第89話 海賊討伐の画策

「鉄鋼戦艦のことだが、作ってそれでおしまいというわけにもいかない。どこかでテストをしないと国も軍も金は降ろさない。成果を出さなければな」


 昼食のデザートが運ばれる中、アルバートは唐突に仕事の話を始めた。

 もとより話し合うべき内容だったので、私たちもそれに応じる。

 デザートは柑橘系のフルーツの果汁を果肉を混ぜ込んだシャーベットのようなものだった。


「はぁ、まさか自分からこんな言葉が飛び出すようになるとは思ってもみなかった。俺は海運業の嫡男だぞ……」


 アルバートの実家は海の男であり、船乗りの一族ではあっても、軍人ではない。

 だけど、他のどの国の人間よりも海と船に精通していることが、結果的に海戦という行為に対する優位性のようなものを持ってしまっている。

 ダウ・ルーは大陸の玄関口という立場場、そして海の向こうから迫りくる侵略者が現実味を帯びてきた現在では、その防波堤としての役割を他国から期待をされてしまっていて、そのプレッシャーが伝播して、こんなことになっている。

 しかも、アルバートの家はダウ・ルーの中で、最も船を持つ家であり、重要な立場にいる。

 彼らが船をある程度、自由に扱えるのはその立場があってこそだった。


「鉄鋼戦艦だが、表面に鉄を張り付けるという簡易作業なら二週間程度で終わる。錬金術師たちを総動員すれば、突貫でも手抜き工事にはならない。だが、お前の求めるものはそうではないんだろう?」

「それはそうですが、手早く実物を用意するという意味では魔法の使用は躊躇いません。アルバート、私は何も魔法否定論者じゃないのよ」


 魔法というものを極力使わない。凡人であっても、できるものがあり、それが全体を支えるものであるという認識は私にも当然ある。

 しかし、魔法というリソースを使わないという手はない。私が製鉄、製鋼に関して魔法使いの手を借りなかったのは、国家に、引いては諸外国への供給に対して魔法使いだけの運用では追い付かないからあえて除外したまで。

 それと、何度も言うようだけど貴族のプライドが邪魔をして重労働をやりたがらないことが多いからだ。

 しかし、不思議なことで、国家の為、家の為という理由が課せられると、貴族というのは思いのほか、重い腰を上げる。

 しかも、単なる作業ではなく、威信をかけた一大プロジェクトともなると、彼らはとたんにやる気を見せることがある。

 ようは目に見えて形のある成果物に対する動き。鉄の塊を作るより、完成された船を装飾しようという方がやる気が出るというもの、らしい。


「使えるものは全て使うわ。船大工、錬金術師、こうなったら哲学者たちでもいいわ。とにかく、頭の良い連中をかき集めて、総動員よ。模倣だろうがなんだろうが、何かを作る場合、それが一番手っ取り早い。もちろん、働いた分のお金は出す。貴族ならば名誉を与える」


 最近になってわかったこと。

 名誉とは、金一封に匹敵する褒美。ある一定の水準を越えない限り、名誉で満足する人たちはいる。ただし、あまりにもやりすぎると反発が来る。そこはバランスの問題のようだ。


「単純作業に関する人手は、難民を利用する。復讐心は薄れつつあるけど、手に職を持たせれば、故国復興も夢じゃないし、協力に対する対価を引き出すことも可能だわ。グレースたちは優しいからね。ちょっとサルバトーレの予算を圧迫することになるだろうけど……最終的に戻ってくるお金を考えればむしろ儲けよ」


 何より、パンとスープとお金。これがあれば人は働く。

 明確な敵を作り、またもやそれを扇動すれば、彼らは忘れ去っていた復讐の牙を再び研ぐ。

 皇国。まだ全容の見えない敵。しかし、脅威は感じた。姿を見せぬまま、一つの国をむしばみ、操り、まんまと大陸の二つの国を滅ぼしたまさしく悪魔の所業。

 反皇国に対する機運は盛り上がりつつある。見えない敵に対する対抗心は少し恐ろしくも感じるけれど、なに、今のところはコントロールできている。

 故国復興という名目を掲げさせている以上、最終的な着地点はそこにあるのだから。

 これも、早いところ、形だけでも良いから行うべきだけど。

 そのあたりはゲヒルトたちとの相談になるだろうし。


「今スグにでも蒸気機関と搭載し、それを利用した推進機関を開発するべきです。理屈は簡単でも実践は難しいもの。今は一分でも一秒でも時間が惜しいのですから。それで、テスト運用にことですが、何かお考えが? 航海はさせるのでしょうけど」


 船の開発なのだから、実際に海に浮かばせて進めるのは当然だ。

 だけど、今回は戦艦を作っているのだから、何かしら戦闘行為は必要となる。演習かしら。


「海賊狩りだ」


 意外な言葉が出てきた。海賊。いるんだ、この世界。

 いえ、いて当然か……商船というのは見方を変えれば財産を積んだ獲物なわけだし。それを狙う賊が出てくるのは当たり前といえば当り前よね。


「あぁいう連中は時世に対する嗅覚が優れている。今現在、大陸に蔓延している不協和音を感じ取って、動きを見せている。今はまだいやがらせ程度だが、調子に乗せると面倒だ。何より皇国の手先にされてしまってはかなわん。連中はつまるところ、食い詰めたならず者どもだ。金と食料を与えると犬になる」

「そして面倒くさいことにこちら側の施しを受けるつもりがない。彼らにもプライドがあるから。そもそも、こちら側からあちらに施すなんてことも考えない。つけあがるだけだから。だけど、彼らは海戦のプロでもある」


 結局、この手の手合いは反発心で動いてるだけなところがあるからなぁ。

 話の分かる賊というのはいるだろうけど、そういうのはどちらかといえば商人の気質を持っている。

 海賊という存在は何も船を襲うだけの恐ろしい連中というわけじゃない。いえ、大半はそうなのだけど、それを利用したのがかの有名な私掠船……著名を上げればフランシス・ドレークやウィリアム・キッド、ジャン・バール……。


「そうなのだ。皇国との直戦闘が始まれば、連中とて食うためのことを考えないといけない。そして我々も、生き残ることを考える。だが、今はまだそうではない。まずは締め上げる。徹底的にな。力を見せつけるんだ」


 まぁそのあたりは政治家たちの仕事よね。

 私掠船は元の世界のイギリスやオランダは私掠船を大いに活用して、スペインを苦しめている。だけど、私掠船はうまく統率が取れているときは頼もしい戦力になるけど、大半がならず者たちのせいで、本物の海賊に成り下がってしまうことも多々あった。そのためにいくつかの法律まで制定したのだけど。


「何も壊滅させる必要はない。ダウ・ルー海軍はここにあり、健在であると知らしめるだけでいい。その威光に従うものあれば、名誉ある海軍士官としての栄誉栄達を約束させる。我がダウ・ルーは海の厳しさを知る者だ。国王陛下も、それを認めてくださるはずだ」


 

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