第82話 魔女の次なる一手

「では、出る。留守はいつも通り。あまり悪だくみをするなよ。わしが睨まれる」


 ケイン先生を含めた大多数の技術者たちと蒸気機関用の物資を携えた大輸送団を従え、ゴドワンが出立の前の挨拶をしてきた。

 彼はこれから、王都へ向かい、蒸気機関のお披露目に行くというのだ。簡易的な自走機械を見せて、魔法を使わない動力というものを理解させるためだ。

 さすがに大がかりなものを用意するのは難しいけれど、時速で十キロを出せる程度に加速できれば十分なものだろう。

 蒸気機関車は理論だけで言えば時速百キロも、二百キロも出る。だけど、実際に鉄道を整備したり、本体の劣化や使用する燃料などを考えると、実際は時速二十から五十キロ、場合によってはもっと遅いかもしれない。

 でも、今は速度を求める時期じゃない。早いに越したことはないけど、たとえ時速二十キロでも、それが休みなく走り続けられるなら作業効率は飛躍的に上がる。

 なんせ大量の物資が運べるようになるから。

 しかしいきなり、えらい言われようね、私。


「悪だくみだなんて。これも国を思うが故ですわ」

「お前の場合はそれ以上だよ。やるなとは言わんが、やりすぎるとついてこれなくなる連中もいる」

「適応できなければ、それまでです。不変のものなどこの世界にはないんですから。長い時間をかけて、小さな結晶は巨大な塊となります」


 私はうまいこと言ってやったつもりだけど、ゴドワンは苦笑するばかりだ。


「それをいともたやすく砕いて、利用するのがお前だ。ま、なんにせよ、矢面にはわしが立つ。ある程度、お前の好きにはさせてやるが、わしが死んだときの事を考えよ」


 あれま、うまくかわされてしまったわ。

 それはさておいて、死ぬだなんて怖いこと言わないで頂戴よね。

 今までだって、なんだかんだとゴドワンがいてその影響力のおかげで好き勝手してこれたのに。


「あなたはまだ長生きするでしょう?」

「老人だ。いつぽっくりと逝くかもわからん。そんな時、お前かアベル、どちらかが領を背負うことになる。領主とは忙しいぞ」


 いずれは、そうなる。

 不変のものはないとさっき言ったばかりだ。

 現状で、領主を継ぐのはアベルが最有力候補だ。特例として、妻たる私が一時的に領主代理を務めることはあるだろうけど、世襲制である以上は第一子であるアベルだ。

 まぁ、アベルなら心配はないと思いたい。彼も、海千山千な経験をしてきた男だし、今だって多くの仲間をまとめ上げている。


「心配いりませんわ。息子を信じてあげて」

「不肖の息子だ。お前との出会いで、奴も何かが変わったと思いたい。頼むぞ」


 ゴドワンはそれだけ言って、出発していった。

 先日の耐久実験は滞りなく成功した。少々、機械が悲鳴を上げて爆発寸前だったのだけど、まぁ何とか

耐えてくれた。これで、限界も見えたし、改善すべき内容も分かって、万々歳といったところ。


「さて……」


 ゴドワンたちを見送った後、私はそのまま会社へと向かう。

 アベルとラウ、ついでに居ついたザガートがいる。ここ最近のいつものメンバーだ。


「ゴドワン様は王都へと向かったわ。実験の成功をお祈りしましょう。その間、私たちは私たちにできることを続けます」


 社長椅子に腰かけて、私はみんなを見据えた。


「ダウ・ルーのアルバートに連絡を取って。商談があるわ」

「商談? まさかと思うが蒸気機関を売り込むのか?」


 アベルは話が早い。

 私は頷いた。


「その通り。でも、ただ売りつけるわけじゃないわ。安くてもいいから軍艦を一隻買い取りたいの」

「おいおい、商船一隻もらったばかりだろ。何に使う気だ」

「そりゃもちろん、蒸気機関を搭載するように改造するのよ。蒸気船よ。本当はもっと小型のもので試したいけど、大きい方が場所を取らないでしょう?」


 蒸気機関車のめどが立ったのなら、今度は蒸気船。これは当然の推移だわ。

 過去の地球の歴史においても、木造主体の戦列艦は確かに当時に海の覇権を握った。だけど、技術が発達して、蒸気機関に目が向けられると当然のごとく、戦艦にもこれらを搭載しようという動きが出てくる。

 結果、蒸気機関を組み込んだ戦艦が出現。さらには製鋼技術の発達によって装甲戦艦という概念が生まれ、ついには外洋進出が可能な重装甲戦艦が生まれた。

 こうなると、帆船の戦艦では勝ち目がなくなる。既存の大砲では打ち抜けない堅牢な装甲に、風に左右されない推力を得た船だ。

 この世界においても、これは圧倒的な戦力になる。


「ですが母上。そのような重要なことを、王家にも相談せずに行ってよろしいのですか」

「よろしくなんかないわよ。だから、軍艦一隻買うの。研究に使いたいってことで、こっちが独自にしておけば言い訳ぐらいはたつわ。ダウ・ルーとしても売り払った船はもう関係なくなるし」

「いやいやいや、君ね。無茶苦茶いうな」


 そんな口を叩くけど、顔は笑っているのがザガートだ。


「でも、面白い。鉄の船か。単純に考えただけでも強そうじゃないか。それで、これは成功率はどのぐらいだ?」

「安全性に配慮するなら特に問題なく進むのじゃないかしら。性能は二の次になるでしょうけど。だとしても、低速な戦艦だとして、独自の推力と鉄装甲による防御力は魅力的なはず。研究だって進むわ。ケイン先生にはまたしばらく手伝ってもらうことになるでしょうね。グレースにお願いのお手紙を書かせなきゃ」

「お前なぁ、次期王妃に手紙を書かせるって、お前……」


 ここ最近、アベルは溜息と共に突っ込むことが多くなってきた。

 失礼ね、まるで私がアベルを振り回してるような態度じゃない。


「仕方ないじゃない。先生、頭硬いくせに、グレースには素直なんだもん」

「惚れた弱みだろうな。ケイン先生、あの歳で恋人ができなかったぐらいの堅物だ」


 クックッとザガートが笑う。

 あぁ、そういえばこいつは設定上、プレイボーイだったような気がする。それが色々あってグレース一筋になるらしいけど、まぁどうでもいいわ。


「とにかく、皇国が再び攻めてくるまでの間にできる限りの戦力を充実させなきゃ泥沼化するわよ。こっちはもうなりふり構ってられないの。敵は、私たちの想像以上に技術と知識があると思う。この一か月、何もしかけてこないのはそれだけの余裕と、準備ができるからよ。サルバトーレは確かに大国。でも、しょせんは一つの大陸の王様でしかない。井の中の蛙大海を知らずって奴よ」

「あん、なんだって……?」

「ん、なんです、最後の言葉」

「聞いたことがないな。格言か?」


 三者三様で、そこに突っ込むの!?

 えぇい、というか、勢いで口にしちゃったけど、これ中国のことわざだったわね。日本に伝わってからはまた細かく意味が変わっていったようだけど。


「認識が狭いってことよ! いいの、細かいことは!」


 勢いで流す。


「ちゃっちゃと戦争に勝って、領土拡大して、技術広めて、統一! こんだけしておけば後は大開拓時代の到来よ。ついでに産業革命もね!」

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