第44話 かつての攻略キャラが一人
対ハイカルン用の経済戦争の動きはすぐさま始まる。
特に元は商人だったコスタのつてが大いに活用された。彼はそのまま他国の商売人たちに使者を送り、マッケンジー領との交易を勧めさせた。その際に、私は使者たちに手見上げとして鋼のインゴットとかさばらない程度の塩を送り付けた。
まぁこれでこちらとの取引は得になるということがわかるはず。良質な鉄鋼資源はどんな国でも喉から手が出るほど欲しいものだ。
これらはむしろ、武器に転用するより農具に活用されていく。兵力の補充は確かに重要なのだけど、結局のところ、東西南北の中世レベルの時代というのは農業と牧畜なのだ。
とにかく、コスタの方は彼に任せておけば問題はないはず。彼の誘いに乗らずとも、ハイカルンを支援しないのであれば無視を決め込んでもいい。
これらの効果が出るのは長い目で見ていかないといけないから、まぁ気長に待ちましょう。
そんな感じで、色々と決算しなきゃいけない書類とかなんやかんやが増えていくときだった。
「よう、いすず。少しいいか?」
「アベル!?」
「んだよ、急にデカい声出して」
「あ、いえ、ごめんなさい。ちょっと、気が抜けてたかも」
社長室で事務作業を行っていると、突如、アベルが姿を見せた。
普通なら、別に大したこともなく対応しているはずなのに、その時の私はなぜかびっくりとして、肩を震わせていた。
ゴドワンのせいだわ。
「おいおい、徹夜で頭ふわふわしてんじゃないだろうな」
「だ、大丈夫よ。それで、どうしたの」
「あぁ、ちょいと客を連れてきた」
「お客様? どこから」
「ダウ・ルー国だ。そこの海運業の御曹司様がな」
「ダウ・ルー……確か、塩の……」
コスタの担当はいわば内陸の国々だったけど、私たちには他のお相手もいる。海辺に面した国々との交易ルートも確保する必要がある。
それを可能としたのがアベルだ。炭鉱夫としてあちこち移動していた関係でやはり彼も色んなところに顔が効くらしい。
そしてダウ・ルーという国はサルバトーレとも長らく友好関係の続く海に面した国。たくさんの船を持ち、国内には海から海水を引いて、それはさながら海上都市のよう……らしい。
現物は見たことがないのでわからない。
「海運とは言うが、ま、コスタみたいな商人だな。塩も作っているし、それを他方に運んだりと、手広くやってる。バルファンという家だ」
「バルファン……あれ、ちょっと待ってね、バルファン……」
その時、私は何か頭に引っかかるものを覚えた。
その名前はどこかで聞いたことがある。それも、この世界に転生する前から知っていたような……
「んー、何かで聞いたことがあるような……あっ!」
ぱちんと手を叩いて、思い出す。
バルファン。それは乙女ゲームの攻略対象キャラの一人だったはずだ。
「アルバート・バルファン……?」
その名前はもはや忘れかけていた存在だったが、思い出すと急速に頭の中にどういう人物であったかを想起させていく。
一応、この世界の元になるゲームをちょっとはやっていた私。このアルバート・バルファンというキャラは確か、ガーフィールドと同タイミングで出てくる。というか、グレースに対してかなりぐいぐいと好き好きアピールをする快活系のキャラだったはずだ。
元いた世界の先輩曰く「子犬系」とか言っていたっけか。曰く、イベントじゃ犬耳カチューシャつけてる姿がエモいとかなんとか。見たことないけど。
「なんだ、知ってるのか?」
「知ってるも何も……元同級生よ……」
このゲーム、通称ラピラピは学園シナリオだ。攻略キャラは全員もれなく学生。アルバートはグレースやマへリアと同学年。ついでと言っては何だが、ガーフィールド王子は一年先輩だ。ほんと今となってはどうでもいい。
それにしても、まさかここにきて、いわゆる原作キャラがやってくるとはね……むこうは果たしてマへリアのこと覚えてるのかしら。
私、大丈夫よね? 正直、アルバートがマへリアのことをどう思っていたかなんて知らないし。そもそもかかわりがあったかすらも定かじゃない。とにかく、同学年だったことしか知らない。
ついでにアルバートは留学生。
「同級生か……どうする、別に対応ぐらいは俺がやるが? これでも家の跡取り候補だ。代理ぐらい努めても無礼じゃない。それに、一応、俺のつてだしな」
「いえ、私が会うわ。どうせ、遅かれ早かれって奴よ」
そう、ダウ・ルーとの関わりが深くなれば、否が応でも顔を合わせることになるし、私の薄れた記憶が正しければアルバートは人懐っこい性格で、よっぽどのことがない限りは分け隔てなく人と接することのできる男、だった、はず?
とにかく明るいキャラだったことは間違いない!
***
というわけで、私は存在すら忘れかけていた攻略キャラ、いえグレースはもうガーフィールドの妻になるからアルバートはもう攻略キャラじゃないか。
なんでもいいけど、グレースやガーフィールドはさておいても、他の原作のメインキャラと顔を合わせることになるなんてね。
そんなこんなで、社長室で待機していると、靴音が聞こえてくる。アベルがアルバートを案内している。
「失礼します」
ノックと共に声が聞こえた。
「どうぞ」
私はかるく深呼吸をして、返事をする。がちゃりとドアが開く。
さぁ、対面だ。
入ってきたのはまるで燃える太陽のようなオレンジ色の髪に、わんぱくそうな切れ目、それでいて自信に満ち溢れた柔和な口元を携えた青年。
「初めまして。お初にお目にかかります。俺……あ、いえ、失礼、私はアルバート・バルファンと申します。ミセス・イスズ、お会いできて光栄……」
挨拶を続けるアルバートだったけど、私の顔を見て、言葉を止めた。
驚いたような表情もしている。
やれやれ、バレた感じかな?
「いかがなさいました?」
こっちは一応、平静を装って伺う。
「あ、いえ、申し訳ございません。その、失礼を承知で申し上げるのですが……君、マへリアじゃないのかい?」
あー、やっぱりその反応はそういう言葉が出てくるか。
その瞬間、アベルは無言でドアの鍵を閉める。アルバートはどうやらそれには気が付いていないようだが、それ以上に、マへリアという存在が目の前にいることが信じられないようだ。
「……私がそのマへリアだとして、なにか?」
「何かって、何してるんだよ! いや、だって君、なんか、国外追放というか処刑されたとか、死んだとか聞いていたけど……あと、ガーディーから婚約を解消されたとか」
「どうだってよろしいじゃありませんか、そんなこと」
「そんなことって、君なぁ。第一、君の両親は国家反逆罪で、君も同罪、そもそもグレースにひどいことを」
「変ね。私の知るアルバート・バルファンは学生時代のことをぐちぐちというような男じゃなかったわ」
ごめんなさい、かなりあてずっぽうです。
だって、このキャラとはまともに絡む前にゲームやめたしね。
「それに、今の私はイスズ・マッケンジーよ。このマッケンジーを取り仕切る男の妻。そしてこの製鉄会社を任された女よ。そしてあなたは商売の話をしに来た。違うかしら?」
「そ、そりゃそうだが……ムムム……」
ムムムって、あんたね。リアルに口に出して悩む人なんて初めて見たわよ。
「た、確かに父上には商売をする上では相手の嫌いな部分を飲み込む度量もいるとは言われたが……」
なんか、さらっとひどいことを目の前で言われたような気が。
「えぇい、君の話はあとだ、あと! そう、俺……あ、いや、私は」
「自然体でいいわよ、自然体で」
「……君、なんか性格変わってないかい? 昔はもっとこう、高飛車だったような」
「女はね、日々、いろいろとあるの。それで、仕事の話がないのなら、帰って頂くけれど?」
「あぁそれは困る! 父上の名代としてきているんだ、何もできませんでしたで帰ったら殺されちまうよ!」
「はぁ……だったら早くお話なさいな」
騒がしい子ねぇ。
もうちょっと落ち着きが欲しいわね。そう、例えばアベルみたいに寡黙な……て、私、何考えてるのかしら。
「んんっ! で、で改めて。我が父、シャザム・バルファンの名代として此度、参りました、アルバート・バルファンであります。近年、目覚ましい発展を遂げるあなた方と我がバルファン家との間に深い、関わりを持たせていただきたいと思いまして。我々からは輸送船及びこちらが持ついいくつかの海外交易ルートを提供する準備がございます。これで、お話を聞いてはもらにでしょうか?」
輸送船、海外開拓ルート。
これは……大きく出たわね、アルバート。
「……えぇ、とても楽しいお話になりそうね。アベルもそう思うでしょう?」
「全くです」
私たちはお互いに、にやりと笑った。
「それともう一つ。これは個人的な話になるのです」
アルバートはほかにも伝えたいことがあるようで、なぜか神妙な面持ちだった。
「このことはガーディ……いや、ガーフィールド王子にお伝えしたいこと。皇国について……」
アルバートが伝えようとした内容。
それは、私たちが思い描いていた最悪のシナリオの、序曲に過ぎなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます