第72話 第三の男

 それから数時間後の事である。

 私たちの下、治癒魔法使いが訪ねてきた。彼はゴドワンのおつきでもあり、主治医のような存在であったのだけど、申し訳なさそうな表情を浮かべ、頭を下げた。


「先ほど、奥様が搬送なさった侍女でございますが……先ほど、息を引き取りました」

「そう……やはり、そうなのね……ありがとうございます。下がってください、休んで」

「はっ……」


 その報告を受けて、私たちは示し合わせたように、溜息をついた。

 かわいそうに。毒のせいで、齢を重ねているように見えたけど、まだ若いはず……二十代にすらなっていないかもしれない。


「肉体を内側から蝕む病は、そう簡単には治らん。なんにでも効果を発揮する解毒の魔法など、存在せんからな」


 毒と一口に言っても様々ある。それら全てに対して、それぞれに合わせた術式を開発しない限りはまず効果を発揮しないのだという。

 そもそも、この世界の置ける解毒魔法とは言い換えると呪いの解除。魔法による呪いを毒と認識している。体を蝕むから、毒。むしろ毒イコール呪いという考え方がある。

 このあたりは、私にはちょっと理解できない、この世界と文明特有の結びつけ方だ。


「しかし、な。彼女、ネリーとか言ったか。話を聞いておきたかったな……鞭を討つようで悪いかもしれんが、王室付きの侍女ともなれば、もっと詳しい話が聞けたかもしれん……」


 ゴドワンは額をかきながら、ままならないと言った具合でつぶやいた。

 

「丁重に、弔ってやるべきだろう。状況はどうあれ、王子を連れてここまで逃げてきた。並大抵の事ではない」

「そうですね……ラウ王子には、目が覚めたら私が伝えます」

「良いのか?」

「それぐらいは、します。それより、今回のこの件に関してはどうなされます」


 亡国の王子。しかも理由はどうあれ敵国のだ。

 国民感情を配慮するとおいそれと公表も厳しいかもしれない。いずれは公表するとしても、彼はまだ体が弱っている。ガーフィールド王子たちのことだし、彼に責任を取らせるなんてことはしないだろうけど、否が応でも表舞台に出ることにはなる。


「ことが重大すぎる。亡国の王子を匿うのはかなりヤバい。いや、保護していた、病気とケガで表舞台に出せないというのも加味すれば、なんとでも言い訳はできるんだが」


 アベルとしても、ラウをこのまま王都へと連れていくのは気が引けている様子だった。

 こんなにもやせ衰えた少年を、これ以上連れまわすのもかわいそうだ……もちろん、それだけの理由で報告をしない、隠すというのが悪いことぐらい私にもわかる。

 わかるけれども。


「王室も、今は裏切り者の粛清で騒がしい時期だ。第一として、今は戦後でもある。それに、敵の黒幕に関しても、対応をしなければな」


 そう、その問題もあるのだ。

 敵が、皇国とやらが恐ろしいまでの知識を有していることが、図らずしもわかってしまったのは、不幸中の幸いというべきだろう。

 連中は何に毒があって、どう扱えばいいかを理解している。ということは、皇国はかなり希少なレアメタルとかが取れる豊富な大地ということかしら。

 存在しなければ、調べることはできない。正直、ハイカルンを汚染したのは輝安鉱だけじゃないと私は睨んでいる。

 じゃあ、他のなんだということは、現地にでも赴いて調べないといけないけど、さすがに毒が蔓延していますと分かっている土地にまともな装備がないまま向かいたくない。

 最悪、放射性物質が紛れ込んでいる可能がゼロじゃないし。

 まぁ、微量のものであれば、健康被害に著しい影響を与える心配はないかもだけど、怖いものは怖い。私だって、もとの世界で研究をするときは防護服の着用を義務付けられることがある。

 些細な油断が、命とり。仮に誤って破片や粉末が体内に入ったら即座に病院送りなんてのも嘘じゃないし。


「ラウ王子には悪いけれど、連中の前線基地になりかけていたハイカルンが滅んでくれたのは幸運だったと思います。まぁ、あちらも、毒で汚染した土地を基地にするつもりもなかったかもしれませんが」


 我ながら酷いことを言っている自覚はある。でも、優先するべきは自国民の安全だ。


「はぁ、色々と考えなくちゃいけないことが多すぎるわね……これじゃ蒸気機関の研究も出来やしないわ」


 簡易的な装置でもいいから機械を作ることに意味がある。技術革新の指標にもなるし、成果を出すということで次に繋がる。だというのに、こうも連続して問題が起こってしまうと、たまったものじゃないわね。

 ラウ王子に原因があるわけじゃないけど。


「……ところで、よくこの王子様はここまで逃げ切れたな。侍女と二人、女と子供の足だぜ?」


 ふと、アベルがそんなことをつぶやく。


「そりゃ必死だったんでしょう?」

「いや、必死はわかるが、侍女は死にかけていて、王子もその体じゃハイカルンからこっちまで、そう簡単にたどりつけねぇだろ。ハイカルン側の難民も、たどり着いてるのは比較的健康な連中だったと聞くぜ?」

「難民たち同士で、馬車とか荷車とかに乗せてやってきたとかじゃ?」

「そんな余裕があると思うか、あの国に」


 うぅん、そういわれるとそうね。

 みんな自分たちの身が一番で、そっちを優先する。とにかく、逃げたいわけだし。

 それに、変装しているとはいえ彼は王子。国民からすると、統治を投げ出したなんて思われるかもしれない。

 何より、この世界、写真の代わりみたいなのもあるしなぁ。


「だけど、そう考えると、誰か協力者がいたのかしら。二人を見つけたときはそれらしい姿は見なかったけど」


 病人二人で国境越え。根性論でできるものじゃない。

 そんなことを考えていた時だった。


「こ、困りますお客様!」


 外が騒がしい。

 こちらの使用人たちが誰かともめているようだった。


「旦那様にご確認を取りますので、今しばらく!」

「お客様! それ以上の無礼は……!」


 そんな使用人たちの声もむなしく、扉が勢いよく開かれる。


「やはり、ここにいたか」


 扉の先に立っていたのは、一人の長髪の男。銀髪をなびかせ、キリリとした切れ目に、氷のような視線。わずかながらに尖った耳。

 突然の来訪者に、私たちは当然ながら警戒する。ゴドワンとアベルは即座に立ち上がり、男を睨みつけた。

 一方で、私は……その男をどこかで見たことがあった。


「あ……ザガート・ネシェル」


 そのつぶやきは、男に届いたようで、彼はぎろっと私の方を見た。


「貴様、その顔、マヘリアか」


 するとザガートも驚きの声を上げた。


「……ふっ、まさか探し人が二人も揃っているとはな」


 そういって、彼は不敵に笑う。

 ザガート・ネシェル。彼もまた、グレースの攻略キャラの一人。王国騎士団長、の養子である、男だった。

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