第84話 何事もバランスが必要

 理論上は可能でも、実際に行うには途方もない労力を必要として、割に合わず実現できないものというのはたくさんある。


「古代の錬金術師たちが合金を作っていたなんて思ってもみなかったけど、これ、今の時代に実現しましょうってなると難しいわね……」


 研究に舵を切ろうと思った矢先のことだった。

 私はあることに気が付く。そもそも、穴ぼこだらけのレシピのせいで信ぴょう性が低すぎる事だ。実物がなく、ここに書いてあるやり方で本当に合金が完成するのかどうかが非常に疑わしい。

 それに、正直、時期尚早という感じもするのよね。

 ニッケルやクロムによる合金は第一次世界大戦を飛び越えて、第二次世界大戦の時代まで加速する代物だ。そりゃ確かに強い。強いんだけど、現状の文明を相手にする場合、果たして本当に適切なのかどうかが問われる。

 私としてはノーだ。第一にコストがかかる。第二に新技術の導入をしすぎて今は若干のパンク状態にある。第三、正直いうと錬鉄の装甲だけで今なら十分すぎる防御性能を誇るからだ。


「珍しいな。お前ならすぐさま量産体制って言いそうな気がしたが」

「そりゃ、出来るならやるわよ。でも、正直宝の持ち腐れになるわよ? 今の状態で、求められるような金属じゃないもの。なんでもかんでも強いものだけを使えばいというわけじゃない。この書物に書かれた金属を実現したとして、この特殊すぎる製法のせいで大量生産が出来ないわ……」


 ざっと流し読みした限りだと、これは錬金術ありきの手法なのよね。

 しかも、どうにも書いてる本人たちもどうしてそうなったのかを理解していない。成功するかどうかも術者の技量に左右されるようだった。


「あれこれ混ぜればこの金属が完成する。この本にはざっくばらんにそう書いてあるけど、実際はそう簡単じゃないってことはアベル、あなたも知っているでしょう? 鋼を作るのだって、私がどれだけ苦労したか」

「ん、まぁ、そりゃあそうだな」


 ニッケルやクロムを使った合金は確かに魅力的だわ。

 でもじゃあ、それをどこから取ってくるのか、どうやって分離させるのか、どうやって加工するのか。機械的、技術的な手法がなさすぎる。正直、これを魔法や錬金術のみでしか作れないような現状は危険すぎる。

 それこそ、マネされたらまずい……。


「ここに書かれていることが、どれほど危険なものなのか、魔法を使える私たちは理解するべきよ。これは、パワーバランスを崩壊させかねない技術が書かれている。しかも、それが、魔法によって再現可能だという事実こそが最も危険なの」


 私としては、それが一番怖い所なのよね。魔法は便利すぎる。それがゆえに、もし私たちがこの手法を確立したとしても、技術が漏洩すればあちこてで同じようなものが作れてしまう。

 正直、鋼や蒸気機関はまだ比較的対処が可能なのだ。これらだって外部に漏れないようにはしているけど、仮に漏れたとして、まだ何とかなる。どうせ、数年後には広めるつもりだったし、最悪、こちらは工業力と生産力で押し込むだけだ。

 

「ここにある技術は、まだ私たち……いえ、この時代には早すぎる……だから、古代の錬金術師たちは封印したのよ、きっと」


 このレシピを見ても、魔法使い全員が再現できるわけじゃないのは、流し読みするだけでも何となくわかる。

 だけど、できなくはないというのが怖い。

 不可能ではなく、やろうと思えばできるという事実が最も怖い。

 現段階で、この複合金属を貫ける武器は……ない。


「ですが、それほどの力があるのなら、使わない手はないのではないですか?」


 ラウとしては故郷の仇のこともあるから、気持ちがはやってしまうのだろう。

 だけど、こればかりは駄目よ。いくら強くても、今は、どうしても駄目。

 突出するのはいいけど、しすぎるのは駄目なんだ。


「この合金も、いずれたどり着く。そのためには、全体の技術の底上げが必要よ。私たちは最先端を走っているのは間違いないけど、私たちだけが延々と走りだしていたら、息切れする。いえ、周りが追い付いてこないと、そこで立ち止まる危険だってある。今の、製鋼技術と、蒸気機関、そして小銃は実際はギリギリのラインなの」


 これらの技術はサルバトーレを強靭にするし、圧倒的有利をもたらす。それは間違いないだろう。だけど、私はそこから全体を底上げしたい。サルバトーレ一強ではあっても、水準んだけは上昇させたいのだ。

 フフフ、これじゃまるで文明のあり方すらも私がコントロールしているみたい。

 けど、私の考えていることは間違いじゃないはずだわ。

 技術には慣れが必要なのよ。


「安心なさい。ギリギリとはいえ、いまだ私たちが持てる技術は世界一よ」

「で、ですが母上。このような書物がマッケンジーにあったということは、他にも錬金術師由来の書物に、同じようなものがあるのではないですか。よもやこの、マッケンジーだけにそんなものが残っているとは、私には思えないのです」

「あぁ、それは俺も気になったところだぜ、イスズ。俺はたまたま見つけた。だが、ご先祖の残した書物なんてのは多かれ少なかれ、どの屋敷にも残っているはずだが」


 なるほど、確かにその意見にも一理あるわ。

 でも、私は警戒はすべきとしても、他がこの技術を使えるかというとノーと言える。


「二人の心配もわかります。ですが、ここに書かれている合金の材料はおいそれと加工できるものじゃないし、さっきも言ったけど、魔法でできると言っても、できるのはほんの一握り。もし、これを簡単に量産している国があれば……今頃、この世界はその国に支配されているわよ」


 でもそうじゃない。

 ニッケルもクロムも、ましてや鋼だって、作って利用することができるのなら、私がやろうとしていることを、他だって真似するし、思いつくはずだ。

 だけどそうではなかった。まだそれを他がやっているという確認はない。皇国の船を見たというダウ・ルーとて、あれらの船は木造船だと言っていた。


「世界の頂点を目指すのはこのサルバトーレよ。だからって焦ることはないわ。ゆっくりと、余裕をもって、それでいて強大にふるまうの。スタートダッシュを切るのはこの程度。あとはバランスよ、バランス。次々と新しいモノばかり用意してたら足元がおろそかになるからね」


 そして、私はマッケンジー家の先祖が遺した本にある魔法をかけた。

 初めて使う錬金術の魔法。鉛の塊に、本を封印した。取り出すには鉛をこじ開ける必要がある。錬金術師なら簡単に取り出せるだろうけど、他には不可能だ。


「蒸気文明は、まだやっと始まったばかりなのですから、ね?」

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