第86話 そこは楽園なる常夏の国

「あっついんだけど!」


 青い空! 照りつける太陽! 潮の香り!

 そしてうだるような暑さ! ダウ・ルーへと近づくたびに感じていたこの感覚。

 ついに到着すればもう叫ばずにはいられなかった。


「暑い!」


 いや、本当に暑い。

 温度計はないけど、ざっと三十度は超えているはずよこれ。

 おかしいじゃない、同じ大陸なんだけど!? いくら地域差で温度差が出ると言ってもこれはおかしいわよ、異常よ!

 第一、まだ夏じゃないんですけど!


「そりゃそうだろ、ダウ・ルーは常夏の国だぞ」


 すかさずアベルの冷静な突込み。

 そんな彼も、額に汗をにじませていた。


「いやいやいや、同じ大陸、ここ。いくらなんでも変わりすぎよ。フェーン現象じゃない!」

「あ……なんだって? またわけのわからんことを」


 フェーン現象とはつまり、あれだ。

 山側の空気が色々あって、流れてきたら熱くなってしまうというあれだ。詳しい理屈は忘れた。気象学者じゃないし、私。

 ダウ・ルーは海辺の国、海洋国家なのだけど、周囲には山も多く、いくつかは火山なのだという。今の所は非活性状態らしいのだけど、何百年、何千年前までは何度か噴火をしていたとか。

 火山灰や火山岩には希少なレアメタルが含まれている事があるから、それはそれで興味はあるけれど、それにしたって暑い!

 この世界というか、大陸がヨーロッパ諸国をモチーフにしているわりには妙な所で、日本風なのよね。主に四季の移ろいとか、各地域の温度差とか。


「ひー……噂には聞いていましたけど、こ、この格好だと余計に暑いです」


 外部との接触もあってか、ラウにはダウ・ルー滞在中はアザリーとして過ごしてもらうことが決定している。ばれてはならない女装姿で、数日は過ごしてもらうことになるのだけど、そこはぜひとも頑張ってもらうしかなかった。

 それはそれとして、淑女がしちゃいけないことやってないかしらあなた。スカートパタパタするのやめなさい、私も学生の頃はやったけども、やめなさい。あなたの場合はシャレにならないから……。


「アザリー、おやめなさい……気持ちはわかるけど、やめなさい」

「う、申し訳ありません……」

「本当に、気持ちはわかるから……」


 中世よりの時代というのは結構厄介な所で、ミニスカートなんて足を見せるようなものをはいた瞬間には白い目で見られる。ズボンだってそうだ。女性がズボンをはくという行為自体がかなり奇異の眼差しを向けられる。

 このあたり、ほんと古い風習みたいなのが残っている。

 そのくせ、水着はあるのよね、この世界……ゲームの都合かしら。曰く、ナイロンとかの水着ではないようだけど、興味ないからわかんないわね……先輩が騒いでたような記憶がある。

 あとダウ・ルーに限定すれば、海に入る場合のみ、女性は薄着になってもいいとかなんとか。そこらへんはさすがは海洋国家というべきなのかしら。

 それとも、おしゃれとかそういうのを抜きにして、暑さという死活問題なことに直面していたからなのかしら。

 脱水症状や熱中症で倒れられても困るだろうし。


「あー……氷の魔法覚えておいてよかったぁ~」


 あまりの暑さに、私は適当に氷を出現させて、それをタオルでくるんで首や顔にあてがう。うむ、便利だ。魔法って本当に便利だ。多くの魔法使いたちがこれに頼り切ってしまうのも無理ないわね。


「ほら、しゃっきとしろ。アルバートが迎えにきたようだぜ」


 アベルが顎をしゃくって示した先には馬に引かれた籠と、それを率いるアルバートの姿があった。かなりのVIP待遇のおもてなしのように見える。

 一方の私たちはうだるような暑さのせいで、気品も優雅さも欠片もなかった。


「マヘリア……あぁ、いやイスズ殿。君は一応、聖女とかなんだとか呼ばれているんだが、その姿を民に見せるのはまずいと思わんのか」


 アルバートは近づいてくるたびに苦笑を浮かべていた。


「あのね、こんなに暑いだなんて聞いてないわよ」

「はっはっは! これでも涼しい方さ。今日は海の風もある。ちょうどよい塩梅だよ」


 出たわね暑い地方特有の暑くありませんアピール。


「まぁ、この国を訪れる者はみんなそうなる。籠は冷やしてある。貴重な氷の魔石を使っているんだ。そうそう使えるものじゃないぞ」


 あら、クーラーみたいなものかしら。それはありがたい話ね。


「それと……見慣れないお嬢様がいるな?」


 アルバートはラウことアザリーの姿に気が付くと、颯爽と馬から降りて、華麗なお辞儀をする。良いとこのお坊ちゃんだけができるレディへの挨拶って奴だろうか。

 相手、男だけどね。まぁ、アルバートは事情を知らないわけだし。


「初めましてレディ。私はアルバート。このダウ・ルーでは海運業を任されているものです。よろしければ、お名前をお聞かせ願いたい」

「どうも、アルバート様。私はアザリーと申します。縁あって、マッケンジー様の養女として迎えられました」


 対するアザリーは完璧なまでの淑女ムーブ。スカートを軽く持ち上げ、膝を折りながら挨拶を返す姿はどこからどう見てもお姫様だ。


「アザリー。お美しいお名前です。それに、マッケンジー様の養女とは……それはつまり、イスズ殿の娘という?」

「えぇ、色々とありまして、私、子持ちになりました。手間のかからぬよいこよ」

「それはそうだろう。とても、聡い少女のようだ。君とも違って、礼儀が崩れない」

「言ってなさいな。そのうち、腰を抜かして驚くわよ」


 面白いからアザリーの正体については黙っておこう。

 アルバートはなんか急に張り切りだしているし。グレースは例外としても、まさかアルバートの好みに近いのかしら。


「アザリー嬢、母上からいじめられてはいないかい? 何、私と彼女は学友同士、少々込み入った間柄だが、ものを言えないわけじゃないからね」

「いいえ、母上は良くしてくれます。私の為に色々と骨を折ってくれていますので」


 まぁ、当人が張り切ってるならいいか。

 ラウが演じるアザリーはとてもはかなげな少女らしい。それが、男心をくすぐるのだろうか。男のことを知っているのは、男みたいな話?

 これ、真実を話したらどうなるんだろう。トラウマにならないよね?


「ほぅ、君が? 本当に、人間が変わったようだよ。さ、立ち話もなんだ。籠へ入り給え。全く、君の持ち出してきた提案の為に俺は部下たちの反対を押し切ることになった。軍艦一隻を買い当たるなどと、普通では考えることではないからな」

「えぇ、えぇ、わかっていますとも。ですが、これも我が麗しきプリンセスの為、そしてサルバトーレとダウ・ルーの永久の繁栄を願っての為よ」

「よくもそんな言葉が次々と……まずは父上に合わせる。父は乗り気だが、詳細をつめたいとのことだ。そのあたりの準備はできているのか?」

「大丈夫よ。それより作業にはすぐに取り掛かれるのでしょうね?」

「造船所の一角をあけておいた。これも──」

「普通じゃないって言いたいのでしょう。わかってる。感謝しているわ」


 答えながら、私たちは籠へと乗り込む。ひんやりとした空気が心地よい。


「ふん、まぁ、なんだ。改めて、ようこそ諸君。常夏の楽園、ダウ・ルーへようこそ。歓迎するよ」

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