちを襲うことだけが目的のよう」


 そもそもやり方がせこいのだ。大陸間の不和を煽って、内戦を仕掛けさせる。

 かと思いきや先兵として選ばれたハイカルンは土地にすら大きなダメージを与えられた。支配するための領土を汚染させるという行為はなくはないけど、それでも戦争で得られる利益が減ってしまう。

 とはいえ、戦争で利益を求めるようなことは、実際には少ない。戦争による利益がもたらされるのは副次的な効果でしかないし、戦争をした結果、儲かるのというわけじゃないからだ。

 もちろん、敵対国の領土に眠る金銀の鉱山とか交易ルートの確保、労働力などを求めて行われることもあるのだけど。


「戦争をしたいから、戦争を仕掛けてくるの?」

「うぅん、そういうのとも違うのよね」


 先に挙げた理由はある意味では現代的な価値観からの推論。

 実際の古代の戦いは意外と単純なことが多い。冗談を抜きにして「〇〇の王は神の子なので、世界を征服する義務がある」みたいな理由もあるし、よそから舐められたから仕返しに戦争仕掛けましたとかもある。

 なんなら、美しい美女を求めてとかも嘘じゃない。

 ただ、それでも、やはり今回の戦いに関してはこれらの要素も見えない。


「本当に、目的が見えないわ……無理に理由を付ければ海運業の開拓とも言えるけど……それならさっさとダウ・ルーを襲うわよ……なんで、忍び込んでわざわざ内陸なのよ……」


 えぇい、私は戦争評論家じゃないんだぞ。

 そんな難しいことがわかるわけがない!


「まぁ、とりあえずよ、グレース。相手が殴ってきますと挑発しているんだし、こっちが準備を整えても問題はないわ。どうせ、いちゃもんをつけてくるでしょうけど、知らぬ存ぜぬを通せばいい。それで襲ってきたのなら、こっちに大義が生まれる。それに、こっちは海賊への対応という理由も生まれているしね」

「それは、そうかもしれないけど……着地点が見えない行為って、不毛よ……暗闇の中を、ただ意味もなく走っているだけじゃ、疲れるだけよ……」


 へぇ、この子、意外と現実的なものの見方ができるのね。

 いえ、ここ最近のグレースを見ていれば、この子は頭がお花畑なのではなく、それなりの目的をもって、それに対して実行できるだけの魂胆を持っていることがわかっていた。

 ただ、その範囲が広すぎるから、ある意味では優柔不断に見えてしまうのかもしれない。

 何に対しても一直線なんだ、この子。


「あら、でもゴールは見えないけど、目標はできるわよ」

「え?」

「安定した国力と絶対的な軍事力。この場合は防衛力や自衛力ね。これを持ち、サルバトーレで培われたいくつもの技術を海外に持ち込む。これを行うことで、私たちの国は間違いなく天下に君臨するわ」

「そうなの?」

「今のところは技術を秘匿するべきよ? でも、どうせ技術というのは漏洩するものよ。だったら、あえて与えてやるほうがこっちの利益になるの。もちろん見返りは必要よ?」

「戦争よりは、マシかもしれません……経済というものでしょう?」

「というよりは発展の促進ね。まぁ、もちろん問題は起きるでしょうけど、戦争みたいな暴力的な行為は少なくなるわ、多分ね」


 このあたりに関しては私は確定的なことは言えない。

 そうなってくれたらいいなぐらいの希望的な観測だわ。

 でも、やはり、皇国だけは打撃を与えて、無駄なちょっかいを出さないようにしておかないと。

 いつ、後ろから切られるかわかったものじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る