第45話 きな臭いのはまっぴらだ!

 アルバートは語る。


「ディファイエント皇国、という国を知っているかい?」

「聞いたことはあるわね、名前だけで、どういう国かは知らないわ。海の向こうの国でしょう?」


 これは私の記憶というよりはマへリアの知識だ。

 しかし、ディファイエント皇国ねぇ……乙女ゲームの中にはそんな国名はあったかしら。うぅん、まともにプレイしてないし、そもそも先輩に付き合わされてやり初めて、さっさとやめてしまったゲームだからなぁ……もしかすれば私がプレイしてない以降のストーリーには出てくるのかもしれないけど。

 それに、マへリアの知識でも皇国の存在は霞のようなもので、大きい国だという話は知っているが、サルバトーレとは外交ルートがないからわからないって感じ。


「ん……あれ?」


 ふと、私はまた何かが引っかかる。マへリアの知識だとしても、マへリアはどこで、どういう流れでこの国の名前を知っているんだ?

 自分の国と関係のない話じゃないか。それを、なぜ覚えているんだろう。


「どうかしたかマへリ……あー、今はイスズ、殿だったか」

「気にしないでくれ、アルバート殿。こいつは、たまにこうなる。いろいろと考えることが多い奴でね」


 アルバートが心配そうな表情を見せ、アベルが私の肩を支えるように軽くたたく。


「大丈夫か? やっぱり、お前、働きすぎじゃねぇか?」

「平気だってば。ちょっと、どこでこの国のことを知ったのか、思い出そうとしたのよ。まぁいいわ。どうでもいいことだし。それより、その皇国とやらがどうしたというの? 遠い外国でしょう?」


 まぁ、だいたい、予測はつくけどね。

 アルバートの神妙な顔、そしてこの状況での第三勢力と思しき情報。

 さらに、私たちが抱いていた戦争に対する大きな違和感。

 ここから導きだされる内容は……。


「ハイカルンが周辺各国に戦争を仕掛けたというのはこっちでも聞いている。俺たちの国も防備を整えているからな。俺たちの国は海上国家だ。海軍の調整もあったし、最悪、国民を船に乗せて海に逃げることも出来る」


 へぇ、それは凄いわね。海上フロートって奴じゃない。

 中世とはいえ、さすがはファンタジー世界ね。

 というか国民を乗せて海に出れるってもう魔法が万能過ぎないかしら!? さすが、魔法が使えるから貴族。貴族というのは魔法を使い、他者を導くからこそ権力があるというわけね。

 海……海かぁ……海底鉱物資源……ニッケル、マンガン、各種レアアース……あ、いけない、ゾクゾクしてきた。


「とても、とても詳しく聞きたいわね、その海上国家船のこと……えぇ、今、私、そっちに意識が飛びそう」

「イスズ、ちょっと落ち着け。お前、なんかキャラ変わってるぞ」


 ぐらぐらとアベルが私の肩をさする。

 あぁもう、わかってるわよ。とても魅力的はお話だけど、優先順位があることぐらいわかるわよ。

 はぁ、戦争かぁ……面倒くさい。さっさと邪魔者は倒して統一国家群にでもならないかしら。

 うちの国のトップがもう少しやる気になってくれると嬉しいのだけどねぇ。


「あの、続き、いいかな?」


 そろそろ放置されてるアルバートがかわいそうになってきた。

 いけない、いけない。海底鉱物資源に関してはもといた世界じゃちょっと手が出せない領域だったから……会社の規模的にさすがにね。

 と、また話がそれそうになった。


「ごめんなさい、アルバート。続けて頂戴」

「あぁ、んで、俺たちの国が海軍持ってることはさっき言った通りだが、これは海賊とかの対応にも必要なんだ。陸で起きた戦争とはいえ、混乱が起きると大なり小なりの影響は出る。これ幸いにと海賊連中が調子に乗ることがあるんだ。その流れで海上の警備を強めていたんだが……その際、我が方の軍艦が見知らぬ船を見たと報告してきた。船が進んできた方角からして、皇国だろうと俺たちは踏んだ」

「なぜ? 船を持っている国はほかにもあるでしょう?」

「70門の砲台を持った軍艦を三隻も遠征できる国は皇国だけだ」


 まずいわね。

 ミリタリー知識がないから、アルバートの言葉の重要性が全く分からないわ。大体、70門って何よ。そんな数の大砲を一隻の船につむって頭おかしいんじゃないかしら。

 あ、でも昔見た映画だと確かにもの凄い大砲の数を持った船が打ち合いしてたわね。


「70門といや、軍艦としちゃ主力だな。それに大型だ。詰め込む兵力も相当だな」


 それとなく、私が理解していないことを悟ったのかアベルが付け加えてくれる。

 へぇ、よくわからないけど、とにかくすごいことはわかったわー。


「あのな、70門の軍艦が意味もないのに三隻も海にいる時点でおかしいだろうが」

「まぁそうだけど、領海侵入でもされたの?」

「いや、そういうわけじゃない。こちらの漁船は漂流しかけていたらしくてな。舵が破損してしまったのだ。幸い、むこうとぶつかることもなく、何か危害を加えられたというわけじゃなかった。ただその時、進んでいった方角と、時刻がな……」


 アルバートはそここそが話の重要なところだと言わんばかりに身を乗り出す。


「早朝だ。この時期の朝は霧が出る。連中はその霧に紛れていたという……いや、逆か。俺たちの方の漁船が霧に隠れていたというべきか……どっちにしても、そんな時間帯と気象、なにより連中が進む先は大陸の反対側だ。ちょうど、山脈を挟んだ、ハイカルン側だ」


 うぅん?

 なんとまぁ露骨な。


「これを見てくれ」


 アルバートは地図を取り出す。それは簡易的だけど、サルバトーレを含むこの大陸の全体像だ。アルバートは指でダウ・ルーの国を指す。すると、彼の指が淡い光を放ち、まるで蛍光塗料のように地図に光の筋が残る。

 あ、ちょっと便利な魔法。そういえば、私、自分でも一応魔法が使えるのよね。全然使ってないけど。

 でもこれは使ってみようかな。


「ここが俺たちの国。それで、漁船が軍艦を見たというのが、まぁだいたいこの海域だな。ここは誰の海でもないし、漁に出かける場所でも、ましてや海運ルートでもない。たまに迷い込んだ巨大タコやイカ、それと二つ首シャークが出るから荒くれの漁師でもよっぽどがない限りは近寄らない」

「ん? なんですって、二つ首、シャーク?」

「十五メートル級のモンスターだ。たまに変異種の三つ首が出る。あれはやばかった」

「……ごめん、続けて」


 これは無視よ。想像もしちゃだめ。

 なんでかしら。戻れなくなりそうな気がしてきた。


「とある国ではあれらを食材として調理するらしい。臭いし、食えたもんではないんだが……まぁいいか。んで、皇国と思しき連中が進んだのはこのルート。そりゃこっち側にも国はいくつかあるが、内陸国家で、まともに海辺の整備なんてしてない」


 アルバートが指し示す先は確かにいくつかの国が描かれているけど、大陸と海との間には大きな差がある。


「海洋調査と言われればそうかもしれんが、それなら軍艦である必要はない。後日、我らもその区域に船をだしたが、キレイさっぱり、船は消えていたよ。ただし、上陸の後はあった」

「そりゃあ。穏やかじゃねぇな? 漂流ならまだしも、海の玄関口であるダウ・ルーを無視だと?」


 どうやらアベルとしてはもうそれが敵であると認識したようだ。

 私としては敵なら敵でもいいけど、本当、面倒なことになってきたわね。大規模な戦争とかどうすればいいのよ。私、そこまでの知識ないわよ。いまから石炭を利用して、蒸気機関を作って蒸気戦艦でも作る? ぜぇぇったいに不可能だけど。

 時間も技術もないし。


「ふぅ……とにかく、わかったわ。このことはゴドワン様から陛下たちに伝えてもらうから」

「そうしてくれ。こっちも、海の防備は固めるつもりだが、まずは内乱をどうにかしないとな。この大陸は狭い……サルバトーレは確かに大きな国だが、統一国家ではないからな」

「そうね、本当にそう。統一国家にでもならないかしら、この大陸」


 次から次へと、本当に厄介なことばかり起きるわねぇ。

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