第75話 蒸気機関、試作機

「ホゥ、これが機械というものですか。なるほど大きい。そして騒がしいものなのですな」


 恰幅の良いおじいちゃんが見上げる先には、巨大な鉄の塊が轟音を立てながら、熱気を噴出していた。同時にがくがくと機械に繋がれた柱が上下にただ稼働している。その動きはぎこちなく、金属のきしむ音も響いていた。

 それらを稼働させる従業員たちもこっちには気が付かず、怒号を言い合ったりしている。ピリピリとした感覚が流れるが、悪い意味ではない。


「蒸気機関……といったか?」

「はい、とはいえこれはまだ試作段階。動作確認と安全性の実験の為に動かしているものです。本来であればもう少し小型にできますが……それでも大きくなってしまうでしょう」


 そう、これは蒸気機関。その試作機ともいえるものだ。

 蒸気機関の研究が進まないとは言っても、何もしていませんでしたというわけじゃない。ひな形ぐらいは作らせたし、蒸気機関の原理もある程度は説明した。それ以上の事は本当、雇った面々のひらめきに期待するしかなかったし、一度、やらせてみて、あえて失敗させることでどういうものなのかを理解してもらった方が手っ取り早いのもある。

 そもそもとして蒸気機関の初期段階は危険なものが多い。ボイラー周りが爆発事故を起こしたなんて話もそう珍しいものじゃないからだ。

 

「現段階ではこのように柱が上下に動く程度のもの……鉱山開発の際に発生する水をくみ上げる為や重たい鉱物を地上へ上げ下げするぐらいしか使えませんけれど、私としてはもっと色々なことに転用してみたいのです」

「転用と申したか? この、機械は他にも使い道があるのかね? いや確かに、このパワーは素晴らしいことではあるが」


 老人は再び轟音をあげる蒸気機関の試作機を見上げた。

 彼らの目にはただ鉄の棒が上下に動いているだけに見えるだろう。実際、こんな初期の蒸気機関ではこれを行うだけでも費用が飛んでいく。

 使用する石炭や水だって無限に沸いて出てくるわけじゃないからだ。何より機械の本体が適切な強度を保っているとも言えない。

 私だって、どれぐらいの厚みが必要で、どんな構造ならコストとリスクを抑えられるかなんてわからない。

 私が知っているのは蒸気が及ぼすエネルギーについてぐらいだし、あとのことは体当たりで挑むしかなかった。

 それこそ怪我人が出ることも想定しなくちゃならないし。


「いずれは、この蒸気機関は私たちの生活には欠かせないものとなると思いますですが、今しばらくのお待ちを。これは本当に、つい最近になって完成したものです。完成度も高くありませんし、さらに研究と改良を加える予定であります。」

「ふぅむ。魔法を使っているでもなしに、金属の柱があのように上下を運動をするとはな……驚きだよ。かつて、我らの先祖は火薬を作り、大砲を作った。大砲は戦を変えた。騎士同士が剣と槍を交えることがめっぽう少なくなった。戦争とは大砲をどれだけ用意したかで決まる……少なくともそうであったはずだ。これが、時代の流れというものかな?」


 おじいちゃんはしみじみと、昔を思い出すように語り始める。

 この人こそ、サルバトーレ王国随一の騎士にして、その総元締でもある、ゲヒルト・ネシェルであった。もとは平の一般騎士だったようだけど、今では伝説の人、大昔の大戦の唯一の生き残りの人という。一体何歳になるかを聞いてもいいんだろうか。

 そんな大人物が、なんの用事もなく来るわけがない。

 建前として、我が領内の見学及び視察目的。だけど、実際の目的は別にあるのです。


「時代がかわっても、騎士の務めは変わらない。そうではありませんか。どう世界が変わろうとも騎士が名誉であり、戦士であることはかわりません。それに、そういったお話はもっとだと思いますわ。ですが、ゲヒルト様のおっしゃる通り、世界は変わっていくでしょう。貴族も平民も大きく変わっていきます。ですが、それを穏やかにさせてくれない連中がいらっしゃることもご存じでありましょう?」


 皇国という敵まだ見ぬ敵。

 全容が見えないというだけでも不気味であるのに、私の中ではこの国は、間違いなく、サルバトーレや他の国よりも技術、もしくは知識が高いのではないかと思っている。なんせ、鉱石の毒を理解しているのだから。もしも、私の予想が当たっていれば、の話ではあるけれど。


「ディファイエント皇国……彼の国の事は私もよくわからんな。海を隔てた向こう側……想像も出来ぬ」

「人はいずれ、海を越え、空を越えるでしょう。まぁ、それよりも今は目の前の問題を解決することが先決です。そう皇国とやらの対処……そして」

「……ハイカルンの王子に関してであろう」

「はい」


 ゲヒルト騎士団長が私たちの領内に来たのは単なる視察ではない。

 彼の養子であり、この世界においてはグレースが射止めたかもしれない攻略キャラの一人、ザガートが呼びよせたのだ。

 その理由はハイカルンから脱出したラウ王子、そして、私の正体……というよりはマヘリアのことについてだ。

 どちらも、本来であればおおごとになる事件なのだけど、今はまだこうして現場だけで抑えている状況なのである。


「そう身構えなくてもいい。ザガートが何を言ったのかは知らんが、私としてはあなたをどうこうするつもりはないし、ラウ王子に関しても、同じだ。今すぐに、国王陛下のもとに連れていくのは、厳しいだろうからな」

「そう、なのですか?」

「まぁ、もっといえば、死んでいてくれた方が何かと都合がいいのだ」


 にっこりと笑顔で、しかしとんでもないことを言い出すゲヒルト。


「ど、どういうことですか?」

「うん? あはは! あぁ、すまない、怖がらせるつもりはない。何も、私はね、ラウ王子を殺そうとは言っていない。ただ、死んでいるという扱いのままでいてほしいのだ。今後の、戦いの為にもね」

「それが都合が良いというのはどういうことです」

「それは君、大義だよ。君がガーフィールド王子の助ける為に、無茶な進軍をしたように、我々は件の皇国と戦うだけの理由がいる。戦争とは常に屁理屈の中から、戦う理由を見出す。今回は、それがハイカルン王家の滅亡と断絶にあるというわけだ」

「それはつまり……サルバトーレはハイカルンの仇討を行うという姿勢でありましょうか?」

「その通り!」


 なぜかぱちぱちと拍手をするゲヒルト。

 ゲヒルトの話はつまり、卑劣な手段によってハイカルンを騙し、各国に戦争を仕掛けるように仕向けた皇国。この策略により結果的に滅んだ二つの国、その内に一つは王族まで皆殺しになった。本来であれば戦うはずのない、平和な国同士を、戦わせた。

 ゲヒルトはハイカルンすらも被害者という立場に立てさせて、それを利用しようと言っているわけだ。


「ハイカルンが、追い詰められているという状況こそが必要なのです」


 しかし、とんでもないことを思いつくわね、このお爺さん。

 しかもそれを笑顔で説明するなんて。

 というか、間違いなくこの人、私がマヘリアだということに気が付いている。知ってて、無視してるような気がする。

 私が有益であるうちはまだ告発するつもりはないらしい。


「さて、こんな場所で長話もなんでしょう。それより、他に見学できる場所はあるかね?」

「……えぇ、ございます。銃なんて、いかがです?」


 ゲヒルトとの対談は、骨が折れそうだわ。

 騎士団長にまで上り詰めた老人。一筋縄じゃ行かないでしょうね。

 幸い、私たちに敵対的な行動はとらないようだし。

 さぁ、吉と出るか凶と出るか……

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