第83話 オリハルコンを求めて

「オリハルコン?」


 ダウ・ルーへの商売の話の前に、アベルからそんな言葉が飛び出した。

 昼食の時間の事だった。私とラウ、そしてアベルとて珍しく屋敷で少し早めの昼食をとる事になっていたのだけど、そんな折の発言だったのだ。


「それだけじゃねぇけどよ、オリハルコンやミスリル。誰もが耳にする伝説の金属。折れず、曲がらず、堅牢な鉄……とまぁ、大体伝説に出てくるような金属の大半はこんな感じのうたい文句があるんだが。お前、これがうちの先祖、というか古代の錬金術師たちが作っていたってなったら、どうだ?」

「どうだって言われても。その製法があるのなら、独占技術にして少数生産ののちに王家に寄贈して、直営ルートだけど」

「……夢がないねぇ」


 何を期待してるか知らないけど、私のモットーは広く、凡人が作れて、使えるものなの。魔法にだけ頼った、独自製法のしろものは、それはそれで単体での価値はあるだろうけど、多分、手間に反して、儲けがねえ……いやまあ、魔法の使いどころに私個人が悩んでいるのも事実。

 そもそも、魔法はもといた世界には存在しないリソースなせいで、小手先のことは思いついても、大掛かりな活用方法はあんまり思い浮かばない。

 第一、私が積極的に覚えた魔法って、冷蔵庫替わりの冷凍魔法よ?


「そういえば、ハイカルンにいた頃、父上から聞いたことがあります。古の錬金術師たちは様々な物質を調合していたと。オリハルコン伝説もそこでよく出てくる内容ですよね}


 どうやら子どもでも知っているメジャーなおとぎ話なんでしょうね。


「ふぅん、それで、何よ急に。マッケンジーの先祖がオリハルコンを作っていたとして、その実物は存在するの?」

「いや、それそのものは存在しねぇ。というか、この手の伝説はなぜか錬金術師たちが、作り上げた物質を封印してしまうんだ。悪用されないようにとか、役目が終わったとか、なぜかお決まりの展開でね」

「へぇ、変わった文化ね。まぁわからないでもな、かな?」


 お話しにオチを付けるということなんでしょうけど。


「んで、本題はこっからなんだが……おやじに言われて、屋敷の整理をしていたらな、ご先祖様の残したあれやこれやがでてきてな。あぁいうのって、ものは試しに覗くと辞め時がみつからないのなんのって」

「あ、それわかる。昔の日記とか、読みたくないのについつい読んじゃうわよね」

「そうそう、回顧録とか覚書とか、なんか見ちまうんだよ。大体はどーでもいいことばかりが書いてあってなんのたしにもならんのだが……今回はちょっと違った」


 そう言ってアベルは一冊の古びた本を取り出す。経年劣化で結構腐食していて、変色もひどく、虫食いも見られる。

 厚みはなかなかのものだ。ちょっとした辞書ぐらいはありそう。

 タイトルは、かすれて読めない。


「オリハルコンの実物は存在しない。だが、うちのご先祖はどうにもいい感じの金属を錬金術で調合していたらしい。そのあまりの堅牢さは魔法の一撃を耐え、ありとあらゆる大砲にも耐えたという話だ」

「それが本当なら、ぜひとも再現したいわね?」


 そんな会話をつづけてつつ、アベルから本が手渡される。

 一枚ページをめくることすらためらわれるような脆い本だわ。しかも虫食いがひどいせいで、あちこちが穴だらけ。かろうじて読めなくはないけど……うぅん?


「これ、レシピ?」


 本の内容は小難しい言い回しが続いて、いまいち理解が追い付かないのだけど、所々、判別できる単語があった。その中には鉄に何かを混ぜこんで、焼き入れをするとか、各々の調合割合が何パーセントであるとか、錬金のさいの注意事項とかが書かれているらしい。

 でも、ほとんどが読めない。


「……鉄に、何かを混ぜるとオリハルコンが出来上がるようですね。あれ、でもここの文章、堅牢になるとは書いてないですね」


 同じようにのぞき込んでいたラウが気になる一説を見つけたらしい。


「どこ?」

「ここです、この一説。やわらかな金属を見つけた、硬い金属と柔らかい金属を同時に再現するって書いてあります」

「柔らかい、鉄……」

「おかしいですよね。鉄って硬いものでしょう?」


 いいえ、違う。

 それは誤りなのよ、ラウ。


「……やわらかな金属というのは存在するわ。そもそも、鉄は熱して溶かすことで堅牢さが失われる。でもそうじゃなくて、金属というはそこに含まれる炭素とかの割合で、いくつかの種類に分けられるの」

「え? そうだったんですか?」


 まぁ、知らない人からすればびっくりするでしょうね。


「それにね、ラウ。硬いだけの金属というのは、同時に脆いということになるの。ガラス玉とゴム玉。地面に落とした時に割れるのはどちらか、わかるでしょう?」

「えぇ、ガラスが割れます。鉄も同じなのですか?」

「乱暴に言うとね。鋳鉄というものがあるのだけど、これはとても硬いわ。でも、すぐに割れるの。その反対に錬鉄というものがあって、こっちは比較的やわらかな金属なの。そして、私たちがメインで作り上げている鋼はその中間に位置するもので、バランスが取れている、といううたい文句なの」


 炭素濃度の違いなのだけど、まぁここはおいおい説明してあげよう。


「そうなのですか。知りませんでした。奥が深いのですね。鉄にも、そこまでの種類があるなんて……あれ、ということはこの文献に描かれているオリハルコンとは、鋼、もしくは錬鉄の事なのですか?」

「……いえ、たぶん、違うわね」


 私は再び、文章を読み直す。奇妙な直観というか、思い付きみたいなものがあった。

 これは、鋼とか鋳鉄、錬鉄とかを指しているのではないと何となくわかったのだ。


「錬金術の魔法は、物質同士を混ぜ合わせたり、逆にキレイに取り除くことが出来る」


 なので非常に便利なのは間違いない。もしも、この世界の錬金術師たちが貴族というプライドにこだわらなければもっと凄まじい技術発展が出来ていたと思う。だとしても、数が圧倒的に少ないから結局、どこかで手詰まりになるかもだけど、今はそんなことは置いておく。

 私たちの世界でも、錬金術師たちが科学の発展に貢献したのは事実。魔法はなくとも、かれらはあらゆる公式を導き、実験を行い、今日の文明の礎を築いた。

 それは、この異世界であってもどうやら変わらない……いえ、もっとすごいことをしていたようだ。

 果たして、彼らはそのすごさを理解していたのかどうかはわからない。

 いや、わかっていたからこそ、封印したのかも。あえて、情報が途切れるように、おとぎ話として茶化して、消していったのかもしれない。


「これは、オリハルコンなんかじゃないわよ……」


 文章に書かれたかすかな単語。

 ニッケルやクロムという言葉が見え隠れする。


「これは……複合金属……合金の、製法よ」


 かつて、戦艦の装甲材に使われるほどの強靭な鉄。

 まさか、そんな。過去の錬金術師たちは、そんな未来を先取りしていたっていうの?

 そりゃあ、この時代、この世界にそんな合金が実現出来たら、無敵も同然じゃない。

 私は、ページをめくり続ける。どこかに、詳細が書かれている部分はないかと調べる。何度も言うけど、私はミリタリーの知識はない。あっても、細かくはしらない。さっきの知識も、鉄関係の話で聴いたことがある程度のもので、どんな戦艦のどんな部分に使われていたとか、何年使用されたかまでは知らないのだ。


「オリハルコンの正体……ニッケルとクロムの複合素材だったなんて……これは……また新しい研究材料が出てきちゃったわね……」


 どうやら、魔法による製鉄にも舵を切る必要が出てきたようだわ。

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