第41話 ジュエリーショップ
領内に店を構えたジュエリーショップは本当に小さなものだ。酒場や雑貨屋の近くにポツンと建てられた店。こういう形の店を領地内の方々に設置させた。
それぞれに一応、奥には工房を構えさせるけど、それだって小さなもの。
売り出されるのは本当に小さな宝石。本来なら商業用としては活用されないものたち。それらを加工した簡単なアクセサリー。
「錬金術という魔法が存在している以上、この世に使えないものはないと考えましょう。あなたたちの魔法は本来であれば不必要と処理されるものすらも、美しくできる。正真正銘の奇跡なのですから」
魔法、錬金術。冷静に考えれば考えるほど、凄まじい魔法だ。こんな便利な魔法を大量生産向けに利用するなんてそれこそもったいないと気が付く。
これは、希少価値を生み出す壷だ。いえ、もっと言えばものの価値を変動させるレベル……。
「与えられた力をただ漫然と使うのではなく、磨きなさい。このように、店を与えたという事実を理解してほしいのです」
値段は安くはないが、決して高すぎない。平民でもがんばって稼げば手に入るレベルに抑えた。
欠けようと、腐っても宝石。そしてそれらを加工するのはプロ。商品にかかる付加価値ぐらいは私だって無視しない。
むしろ、値段が少し高めというところがみそだ。
安くしすぎては逆にブランド感がなくなる。逆に高すぎては民衆の大半が手に入れることができない。
大量生産を図るにしても、それはまだ先の話だ。
「決して手に張らないわけじゃない。ちょっとの贅沢。これ大きいのよ。だけど、あなたたちには手を抜いてほしくないわ」
開店前、私は店を任せた若者たちの伝えることがあった。
「ですが、奥様。お言葉ですが、私たちは魔法を使えるのですよ? なぜ、このような平民の街に」
「平民に相手もされない商品で貴族に売り込めると思って?」
「そ、それは……」
「どうあれ、あなたたちは無名。どこぞこの貴族の息子だなんて名乗ってもその威光が通じるのはその領内だけよ。あなたたちはそれを捨ててまでこのマッケンジー領に来たのだから」
店を任された錬金術師たち。彼らは二世、三世であり、なおかつ次男、三男。家督を譲られるかどうかもわからずくすぶっていた子たち。
彼らとて貴族としてのプライド、誇りはあるだろうが、今はそんなもの地面に放り投げてもらう。このまま一生、長男たちの影になるのか、自立して、自分の店を持つか。
どちらがいいかを選ばせている。ここで諦めるようなら、無駄だということだ。
「何度も言いますが、私は能力があれば取り立てます。一番の売れ筋を出せば独立資金だって援助しますわ。前回の品評会で、良い評価をもらったあなたたちだからこそ、私は店を与えたのです」
事実、彼らにはこれからたくさん頑張ってもらうことになる。
「芸術家として後世に名を残すことだって夢じゃないのよ? その時、永遠に名を残すはあなたたちだわ」
希望を抱かせる。未来の世界で、自分と自分の作品が永遠に評価をされる。これは魅力的だ。それをやる為の土台も用意してある。
「ただし、お互いの妨害は許しません。切磋琢磨するのであればまだしも、陥れるようなことがあれば、斬ります。私は、やると言えばやる人間よ。そこは肝に銘じてほしいところね」
まぁこのくぎ刺しが果たしていつまで通用するかはわからないけど、足の引っ張りあいだけは勘弁願いたいのよね。
「来月の売り上げを期待しますわ。まずは民衆の生活を見て頂戴な。そうすれば、あなたたちの視野は広がる。それは決して、無駄なことじゃないのだから」
などと偉そうなことを言うけど、私に芸術、美術の心得なんてゼロ。
ただ無責任な発破をかけて、お金を出すだけだ。それでも十分だとは思うのだけどねぇ。
ともかく、ジュエリーショップが始まる。
「民は国の血液よ。これを軽んじては、いずれ刺されるのは私たち貴族。そこを、気を付けないといけないわ」
***
さて、ジュエリーショップ。宝石の主なターゲットが女性であることは言うまでもないのだけど、それじゃあ買いに来るのが全て女性かというとそうではない。どちらかと言えば男も買う機会がある。
中には自分で宝石を着飾る人もいるだろうけど、大半は目当ての女の子にプレゼントだ。
私の狙いはそこにもあった。結局、金を出すのは男なのだ。その男の財布を操れるのはだれか。女性である。
そして男たちは労働力だ。目当ての女の子の良いものを与えて振り向かせたいと思ったとき、やはり大きな効果を出すのは宝石なのだ。
甘い言葉? それだけで人間を口説ける人はそっちで食っていけるわ。
「お前は、魔女か?」
この商売を始めて一週間が経ったある日の事だった。
ゴドワンが言葉とは裏腹に関心した様子で、こう言ってきた。
仮初とはいえ夫婦な私たち。夕食ぐらいは一緒に取る。
まぁ世間一般でいう私の評価は正妻に成り代わった愛人なのだけど、それはいい。貴族であるならば、それぐらいは甲斐性というものらしいから。
「またそれですか? 親子そろって、私のことをなんだと」
「いや、お前にとっては誉め言葉だと思ったのだ」
ゴドワンは最近になってハーブティーにこだわりを見せていた。意外と、この人との食事は楽しみだ。色んなハーブティーを楽しめる。これも、領内の経済が潤って、全体的に領主の懐も太ったことが理由だ。
彼はハーブティーを啜りながら、続けた。
「ジュエリーショップだったか。民衆からのウケは良いみたいだな?」
安い宝石であっても、採掘された本物の宝石には違いない。そしてこれらを加工するのが本物の錬金術師であり、領主に認められた存在であると言えば、領内の民も商品に信頼を置く。
また錬金術師たちも領主が背後に控えている関係で、下手なものは作れない。悪質なものを売れば、それは領主の名に傷をつける。
だから必死になり、良いものを作る。売れれば、独立も許される。これらの相乗効果は思った以上に大きいようで、彼らのジュエリーショップはそれぞれが良いスタートを切っていた。
まだまだ浸透という意味では遠いかもしれないが、少なくとも客足は途切れていない。
「特に、男どもが土産として買っていくようだ。ねだられたか、それとも頭の上がらぬ女房に催促されたか……それもお前の計算だろう?」
「少し、違います。過去、現在において男に金を使わせるのは女性でしょう? 彼女たちは決して弱くない。したたかで、他人の使い方を分かっている。良いように扱われるのは男ですわ、いつの世も」
「確かに、わしもお前に使われて事業に金を出しているからな」
ゴドワンは悪い顔はしなかった。むしろ、楽しんでいる。
今まで枯れた山と地方領主という立場でくすぶっていたのが、今では多くの山を持ち、工場を持ち、王国の騎士団という取引相手も手に入れ、爵位まであがった。
面白いはずよね。今じゃ、ゴドワンはサルバトーレ王国でも無視できない存在となった。
「他の領地からも多少、買いに来るものがいる。まぁ、中には隠れてスパイまがいの事をしている奴もいるようだが」
「今頃、コークスの製造方法を知ったところでどうにもなりませんのに。量産体制はこちらで整えましたし、技術のある人間はほとんどを引き抜きました。彼らには能力主義で、それなりの地位も与えましたのに」
「その通りだ。今から他の領地に引き抜かれることは早々ない。それに、難民保護の観点で、我々の製鉄工場は各所に点在し始めた。これを潰すのは王国の戦力をそぐことになる。騎士団は我らの味方だからな」
武器を取り、戦う騎士たちにしてみれば質の良い鉄と鋼を供給する私たちの存在は大きい。今更、他の質の悪い剣を使おうだなんて思わない。それに私たちの製鉄は大量生産を可能としてきた。
木炭に頼らない製鉄。多くの貴族が手放した禿げ山を再開発、炭鉱として利用して。
同時に植林保護の山も残っている。長い年月を必要とするけれど、緑はまたよみがえる。
「気が付いているか? 今やサルバトーレは王都ではなく、この領内で回り始めているのだぞ」
「まぁ凄い。ですが、同時に大手のブランド宝石もその立場が確立できて来たのではなくて?」
安い宝石、それはすなわち質の悪いものだが、これの登場でむしろ質の高い最高級のものはさらにそのブランドを増す。
安いものは所詮、安いもの。民衆に広めるという意味ではこれでもいいけれど、それだとむしろあとの反動が怖い。
上流階級にはやはり高価で最高品質なものを選ばせる。
当たり前だが、上流階級の大半は安いものを買わない。それで満足などしない。だからこそ、そういった方々に向けた商品も用意するのだ。
もちろん、最高の品質で。そして私たちにはそれができる。買い取った山の中には宝石を産出するものもあったし、多くの芸術家たちを支援してきた関係で、マッケンジー領には人材が揃っている。
「人間、さらに良いものを、良いものをと限りなく求めていきますからね。こちらもそのニーズにこたえれる人材を用意するだけです。ゴドワン様が芸術家たちを支援しているから、できることですわ」
「あぁ、思わぬ収穫だった。しかし、今度は供給が追い付かなくなるが?」
「そこはほら、お国が戦争で勝ってもらわないと。いやしくも我が国を襲う逆賊国家を成敗していただいて、土地をいただくしかありませんでしょう? それに、未開拓の山も多いです。難民たちにそれらの山を発掘させて、開発を進めていけば、多少はあてになるでしょう」
でも、そろそろ本気で、戦争は終わらせてほしいわね。
戦時特例もいつまでもあてにはできない。ちょろちょろと邪魔をされるのも困るし、無駄に労働力に血を流させたくないし。
はぁ、もう少しこの国が好戦的だったら、いいのだけど、王子とお姫様は博愛主義で、融和と和平を信じ切っているわ。
今はまだそれでもいいでしょうけど。さっさと統一した方がいいって、わからないかなぁ。
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