第76話 マッケンジー家長女アザリー

「は? 今、なんと?」


 屋敷の大広間で行われた密談。

 その場に居合わせているのは私、ゴドワン、アベル、そしてラウ。

 対面するのはゲヒルト騎士団長とザガートだ。

 それでもって素っ頓狂な声を上げたのは、ゴドワンだった。

 なぜそのようなことになったのかというと、ゲヒルトの提案があまりにも予想外だった為である。


「ですからな、ゴドワン卿。そこな王子を卿の養子として向かい入れ、匿うのです。もとより、この領内の評判を聞きつけてやってきたのですし、それが手っ取り早いというもの」

「あ、いや、それはわかります。手段としても問題はないでしょうが……そうではなくて……王子を、養女として、迎えろとはどういう?」

「ん? 卿は奥方もいて、その上、一人息子も帰ってきた。これ以上、跡目を増やすと後の事が厄介でございますぞ? 直系の息子、後妻の子、養子、うむ非常に厄介でしょうな」

「それは、そうでしょうが……そのようなもの、いくらでも」

「いやはや甘いですぞゴドワン卿。世継ぎというのはこれがまた厄介というもの。世襲制とは良くも言ったものですがね、あの手この手で自分が当主にと考えてしまうものです。現に、私のところがそうでございます」

「よくもいう。自分で養子をとりすぎているくせに」


 ゲヒルトの言葉に、ザガートが気楽に突っ込んでいるけど、どういうことだろう。ゲヒルトには養子がたくさんいるってなんだ?


「どういうこと?」


 私は小さく、隣に座るアベルに耳打ちして聞いてみた。

 すると。


「ゲヒルト騎士団長には実子がいない。なんで、あちこちから養子をとっては騎士として鍛え上げているらしい。んで、そこで一番強い奴が次期当主とかいう考え方らしい」

「なにそれ、怖いんだけど」

「お前も話してみてわかんだろ。大国の、騎士をまとめる男だぞ。一筋も二筋も行くかよ」


 な、なんだか私にはさっぱりわからない世界だわ。いえ、この世界でも異質な存在じゃないかしら。

 さっきから出てくる会話内容もなんだかとびぬけすぎてて私たちも押され気味だし。

 なんなんだ、このおじいちゃん。ラウを匿う為に養子にする。それはわかる。みんなそれは理解している。

 なのに女の子として向かい入れろとかちょっとおかしいんじゃないかしら。

 当然だけど、ラウは絶句している。本当に、何言ってるんだこいつみたいな顔をしている。

 なのに、ゲヒルトもゲラートもそれが当然、良いアイディアだと言わんばかりの態度。

 にこにこしているのが逆に怖い。


「第一ですな、唐突に男子を養子に向かえる。ハイカルン戦後にですぞ? しかも王子は特徴的な髪の色。これでは生きていると言ってるようなものです」


 ゲヒルトとしてはハイカルンの王家には「今のところ」滅んでいてほしいらしい。

 というのは、これもまた大義名分の為だ。ハイカルンは卑劣な国家によって扇動され、国を蝕まれ、あまつさえは大罪人ともいえる戦争を引き起こした。

 国家群はそれを断罪したが、ハイカルンの無念もまた理解するところである。ゆえに、このような悲しき戦争を作り出したディファイエント皇国を許すことは不可能……という筋書きらしい。

 ゲヒルトの説明を聞いていると、こちらから打って出ることもいとわないようだ。


「まぁ養女を迎えるという行為そのものも目立つことに違いはありませんがね。ですが、男よりは欺ける。なにより、とても無礼だ」


 あっさりと言ってのけるゲヒルト。この提案がラウ王子にとって屈辱的であり、無礼であることなど百も承知というわけか。


「ですが、無礼ゆえに、欺ける。第一、養女の方が後々の処理もしやすでしょう? 嫁にやればいい」


 一瞬、その発言に私はㇺッと仕掛けるが、これに関しては中世という時代設定的には当たり前の価値観だ。良くも悪くもこういった時代における女性の地位はそう高くない。中には女帝、女王なんて呼ばれる人たちもいたけれど、限りなく例外だ。

 かかあ天下とか、ダンナを尻に敷くとか、そういう関係性もあるにはあるでしょうけど、だとしても立場と地位は絶対的なのだ。


「う、ぬ……」


 ちょっとゴドワン! 丸め込まれそうになってない!?


「で、ですが、それならば別に男であっても構わないのではなくて?」


 私も思わず話に割り込む。

 領主の妻だ。これぐらいの権限はある。


「ハイカルンの国民にはバレる。違いますかな? 人間、髪型と目の色を変えるだけでも別人とみられる。今、戦後直後の国民感情を逆なでするのは危険なのだよ」

「うぅ……」


 なんだこの人、とってもやりづらい!

 でも言ってることはわかる……わかってしまう。この世界には写真みたいなものがあるせいで王族の顔は国民に知れ渡ってしまっているから……男のままでも髪の色や目の色は変えられても……確かに男子という関係上、また養子に出すなり分家として残すなどしないとややこしい扱いになる……らしい。


「もちろん、これも演出です。ラウ王子には数年待っていただく形になります。どっちにせよ、ハイカルンの土地は長い浄化を待たねばなりませんからな。それに皇国との戦もある。先も言いましたが、サルバトーレとしては敵であったハイカルンの仇をも取ろうという流れでまとまっていただきたい。そして、ことが終わり次第、ラウ王子には奇跡の生還を遂げてもらいます。まぁ、このあたりは細かい調整も必要でございますがね。場合によっては戦の最中に生還していただく場合もありますとも。とにかく、あなたにはしばらく死んでいてもらいたい」


 このおじいちゃん、口を開けば開くだけ中身からどす黒いものがあふれ出てないかしら。それに、自分がなに言ってるのかわかってるのかしら。本当に、とんでもないことを計画しているのよ、あなた。

 って、私が言えた義理じゃないわね……私もガーフィールド王子の危機を利用したわけだし。


「この考え、奥方ならご理解いただけるかと思いますが? そうでしょう、王子を助けるべく兵を出し、まんまと王族の覚えをよくした……はてさて、誰が絡んでいるやら、誰が提案したやら……」


 あぁもう、確実にばれてる。

 グレースとのやりとり全部ばれてる。逆にこっちが弱みを握られてるパターンじゃない。

 といっても、この人たちは私たちを陥れるつもりはないようだし。


「ハイカルンなどの復興にはどちらにせよ、マッケンジー領の技術が必要となる。あなた方にも演出には付き合ってもらうことになるでしょういかがかな?」


 もはやこの会議はゲヒルトの独壇場だ。


「もちろん、こちらの研究などには騎士団からも援助を行いましょう。巡り巡ればこれらの技術は国家の重要案件。我ら騎士にとってもなくてはならない存在でございます。なので、ぜひとも……」

「……私が女になれば、全て丸く収まるのだな?」


 ゲヒルトへの返答は意外な人物からだった。


「ラウ王子!」


 ラウは無表情であったけど、ゲヒルトをまっすぐに見据えている。


「国の為、民の為、そして家族の無念を晴らす為、まずは私に恥を忍べと」

「そうです」

「勝てるのか?」

「それはわかりません。ですが、マッケンジー領の技術が進めば、我らの戦力は充実します。それに、奥方の持つ知識は素晴らしい」


 ゲヒルトはちらりと私を見る。

 この人、どこまでわかっているんだろう。それともかまをかけている?

 油断ならないわねぇ。


「わかった。恥を飲み、その提案を受け入れよう」

「王子、よろしいのですか?」


 ゴドワンとしても受け入れるのは難しいようだ。

 でもラウは覚悟を決めている。


「復讐を誓ったのです。女として生きる程度、なんとも思いません。ネリーは私にアザリーという偽名をくれた。彼女の、死んだ妹の名だという。余はこれから、アザリーとして生きよう。それで、彼奴らに復讐ができるのなら、な」

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