第43話 金の戦争
「交易ルートを開拓しましょう」
私の提案にゴドワンもアベルも、そして各地の工場長や領主補佐、それと村々の村長たちは驚いた顔をした。
ここはマッケンジー領の首脳会議の場。会場は当然、マッケンジーの屋敷。
議長をゴドワンとして、参加しているのは領内の主要メンバーたちだ。
書記としてコスタを起用。この人、字もうまいことがわかって、何かと重宝している。計算も早いしね。
「湾岸、海岸沿いの国との交易を密にするのもそうですが、やはり土地を持つ内陸の国との関係性が重要になります。彼らの土地には、そこでしか取れない鉱石資源もありますし、こちらは石炭を渡すことで、それらを売買できます。それと、お塩もそれなりに準備できますから、将来的に見れば我が国は石炭、塩、宝石、そして鋼を売ることができます」
どれも貴重な資源物資である。
戦争だけではない。普段の生活において、これらの資源はことのほか消費する。まぁこの場合、宝石はまた別の案件になるけど。
「友好国や同盟国ではない他方の国々との連携を取ることは将来的には我がサルバトーレの栄光を強めるものとなりますし、下手に戦争を起こされるよりはマシでしょう。今現在、ちょろちょろと鬱陶しくこちらを挑発する敵に対するバリアにもなります。いえ、むしろ最大の攻撃手段となるはずです」
「他の国同士で戦争をさせるのですか?」
工場長の一人が質問を投げてくる。
私は首を横に振った。
「いいえ、よそ様同士で戦争を起こすのではなく、相手に自滅してもらいます」
「経済戦争という奴か」
アベルが私の意図に気が付いたのか、感心したような、あきれたような表情を浮かべながら言った。
「つまり、我が方に味方を集中させ、交易、貿易ルートを一本にまとめる。他にわたらせないというわけだ。そうなれば敵は資源を手に入れることができなくなる」
「相手方にも、それを支援する国はいよう。それについてはどうするつもりだ?」
息子のアベルに続き、ゴドワンも質問をする。
「無視です。団結して、こちらを襲うならまだしも単なる外交を行っている程度であれば、わが国がとやかくいう必要はないと思います。器量を見せるところともいえるでしょう。ですが、そのやり取りをこちらにだけに集中させてもらうだけです。なんせ、こちらには燃料がありますからね」
先に挙げた資源だ。
特に塩の交易は大きな資金源となる。それと彼らを守る為だけの戦力の提供もだ。
「それに、えぇと敵の国……ハイカルンと言いましたか?」
「そうだ。ハイカルン、さほど大きな国ではなかったはずなのだがな。何を思ったか征服戦争に乗り出したと聞く」
「……征服」
「はて、今思ったのですが、それはいささか奇妙でございますねぇ」
意外な人物が会議に参加した。
書記に徹しているコスタだ。彼は眼鏡を押し上げながら、今までの議事録を確認している。
「ハイカルンは大きくはありませんが、かといって貧しい国でもありませんでした。確かに、我がサルバトーレとは交易ルートは持ち合わせていませんが、商人同士の交流ぐらいはありましたよ。その話だけを聞けば、とても戦争を仕掛けてまで物資を強奪しなければならない国でもありません」
うん?
それは確かに奇妙な話ね。
「それに、兵力にも疑問です。こちらとあちらとでは兵力に差がありすぎます。それこそ、奇襲で我らが首都に攻め入り、電光石火で王家を捕らえるなどするのであれば、勝ち目もありましょうが……奴らはまず近隣の国を襲いました」
「言われてみりゃあ、おかしい話だな。目の前に俺たちサルバトーレ王国があって、他の国もある。なのに、難民たちには申し訳ないが、小さな国を襲っている暇なんぞ……それこそ兵力が持たんはずだが」
アベルも首を傾げる。その場にいた全員、それこそ私ですら首を傾げて、悩む話だ。
そう戦争が始まったという熱に浮かされて、私もこれに対応するように動いてきたけど、そうなのよね、そもそもハイカルンとかいう国は何を根拠に、何をもって勝ち目があるとして戦争を仕掛けたのか。
今更征服欲に目覚めたにしたって、遅すぎる。国力の差があるのだから。
「何か、裏があるというのはわかる」
停滞しつつある会議に活をいれるゴドワン。
「だが、今は目の前の問題に対処するべきであろう。この件に関しては私からも王都の大臣たちに提言する。ことは重要だ。とはいえ、王家があののんきさではな……」
「結局のところ、我々領地勢力が矢面に立たねばならないというわけでしょうしなぁ」
「左様。血を流すのは国民、領民。酷なことを言えば、士気の高い難民兵を利用するという手もありますが……」
「馬鹿、貴重な労働力だぞ。失うには惜しい」
「わかっとるわい」
工場長や補佐、村長たちも次々に発言をしては会議は熱を帯びていく。
で、結局のところ、結論としてはハイカルンを潰す。これに落ち着くのだけどね。
「血を流さずに済むのであればそれに越したことはありません。むしろ、いかにこちらが優れているか、豊かであるかを敵に知らしめるのもよいでしょう。ですが、製鉄の効率を上げることは許可してほしいですわ。各地の工場長様たちには苦労を掛けることになるでしょうけど」
「いえ、それは問題ありません。従業員たちはやる気です。ですが、給与の方を」
「それについても、こちらで何とかします。なんなら王家から借金も致しましょう。今は総動員です。それに、嫌な予感もします。この戦争、どこかで長引くような気がしてなりませんわ」
工場長たちの了承を確認して、今回の会議は終了する。
彼らはそのまま解散して、それぞれの仕事に戻っていき、ゴドワンもさっそく王都へと向かう準備を始めた。
「いすず、領内のことは任せる。大臣たちはさておいても国王陛下と王子を説得するのに時間がかかるだろうからな、しばらくは戻れぬかもしれん」
「お任せくださいゴドワン様」
「期待している。あぁ、それと」
出発準備の手伝いをしているときの事だ。
「いすず、お前、アベルとはどうなのだ?」
「はい?」
突然そんなことを聞いてきた。
「なに、お前らが好き同士なのは見ていてわかる」
「は、え?」
「がっはっは! お前がそう慌てる顔をするのは珍しいな。うん? わしは生い先短いし、亡き妻に愛を誓っている。戦略上、お前の提案を受けて結婚はしたが、ほれ、わしらはこの通りのビジネスパートナーであろう?」
「そ、そりゃそうですけど」
「恋をしろ、若者よ。熱い恋をな。なぁに、お前さん、別に何をののしられても気にしないたちであろう? とはいえ、今は時期が悪いか。ははは!」
ゴドワンはものすごく楽しそうに笑いながら出発していった。
というか、なんてことを吐いていくんだあのおじいさん。
「私がアベルを!?」
便宜上というか形式上、アベルは私の息子になる、らしい。年上の息子。変な話だけど。
それとは別に私が今ここにいるのはアベルのおかげなのも事実。彼に拾われ、彼に信じてもらえて、彼に支えられて、ここまで来た。
うん、確かに出会った当初、そしていすず鉄工を盛り上げていく中で、彼に惹かれていたことは事実だった。
けど最近は忙しさの関係で、それを認識することを忘れていた。
それを、ゴドワンの指摘で思い出し、意識をすると、私はとたんに顔が赤く、熱くなるのを感じた。
「ちょ、ちょっと冗談じゃないわよ。私、転生してるから、実質三十路の中年なのに……あぁもう!」
し、仕事だわ。
早く仕事に取り掛からないと!
これもすべて戦争のせいよ! ぶっつぶしてやる!
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