第87話 魔女の同盟
「君が例の魔女か」
浅黒い肌に口ひげを蓄えた中年の男は、さながら海の男というべき風体だった。薄い生地で、ゆったりとした服装ではあるけどこれがダウ・ルーの正装であり、無礼ではない。
「初めましてダグラス様」
その男の名はダグラス。アルバートの父親だという。
アルバートの実家は驚くべきことに一隻の船だった。外見こそ、そこまで派手な装飾のない、輸送船をそのまま転用したような作りで、帆が立つ以外の全てが住居としての形を持っているようだった。
そうなると、屋敷というか船の主の書斎は船の最奥に位置する。いわゆる船長室と呼ばれる場所にある。外装を整えられない関係か、内装は結構な凝りようで、絨毯が敷かれたり、絵画なども飾られ、窓枠には教会などで見かけるモザイクガラスだった。
「私はイスズ・マッケンジーと申します。この度は、私どもの無茶な提案を受け入れて下さり、まことにありがとうございます」
私がそのように挨拶をすれば、アベルとアザリーもそれに続く。
「私とて今後の状況を理解しているつもりさ。この短期間で国が二つも滅び、怪しげな船団がうろちょとしていれば、それが異常事態であることぐらい、想像はつく」
よかった。ダグラスはかなり現実を見てくれている。意外なことにこう言った視点を持っている貴族は少ない。長い、長い平和が与えた一つの弊害だろう。平和なのはとても良いことだし、それが続くのであれば良いに越したことはない。そんな世界であれば、私だって技術の広め方を、それに適した形で考えていた。
でも、戦争という現実が目の前に迫っているのなら、そっちに力を優先するのは当然の事だ。
悲しいことだし、嫌なことだけど、こっちだって無抵抗で、好き勝手されるなんて御免だしね。
「本来であれば、我が夫、ゴドワンが出向くべきことなのでしょうけど」
「大臣殿の仕事が忙しいのは私も理解しているつもりだよ。それに、君は女であるが、一つの組織をまとめ上げている。立場は同等であるとみているよ。この大陸には女王が治める国もあるからな」
「ありがとうございます」
ある意味では上から目線なのだけど、これに関しては文化の流れだから仕方がない。貴族というのは偉そうにしていないといけない立場でもあるし、それを教え込まれるから、根っこの態度ではどことなく横柄になる。
そうであっても、ゴドワンやダグラスは本当に話の通じる人たちだ。
「まぁ、しかし、驚きもしている。噂の魔女殿……いや、聖女殿が美しいとは聞いていたが、そこまで若いレディであったとは」
「ゴドワン様に拾われなければ惨めに死んでいただけの女です。感謝と、恩に報いる為に、もてる知識を全て捧げています」
「その知識が一体どこから湧いて出てくるのかは非常に興味があるな。君がサルバトーレで行ってきた技術改革は、あまりにも進みすぎている。蒸気機関といったか、あれも想像以上の代物だと思うよ、私は」
「作ったのは私ではありません。技術者たちの研究成果でございます」
「きっかけを与えたのはお主であろう。人の噂というのは簡単に広まる」
結構、さぐりを入れられているわね。
まぁ貴族なり、社長業なりをしていると、それが自然とできてしまうってことなのかしら。ある意味、私はまだ甘い方なのかもしれない。結構、人は信用するたちだし。
「しかし、不思議だな。こう面と向かって話しをしていても、君は、失礼な言い方になるが普通の女の子だ。年相応の。なのに、どこかでズレがある。まるで一回りは倍に生きているような」
「そういう態度をしなければ自分を保てなかっただけですわ。色々とありましたので」
「それを聞くのは野暮ということだな? アルバートは、何やら知っているようだが」
ダグラスはちらりと、自分の横に控える息子のアルバートを見やる。アルバートは一瞬だけ、ぎょっとしていたけど、すぐさま無表情を作った。
「君と会って直後のアルバートはなんとも疲れたような顔をしていた。はじめは恋煩いかとも思ったが、そうでもない。人妻に熱を上げるなどという馬鹿を息子がしていなくてよかったと心底思ったぐらいだ」
「父上、失礼ですよ」
「フン、何を言うか。サルバトーレのプリンセスに未だ熱をあげていたお前のことだ。若い頃の恋を引きずりおって」
「父上!」
なんとなーくこの親子の関係性が見えてきた。男友達みたいな間柄って感じ。
というかアルバート。やっぱり未練はあったのね。
逆にグレースは攻略キャラたちとどういう学園生活送ったのかしら。上げられる好感度は全部上げた感じかしら。だとすると本当に魔性の女ね……。
「さて、息子の失恋話はまた夕食の時にでも。本題に入りますかな。船の事」
「軍艦を一隻、頂けましたことは感謝いたします。それ以前にも商船まで」
「なに、投資というものだ。船が二隻なくなった程度で、業績が落ちるような生活はしていない。むしろ、たった二隻で利益が生まれるかもと思えば儲けものよ」
それからの話は鉄装甲の船にかかるコストと、現状で用意できる数についてが殆どであった。コストが割高になるのは当然としても、今後、蒸気機関による効率上昇をみこめば鋼の生産も上がるし、結果として滅んだ二つの国の鉱山を利用することで産出量も補える。
なにより有効性を見出すことができれば必要経費という形でお金が下りるとも言ってくれた。
サルバトーレから提供するのは鋼と蒸気機関ということになり、ダウ・ルーは船を提供する。
とはいえ、このやり取りはまだ個人間のもの。ここからさらに話を煮詰めて、それぞれのトップに進言する必要がある。
ある意味、こんな密談のようなものが許されるのは、今が本当に非常事態だからでしかない。普段であれば、許されることじゃないしね。
ある意味、グレースと仲良くなっておいて正解だったわね……なんだか、都合がいいような気もするけど……どこかで痛いしっぺ返しこないかしら。怖いわね。
といってもそればかりを気にして動けなくなるわけにもいかないし。
「今は、どの国も、何をしていいかわからない。わからないから、わしらのような金儲けが趣味のものは自由に動ける。そこで、国家に忠誠を尽くすか、私腹を肥やすかだが、わしらはその二つをやればいい。それが貴族の特権だ」
会議の終わりに、ダグラスはそう締めくくった。
したたかなおじさんだ。ゲヒルトもそうだけど、攻略キャラの父親ってのはこういう人ばかりなのかしら。
私、国王陛下には一度も会ったことないし、ケイン先生の父親なんているかどうかもよくわかってないけど。
「さて、小難しい話はこれにてしまいだ。どうかな、お嬢さん方、ダウ・ルーの海鮮料理は格別ですぞ」
「まぁ、それは楽しみです」
「癖のある食べ物も多いですが、なに、慣れればうまいことをお約束します」
海鮮かぁ。サルバトーレは内陸だからあんまりそういうのがないのよね。
魔法による冷凍技術が発達しても、それはそれ、これはこれな感じでレストランとかでもない限りはあんまり仕入れたりもしないし。
「夕食の時に、また色々とお話してくれることを祈りますぞ」
ダグラスは部屋をあとにする私に向かったそういった。
私も立ち止まり、振り返る。彼が何を言っているかは理解しているつもりだからだ。
「魔女の秘密を探るということは、魔女との契約を意味しますよ? それは、国家への裏切りではなくて?」
「話をする、それを聞く。それ以上のことはない。第一、君は、そこまで悪辣とは思えないよ。もしそうならば、君は瞬く間にサルバトーレで革命をおこしている。それだけの力があるからな」
「そんな面倒くさいこと、ごめんですわ。私は今の立場が一番楽しいので」
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