第73話 裏取引

「ザガート・ネシェル? 騎士団長ゲヒルトの養子か。だが、私はお前とのアポイントメントは取っておらんが?」


 突如として現れたザガートに対して、ゴドワンは警戒を露わにしつつも、毅然とした態度を崩さない。事実、このような訪問は無礼にあたる。即刻つまみ出されても文句は言えない。それが仮に王国騎士団長の息子であってもだ。


「いかなるご用件かな?」


 ずいっとゴドワンが私たちの前に立つ。

 アベルもその隣に立って、ザガートを睨みつけた。

 場の空気は一瞬にして凍り付く。三者の間には得体のしれない緊張感が漂っていた。


「なに、人を探していた。ハイカルンから逃げた王子、その侍女だ。それとついでに、国家反逆罪の受けた女の捜索」


 アベルもゴドワンも体格はがっちりとしている。そんな二人に睨みつけられながらもザガートは平然としていた。

 彼はそういうキャラクターだ。もともとは孤児だったのを王国の騎士団長であるゲヒルトに拾われ、今の立場にいる。ゲームではガーフィールド王子の隠れた護衛として学園内に生徒として潜り込んでいて、そこで偶然にもグレースに正体がばれてしまうとか、そういう出会い方をしていたはず。

 グレースが彼とどういう交流をしていたのかまでは覚えていないが、先輩曰く屈指の泣きシナリオだったとかどうとか。

 それはさておき、騎士団長の養子でありながら、懐刀でもあり、諜報部員のような仕事もしているとか言っていたような気がする。


「やれやれ、父上も人が悪いな。それとも耄碌していたか……足元に潜んでいることに気が付かないなんてな。それとも、あえて見逃していたのか」


 ザガートは肩をすくめて苦笑する。


「まぁいいさ。それより、王子は無事であろうな」

「今のところは無事。でも、今後どんな健康被害が出てくるかわからないわ。あなた、なぜこの子を狙うの」

「狙うという言い方には語弊があるな。俺は王子をここまで保護してきたつもりだが?」


 保護?

 ということはつまり、ザガートがラウたちをここまで連れてきたということ?

 諜報員みたいな仕事もしているから、敵国にスパイとして入り込んでいたってことかしら。

 でも、それがどうして王子を保護して、ここまで連れてくるなんて話になるのかしら。私たちはハイカルンの王室がどうなっているかすらもわからなかったのに。


「王子を保護したのは全くの偶然だ。死にかけた侍女と放心状態の変装した王子。周りは混乱で気が付いていなかったが、ばれるのも時間の問題。此度の戦争の真相を探るにはこの者が必要不可欠。で、あるならば確保するのは当然だ。体が弱っているのも目に見えていた。そのため、難民を快く受け入れるこの領地へとまずは連れて様子を見ることにしたのだ」

「あら、意外と饒舌なのね。機密情報ではないのかしら?」

「もはや秘密にする意味がなくなった。それに、これは正式な任務ではない。ラウ王子の保護はさっきも言った通り、全くの偶然。俺が承ったのはハイカルンの内情を調べることであり、王子らの確保ではない」


 なるほどね。ガーフィールド王子の思惑とは別に、騎士団長様もそれとなくお国の為に動いていたと。戦争を経験していない割にはなかなか、どうして、狡猾なことを考えていらっしゃる。


「それで、俺からもいいか。なぜマッケンジー領に国家反逆罪を受けたはずの娘がいる。父上もそのことはおっしゃっていなかった。気が付かなかったのか、それとも耄碌していたのか……はたまたわざと見逃していたのか……」

「おほほ。国家反逆罪だなんて。ワタクシがそのマヘリアという子に見えますか?」

「馬鹿か貴様は。俺は学生を三年やっていた。当時の在学生の顔は全て覚えている。髪型や日焼け程度で気が付かんほどの馬鹿じゃない」


 うぅむ、アルバートといい、このザガートといい、勘が鋭いというかよく周りを見ているわね。まぁ、グレースもそのことに気が付いてはいるし、ある意味ガーフィールド王子の底抜けのお人好しのおかげで私、助かっているところあるわよね。


「ベルケイドが遺髪をもって帰ってきたが、あんなもので俺たちは騙されんよ。髪の艶が死人のそれではなかったからな」


 えぇい、見る人が見れば即ばれるか、あのやり方。

 あの時はてんぱっていたし、何とかその場を切り抜けることに精いっぱいだったから。


「まぁ、たかが小娘一人はどうでもよかったが、任務は任務。見つけ次第確保とのお達しもあったが、お前よりも、お前の両親の確保が優先されたからな。まんまと連中には逃げられたが……」


 諜報部員の追跡を逃れて、国外逃亡するとか、我が両親ながらすさまじいバイタリティね……。


「貴様も、まさか国内にいたとはな。親についていって、どこぞの国に潜伏しているかもしれんと深読みしすぎたか。しかも、このような戦争までおきてしまってはな」


 先ほどから話を聞いていると、ザガートは私たちに害意を加えるつもりはないらしい。


「ベルケイドを問い詰めようにも、父上は捨て置けというし、ハイカルンの内情を探れなどと無茶を言ってくる。だが、紆余曲折あったが、ここにこうして結果は収斂していたわけだ」

「おいおい、騎士の息子さんや。べらべらと事情を話すのはいいが、結局、テメェは何が目的だい。悪いが、イスズを連れていくとなったらこちらは抗議するぜ? こいつは今、我が領内においても重要な立場にいる」

「フッ、別にどうもしないさ。マッケンジー領の急速な発展に関しては、こちらでもたびたび話にはあがったが、父上としては問題なしと捉えていた。事実、我が国を助け、俺もこうして質の良い剣を手に入れた」


 そういったザガートは腰に携えた剣をちらりと見せる。細身の剣、レイピアって奴だろうか。多分、あれ自体が魔法の杖のような役割を持っているんだろう。騎士団の中にはそういう装備を持っている人がいるはずだし。


「ゆえに、優先順位が変わっている。俺の目的はハイカルンについての情報を持ち帰ること。その次に、偶然にも保護した王子の事を、そしてお前だ。マヘリア。まずは父上に相談の上……」

「その必要はないわ」


 私はザガートの言葉を遮るように言った。


「私のことはすでにグレースが知っているもの」

「……グレースが?」

「プリンセスがそのことを知っている。でも、私はここにいるわ。その意味ぐらい、わかるでしょう? そして私たちが今まで何をしてきたのかも。諜報部員なら、こっちのことも多少は調べているはずでしょうし」


 それを指摘するとザガートはしばし無言となる。言葉を詰まらせたというよりは考え事をしていると感じた。とはいえ、こっちの指摘に追い詰められたとかそういうのではないらしい。


「ふぅむ? 確かに、マッケンジー領の働きは国家の為とみて間違いはなかった。だが、それだといって、貴様を見逃すことを俺個人で判断することも出来ん」

「私は逃げも隠れもしないわ。今ここで出来上がった全てを捨てるほどの覚悟はありませんもの。それに、これらは私が心血注いで作り上げたもの。手放しもしないし、渡しもしないわ。万が一、私に何かあればここの機能全てがストップするわよ」


 脅しにはあまりならないけど、さてどうかしら。

 ザガートは再び考えるそぶりを見せたが、さっきよりは反応が早い。


「俺の行動一つで製鉄がストップするのは責任が取れんな。だが。俺も騎士だ。それなりに本当の事を報告しなけりゃならん。言い返すようで悪いが、俺が戻らぬ場合、父上は捜索隊を出し、まずはここを調べるぞ。すでに父上には連絡を入れてあるからな」


 魔法でのやり取りでしょうね。

 これでお互い、五分……いえ、あっちの方が上手かしら。

 さて、どうなるかな。


「いいだろう。様子を見ようではないか。事実、ラウ王子の容態のこともある。無理に連れまわして亡くなりましたでは、俺の首が飛ぶ。ならば、ここで待機をするのが得策であろうな。だが、俺にも報告の義務がある。父上を呼ばせてもらう。その方が、そちらとしても都合がいいだろう?」


 その提案は、私たちにしてみれば、魅力的だった。

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