第74話 ラウの慟哭
ザガートはそのまま領内に滞在する運びとなった。これは私たちの監視もあるのだけど、あえて自分を人質のような形で置くことで、逆に私たちが手出しできない状況を作り出しているとゴドワンは語った。
よく意味は分からないけど、ザガートにもしもがあればこちらが疑われるということで間違いはない。
「別に俺だって、今の状況を理解してないわけじゃない。国どころか、大陸全土が混乱をしているんだからな。些細な問題程度なら見逃すぐらいの余裕はある」
さりとて、ザガートはこっちに害意を仕向けるつもりもなさそうで、滞在が決まったのならさっさと領内の一等ホテルに居を構えた。しかも現金、即払い。
金持ちめ。
「もちろん、それが些細な問題でなくなった場合、俺は俺の仕事を果たす。状況によってはこの剣を抜くこともいとわない。国を守るとはそういうことだ。我々騎士は、いかなる時も、そのような姿勢でいなければならない。まぁ、実践できるものは少ないがね」
ところどころ、嫌味とまではいかないけど、一言多い気がする男だけど、会社を後にする際、亡くなった侍女に対して祈りをささげている姿があった。
「王子をここまで守り通したのは間違いなく彼女である。栄誉にはそれ相応の姿勢を見せるのもまた騎士の務め。そこに男女や身分の差は関係ないということだ。本来であれば勲章ものだよ、彼女の働きは。丁重に、教会で葬ってやれ」
「言われなくともそうするわよ」
「さすがは聖女様だ」
その部分だけはちょっと嫌味ったらしかった。
「難民を保護し、鉄を作りたもう聖女。その噂が真実であることに感謝を。ではな」
マントを翻し颯爽と去る。
なんだあいつ。なんでそんないちいち格好をつけているんだ。先輩、本当にあの男のストーリーが屈指の泣きイベントなんですか?
そもそもグレースはどうやってあの男と交流してたんだ。一度、聞いてみるか。
いや、それよりもこっちはこっちでやるべきことがある。
それは……ラウに侍女の死を伝えること。そして、ザガートと約束してしまった死者の弔いだわ。
彼女だけじゃない。今回の件で、亡くなった難民を丁寧に弔うのも、必要なことだし……教会は誰に対しても平等だわ、一応、この大陸ではね。
***
そして、夕暮れに差し掛かった頃。
ラウは目を覚ました。寝ている間に着替えをなんてことは無礼だし、余計に体力を使わせるのもかわいそうだったので、彼はまだ少女ものの服装姿だった。
そしてあいにくと、我が会社には子供ようの服はない。用意しても、作業着のようなものになってしまう。
「それで、構いません。この服装は、私にとっても、恥ずかしいものですから……必要に駆られ、身に着けてはいましたけど」
「本当によろしいのですか? ご用意できても、安物ですけど……もう暫くまっていただければ」
「構いません」
ということなので、ラウ王子には少し丈の合わないぶかぶかの作業用のシャツとズボンを用意させてもらった。これが一番、サイズの小さなものだ。
そんなこんなな準備を終えて、私たちは、彼に侍女ネリーの死を伝えた。彼女の遺体は氷の魔法で、氷の棺に保管してある。
この世界ではよく行われる死人の保管方法だ。せめて、別れの挨拶を……という観点で発達した文化らしい。
「ネリー……よくぞ、ここまで……」
彼女の遺体と対面したラウはしばらくは息を飲み、無言だったけど、それも長くはなかった。形はどうあれ苦労を共に、ここまで逃げてきたのだ。感情が沸き上がるのも仕方がなかった。
「彼女は、教会で弔います」
後ろに控えていたゴドワンの言葉にラウは小さく頷いて「頼みます」とかすかに振るえる声で返事をした。
「それと、王子。今しばらくは我が領内にてお休みください。時期が時期ですので、王子の事はまだ公表するには早いと判断しました。もちろん、王子のご意思を尊重はさせていただきますが」
「いえ、いらぬ混乱を防ぐためならば、そちらの方がよろしいでしょう……私は、我が王家は本来であればあの時に消滅していたはずです。それを、ネリーが私を連れ出してくれたから……父上の、命令であったと……私は家族の犠牲によって、助かったのです……」
一国を捨て、家族を捨て、国民を捨て……いえ、そうしなければならなかった少年の苦悩は計り知れないわ。
気にするななんて言葉がかけられるものじゃない。
「王子、今後の事についてのお話もありますが、まずは御身の健康が一番です。そのようにやせ衰えては、いざという時、動けません。もし、王子が今起こっていることに責任を感じていらっしゃるならば、まずはそのお体を取り戻してください。何をするにしても、健康というものは必要です」
ゴドワンの言う通りだ。
ラウもそのことを理解をしているのか、頷き答えている。
ただ、それでも、ラウは氷の棺で眠る侍女ネリーの前に傅き、祈りをささげていた。
これは、もう暫く、好きにさせておくべきだろう。
それを止める権利は、私たちにはない。
「王子……」
なので、私も彼の横で祈りをささげる。
願うならば、平和な世に生まれ変わってくれると嬉しい。この子にも、きっとたくさんの夢があっただろうに。それを捨ててまで、王子の為にここまで体に鞭を打って、連れて、逃げてきた。
この子は、一体どんな子だったのだろうか。どんな生活をしていたのだろうか。
でも、それを確かめる術はもうない。
王子にそれを聞くのも何かが違うと思う。
「ありがとうございます……」
ラウは小さく、消え入りそうな声で言った。
私はちらりとその姿を横目で見る。とても小さい子だ。痩せているのもあるけれど、今の彼は王子とは思えないほどに、普通の子供だった。
結果的に、私たちは一国を滅ぼした。それだけの大義もあった。でも、その結果がこれなのだ。
皇国という影があったとはいえ、直接手を下したのは私たちだ。
ならばこその責任がある。
「皇国……ね。許しておけないとは思ったけど、今はそれ以上よ。私に嫌な気分を味合わせた報いは受けてもらうわ」
戦いたくはないし、戦争もごめんだ。
でもね、やられっぱなしは性に合わない。最近気が付いたことだけど、私は、かなり負けず嫌いで、そして執念深く、意地が悪い。
難民も利用するし、今の立場も、自国も利用はするけど、虐殺なんて真似は取りたくない。意味がないし、効率も悪い。
なにより私のやりたいことはそんなことじゃないし、なぜかそのやりたいことも全然できないし、ストレスが溜まってきている。
「王子、ラウ王子。復讐を果たしたいと思いますか?」
「え?」
私は立ち上がり、ラウへと問いかけた。
「今はまだ無理でも、あなたの国を亡ぼす原因となった皇国に対して、恨みはありますか。復讐をしたいという気持ちはありますか?」
「そ、それは……」
「あなたの国を滅ぼしたのは結果はどうあれ我がサルバトーレ。その報いはどこかで受けるかもしれません。ですが、そのような結果を煽った者たちがいる。そうでありましょう?」
「……」
「だからこそ、もう一度お聞きします。復讐をしたいですか? 私には、それを行わせるだけの力を、蓄えさせることができます」
これじゃ、まるで魔女の契約ね。
でも緩みかけた私の覚悟が再び決まったわ。
だから、この状況もまた、使わせてもらうだけ。
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