第88話 デビルフィッシュ

「食事に招待しておいて、今更なことを言うのだが、魚が食べられないという者はいるか? たまに、そういう者がいる。一応、ダウ・ルーには山の幸もある。用意させるが?」


 ささやかな会談が終わると、アルバートは昼食を用意してくれていた。

 この後、さらに夕食をもごちそうになる予定もある。ありがたいことだった。

 アルバートの問いには、全員が首を横に振る。どうやらアレルギーの配慮がこの世界もなされているらしい。

 ふむ、やっぱり、歪ではあるけど、この世界の技術力や知識はそんなに低くない。私の石炭による製鉄や蒸気機関の推進はタイミングが良かったとみるべきかも。

 それと特許申請という形で、王家の庇護を得たことも大きい。こっちはこっち、成り上がりの為には技術も知識も独占しておきたかったし。


「私たちに、特にこれといって苦手なものはないわよ」

「そうか。とはいえ、無理な残してくれても構わん。見た目が好ましくないという者もいるのでね」


 そんな忠告をして、アルバートは使用人たちに指示を出している。


「見た目ってどういうことでしょう」


 気になったのか、アザリー姿のラウが耳打ちをするように小声で、訪ねてくる。

 海鮮で、見た目といえば、私の中でパッと思いつくのは多分、あれだろうなぁ。確かに外国人だと嫌いだって人は多いかも。


「タコかイカでしょう。吸盤が多いのよ」

「あぁ、食べたことも、見たこともありませんが……吸盤?」

「あれかぁ……最初に見たときはなんだこの化け物と思ったぜ……」


 どうやらアベルは知っているようだった。

 顔をしかめているのを見ると、彼はあまり好きではないらしい。


「あら、アベルは嫌いなの? 怖いモノ知らずと思っていたけど」

「見た目が苦手なんだよ……それに、あれ、手足を切り落としても動くじゃねぇか……虫みたいでいやなんだよ」


 一部のヨーロッパではタコなんかは避けられた食べ物だという話は聞いたことがある。でも、それは内陸の国ぐらいで、ヨーロッパ諸国でもタコやイカは普通に食べられていて、なんなら伝統的な食材でもある。

 宗教的な観点で、お肉を食べられない地域ではタコなどを代わりに食していたという話を昔、何かで聞いたことがあるし。


「手足を、切る?」


 実物を見たことがないアザリーは断片的な情報だけでタコの姿を思い浮かべようとしているが、どうやら恐ろしいものを想像したようで、顔を真っ青にしていた。


「触手みたいなのが八本も十本もあるのよね。そこに吸盤があって、引っ付いてくるわよ」

「え、え? なんですか、それ、魚ですか? 化け物しか思い浮かばないのですが」

「大丈夫よ、多分、料理として出てくるときは見た目がわからないぐらいには着られていると思うから……」


 そんなことで談笑をしていると、どうやら使用人たちが料理を運んできた様子だった。

 食事のメニューはざっと見る限りはかなりシンプルで、スープやムニエルのように粉をまぶして焼いたものの上にソースをかけたりしたものが大半。どうやら生魚料理はないらしい。

 あとは何やら煮込んだらしいものがあり、多分、これはアクアパッツァなんだろうと思われるものが鉄板と共に運ばれてくる。

 ただ、ひときわ目立つものがある。


「ひぃっ!」


 それを見てアザリーは顔をひきつらせた。

 アベルもよい顔はしていない。

 私は、普通。だって、タコだもん。


「やっぱりタコか、丸々茹でたのね」


 サラダとかで周りを飾り付けられているけれど、それでも異彩を放つ赤い塊。内臓の処理はしてあるだろうけど、ほぼ見たまんま、そのまんまなタコが一匹、ゆであがっていた。

 私は、焼いた方が好きなんだけどなぁ。


「こ、これは食べられるものなのですか?」

「おいしいわよ。歯ごたえがあって」

「あの、母上、ものすごく睨んできます、これ」


 ゆであがったタコの両目は黒ずんでいるし、動くこともないんだけど、それが目玉だと認識すると気にはなるらしい。


「大丈夫よ、動きはしないわよ」

「お前、良く平気だな……」


 アベルもあまり、タコを見ないようにしている。


「ははは! やはり、苦手というか気になりますか」


 タコへの感想を見て、アルバートは申し訳なさそうに苦笑していた。

 一応、ダウ・ルーのもてなしの料理なんだろう。


「私は別にいいのだけど」


 食事が始まって、私はタコの足を一本、ナイフで切り取り、皿に移す。アベルもアザリーも「マジか……」みたいな目で私を見ていた。

 なによ、タコは体にいいのよ。


「そりゃ食えるけどもな?」

「私はあんまり気にしないたちなのよ。別に毒があって、腐ってるものを出されているわけじゃないし」


 まぁ、ここではあんまり関係ないけど、私、小さい頃にはイナゴの佃煮とか食べてた人間だし。


「いや、珍しいよ。普通、内陸の人で、しかも女性がそんな、バクバクと……なんというか、本当に肝が据わったな、あんた」


 アルバートも同じように驚いている。


「美味しいですからね?」

「それはありがたい言葉ではあるが……お前には、顔を合わせるたびに驚かされる……手紙が届いたかと思えば船をよこせといってきたときもそうだが……」

「強く、たくましく生きるのがモットーになりつつあるのです。それと、あまりにも好き勝手しているどこぞの国にいらだっていたのもありますけど」

「先に仕掛けるなどとはいうなよ。皇国は直接的な行動には出ていないんだ」

「わかっているわよ。だから、こうして準備だけにとどまっているのでしょう?」


 皇国がハイカルンの裏に控えていて、漁夫の利を画策していたということは、大陸の国家、王族たちの間では多少の共通認識でもある。

 しかし、だとしても皇国が軍を直接送り込んで、攻め入ってきているわけでもない。果たして、この世界における国際情勢がどのようなものなのかはわからないけど、むやみに手を出すのはやめておくべきだろう。

 あとで難癖付けられても困る。だからこそ、防備を固める為の戦力増加と技術輸出なのだ。相手が攻めてきたという事実があり、それに抵抗すれば侵略戦争に対する姿勢としては正しく映る。

 皇国が攻めてこないのも、ある意味ではこちらの先制を誘発しようとしているのと、それとは別にハイカルンの動きが瞬く間に鎮圧されたのが大きいのかも。

 彼らとしてもハイカルンの陥落が早いのは思ってもみない状況だっただろうし。


「軍備拡張か……少し前までなら、考えもしなかったことが、今は平然とお紺われているな……」

「その考えもしなかったことをもう一度取り戻す為に、やるしかないんじゃない。義は我らにありと胸を張るのよ。あと、タコ、お代わり」


 この世界は、本当なら緩いはずの乙女ゲームのはずなんだから。

 あーあ、グレースが聖翔石で平和を願ったらなんかふわーっと平和にならないかしら。

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