第42話 文化を売る者~武器を売る者~

 私が何か特別な印象操作をしなくても、民衆というのは知恵をつけると、それをどんどん活用していくものらしい。

 まずもってマッケンジー領は栄えている。鉄を売り、鋼を売り、そして今では宝石も売るし、岩塩も採掘し、なおかつ石炭も売りに出している。

 こうなってくると、経済が回る。私たちの工場は常に人員を欲するし、しかも買い取ってくれるのは王国や騎士団たち。それ以外にも火を必要とする多くの技術職、生産職も私たちに金を出す。


「石炭は黒いダイヤ。今、この瞬間においてはどの宝石よりも価値がありますわ」


 そう、元いた世界で、石炭はかつてそう呼ばれた。

 それほどまでに重要な資源だった。それは科学技術の発展していない時代であればなおさらだ。燃料、火、これらは文化文明の象徴であり、発展の印となる。

 それらを取り扱う私たち。


 当然儲ける。労働者たちに十分な賃金も配れるし、畑だって潤せる。

 つまり、領内に余裕ができるのだ。そこにジュエリーショップの誕生だ。金に余裕を持ち始めた領民たちは楽しみの為に余暇を持て余す。

 自分へのご褒美を欲しがる。それを食事などで発散するのも多いけれど、宝石が買えるとみんな結構、そっちに行きつく。

 きらびやかなものはみんな好きだから。


『マッケンジー領は王国随一、華やかな街である』


 誰かがそういったらしい。

 首都は当然、多くの貴族、大臣、そして何より王家が住まう都市なので一等華やかで文化的なのは間違いない。

 それとは別に我がマッケンジー領は先進的な動きを見せつけている。大量の工場が立ち並び、鉄と宝石を売る都。

 当然だけど、私たちを守護する防衛騎士団たちは全員、最新鋭の鋼の武具を身に着け、颯爽としている。

 なんせ私たちの街は王国の軍事をも支える重要な土地なのだ。万が一があれば、質の良い道具は消える。

 王国としても、私たちが消えてなくなるのは、大きな損失であると理解しなければならないのだから。


***


「六百人の騎士が、全員もれなく鋼の装備を身に着けている……なんとも、凄まじいことでございますな、奥様」


 この日、いすず鉄工に珍しい客が来ていた。

 口ひげを蓄えた偉丈夫の男。礼服を身に着けているが、むしろ腰蓑を付けて手斧を持っている方が似合いそうな人。ずいぶんと失礼なことを言うようだけど、本当にそうなのだ。

 しかし、彼は騎士団を取りまとめる隊長核であり、名家の出身という。

 そして、私はこの男を知っている。


「いや、それにしても……見違えましたな。はじめて会ったときは失礼ながら、哀れな子娘と思っていましたが、今では、我々が頭を下げる立場にいます」


 この男、私……というか逃げ出したマヘリアを捕らえるべく、王子の命令によって出動していたあの時の騎士だった。

 もう一つ付け加えるなら、マヘリアが実は死んでいないことを知っている数少ない男でもある。あの時、私は長い金髪を切り落とし、身に着けていた宝石を追ってきた騎士たちに手土産として持って行かせ、見逃してもらったことがある。

 そういう意味では本当は私は彼らに恩があるのだけど、以前の戦争で、私が鋼を騎士団に優先的に回した関係で、その立場は逆転していた。


「過去の事はよろしいじゃありませんか。騎士ベルケイド」


 男の名はベルケイド・アルカイルと言うらしい。


「そういうあなたも、私の秘密を誰にもおっしゃっていないようで?」

「いったところでこちらに得はないですし、言ったところで今更です。誰も信じやしないでしょうよ。それに、かつての奥様は長い金髪で、白い肌でありました。ですが、今はそう長くないですし、日に焼けておられる。特に、そう、目つきが違いますな。別人のようです」

「あれから色々と苦労はしましたので。徹夜続きですわ。それより、今日はどういったご用件で?」


 私の事情を知っているというのもあるのか、彼はマッケンジー領の防衛兵だった。こっちとしてもこれは都合がよかった。

 とはいえ、わざわざ私たちのところまで足を運んでくるというのは珍しい。

 何度か形式的な挨拶には来たけど、本当にそれっきりで、普段は騎士や兵士たちの駐屯所で訓練をしているとかなんとか。


「えぇ、これは前線にいる同僚から耳にした話でしてね。敵方に動きが見られたそうでして」


 それを聞いて私は無意識に眉をひそめた。

 同時に彼の話を聞く姿勢を取る。


「アベル、来て。部屋に鍵を」


 そして外で待機していたアベルを呼び、内側からロック。そのまま扉をふさぐように立たせる。


「聞きましょう。戦争、ですね?」

「えぇ、間違いなく、進軍準備。偵察行動。どっちにせよ、戦争状態の敵が動いたという事実です。もちろん、これは首都にも報告がいっていますし、国王陛下らのお耳にも届いておりましょう。ですが……」

「和平交渉の使者でも送るとでも言いだしたかしら」


 私が先に答えを言うと、彼はちょっと驚いたような顔をして、頷いた。


「えぇ……」

「はぁ、困ったわねぇ。和平なんてされると、こっちの取り分がなくなるじゃない」

「え?」


 これまた予想外の返答だったのか、彼はまた驚く。

 私としては本気なのだけどね。


「そもそも、意味の分からない戦争をしかけて、我が国の友好国を焼いた国ですよ? なんで和平交渉をする必要があるのかしら。それに武力でも勝っている。こちらには豊富な鉄鋼資源がある。不和の目は徹底的に、潰した方が綺麗になる。違うかしら?」

「恐ろしいことをおっしゃりますね……」

「だろう? 俺も最近、この女はやべーと思い始めている」


 なぜか意気投合を始める男二人。

 怒るわよ。


「んんっ!」


 咳払いしてやると、二人してそっぽを向く。

 ちょっとむかつく。


「私は別に敵の国民すべてを殺せなんていうつもりはないわ。そりゃみんなで仲良しこよしができるならそれでいいわよ? そっちの方が無駄がなくなるわけだし。でもね、戦争を主導した連中がいる。そいつらだけは根絶やしにするべきよ。それか、向こうの王族をさっさと捕虜にするかね」


 といっても戦争のあれこれを私が言えるものじゃない。

 私が剣を振るうわけでも軍の指揮を執るわけでもない。私ができるの山を掘って、鉄を作って、それを武器に加工すること。


「で、敵が動いたのはわかったし、我らが慈愛の王家様はいまだに平和主義を貫くというわけだけど……どうやらあなたたちは違うみたいね?」

「そりゃそうです。こっちは国と民を守るのが仕事ですのでね。我らが騎士団長であるゲヒルト閣下も軍を動かすことを提言しています。まぁ、通らんでしょうが」


 頭が痛くなる話ね。


「それで? 何をしてほしいの?」

「鉄と鋼の増産を……それ以外の事は我ら騎士団が行います。今はとにかく、武器が必要です。難民たちからも志願兵が来ていて士気も高い。ですが武器がない。裸のまま、戦争にだしても捨て駒にすらなりません。なので、武器が必要なのです」

「なるほど、わかりました。アベル、すぐに各地ゲットーの工場に通達。工場の稼働率を上げます。それと、希望者をどんどん募って。炭鉱にぶち込んで、工場にも入れる」

「あぁ、すぐに伝える。ついでに、塩の確保もいるな?」

「お願いできる?」

「やらせるよ」


 アベルはウィンクしながら部屋を出ていく。

 

「あ、あっさりと了解してくれましたが、可能なので?」

「できますよ。少し、出費が痛いことになりますが、まぁ取り戻せる範囲です。採掘と製鉄に人を増やすことで効率は上げられます。なんせ、難民たちにとってみれば、これはまたとないチャンスでしょう?」


 戦争がはじまり、まず友好国の一つが戦火に飲み込まれ、大量の難民を生み出した。

 そんな彼らにひとまずの土地を与え、仕事を与えたのは私たちだ。

 荒れ地や手つかずの山を切り開かせた。そこに住まうだけの権利も与えた。その見返りとして私たちは彼らを労働力として使うし、産出される石炭や鉄鉱石はもちろん私たちのものだ。

 でも彼らは文句を言わない。彼らの生活を私たちが保障しているのもあるけど、最大の理由は復讐なのである。

 彼らは土地を焼かれ、家族を失ったものもいるでしょう。

 そんな彼らにとって、自分たちが行っている仕事が結果的に憎い敵を倒すことに繋がっていると知れば、それはもう盛り上がるというわけでございましょう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る