第40話 流行は作り出すもの

 領主の妻が何やらお茶会を開くという情報はすぐさま領地に広まる。

 話題性もあることだし、そうなるように私も噂を広めさせたのもあるしね。

 このお茶会の目的は色々あるけど、まず一つは市井の民が求める流行。ターゲット層は主に十代の女の子だ。

 しかし、それだけじゃない。女の子たちは楽しくワイワイと会食をするだけなのだが、同時に仕事をしてもらっている。

 それは……


「近々、売り出す予定の新商品の試作品なのだけど、よろしければ皆さんに、ご紹介したいとおもいまして。これは我が領内の錬金術師たちが切磋琢磨する為に行っているものなのだけど」


 このお茶会にはいくつかのアクセサリーを持ち込んだ。それは希少価値がなくなってしまった欠けた宝石やくすんだ水晶などだが、これらを細かくカットしてネックレスやイヤリングにしたものだ。

 これらの品評を彼女たちにしてもらう。


「どうかしら。まだ無名の宝石加工職人たちのものなのだけど、皆様のお眼鏡にかなうものはあるかしら?」


 本当に簡単な加工だ。錬金術師の錬金魔法は本来なら数時間とかかる作業をたったの数分、数秒で終わらせる。

 素晴らしい力ではあるのだけど、本質はそこじゃない。


「ぜひとも、皆様にどれが素晴らしいかを決めてもらいたく思っていますの」


 結局のところ、何が気に入られるかだ。

 そこに有名も無名も関係ない。私たちが技術者や芸術家を引き入れるのはこのため。

 少女たちはワッとアクセサリーに夢中になった。あれがいい、これがいい。そんな言葉が聞こえてくる。私は事前に投票システムを考えておいた。といっても好みのアクセサリーがどれかをサインしてもらうだけなのだけど。


「遠慮はいりません。彼らはまだ無名。魔法を使えるといっても、名を起こせないものたちです。忌憚なき意見を私は求めますわ。妥協はしたくないの」


 私は自分でも舌がかゆくなるような言葉を吐いている自覚はあった。


「いつの世も、女を磨くのは、女の意見。宝石に合わせるのではなく、自分に合わせるものを見つけ出す。我を突き通す姿勢こそが美しさにもつながると私は考えています」


 時代が下がれば下がるほど、女性の地位、権力というのは相対的に落ちるものだ。

 長い長い歴史の中では女帝などもいるが、それらは最初から権力を約束されている場合か……もしくはとんでもない例外があるだけ。

 そうでない場合、たとえ貴族の娘でも言葉は割るけど家の為の道具だ。

 前時代的というか、この世界がまだそのような成熟してない文明を土台にした世界なのだから仕方ない。

 でも、女というのは意外なところで結束力があり、繋がりがある。パーティーなどでも女性の意見や派閥というものは大きな力になる。

 私が作り上げようとするのはそれだ。マッケンジー領内のブランドが素晴らしいものだ、安くても質の良いアクセサリーが手に入る。

 そういう噂でも流してもらえれば良い。そのための最低限の下準備が気に入られるアクセサリーの形なのだ。

 それは同時に錬金術師たちの意識にも影響を与える。

 なるほど、これが民衆の望むものなのかという。


(とはいえ、中には反骨心をあらわにして独創的なものを作る芸術家も出てきてほしいところだけど)


 それは時代の中で熟成され、錬成されるものだと思う。

 意図的に作り出せるものじゃない。

 とにかく、今はブランドを作ることが重要。そのための技術の底上げを図るのが急務。


「実は、今日私が身に着けているアクセサリー。これに使っている宝石は欠けていたものや、くすんだ水晶なの。お気づきになったかしら?」


 そして駄目押し。

 元娼婦の奥様方に手伝ってもらってセッティングしてもらったパーティードレスとアクセサリーセット。私じゃ逆立ちしても思いつかない絶妙な配色がなされている。

 さすがは体一つで生き抜いてきた女性たち。強い。

 私が身に着けているのはただ宝石のかけらに紐を通しただけのものや金型にはめ込んだだけのもの……それなりに加工はしてあるのだけど、素朴なものが多い。


「たとえ、安いモノでも、その魅力を引き出すのは自分だということです。さぁ、皆様も、この無名の宝石たちを輝かせてみませんこと?」


 このように意識を煽り立てると、少女たちはあれこれと意見を出し合う。これは良いモノだ、これは素敵、かわいい。そういう流れの中で彼女たちは流行りを作り出す。

 最初はこの小さなグループの中で。それが領内に広まる。そして、社交界に出れるような地位のものたちはそれらを身に着け外部に出る。

 すると、大なり小なりの話題と噂を運び、他の領内にも評判が広まる。

 だけども、私の仕事はそれでおしまいというわけじゃないのだ。


***


 会食は滞りなく終了してからも、私の仕事は残っている。

 アンケートの結果を調べることだ。錬金術師たち、そして芸術家たちが作ったアクセサリーの人気具合を測る為。

 こうして見えてくるものはまだ表面的なものだけど、最初のうちはそれでいい。

 こういったものは一日、二日でわかるようなものじゃないからね。

 私は出展されたアクセサリーの中で高い評価を受けたものを作った者には支援を約束する。

 だからと言って、そうでない者たちも見捨てはしない。


「私は能力があればどのような出自でも取り立てると約束します。我が夫、ゴドワンが私を見初めたのは、私が若い女だからという低俗な理由でないことはご理解していただきたいのです。作りなさい。人が手に取るものを。世間の流行なんて、人気取りの言葉でしかありません。作りなさい。それを生み出すのはあなたたちなのです。己の芸術が素晴らしいと思うのなら、作り上げなさい。私は努力をするものの援助は惜しまない。結果を出すものを切り捨てはしません。ここで諦め、立ち去るのであればおとなしくご実家に戻り、部屋住みとして生きていくことを享受なさい」


 これは挑発だ。

 しかし芸術家気どりの者たちはこれらの言葉に反応を示す。成り上がりの女の言葉を受けて、彼らは私を見返そうと一層の力を入れる。

 競争だ。競争をさせて、新しいものを作り出させる。

 私は結果を彼らに後悔している。それが指標となる。

 多くの錬金術師たち、芸術家たちは私に対して不満を抱いたことだろうが、それでいいの。それらを情熱に変換して、技術に打ち込めるものだけがのし上がれる世界なのだから。


「まるで、二枚舌。詐欺師の手腕だな」


 あれこれが終わって、迎賓館の控室に戻ると、そこにはフォーマルなスーツをきたアベルの姿があった。

 それもそのはず。錬金術師たちを集めたのはアベルだ。彼は一応、領主の息子。次期領主様だ。勘当を解除された今、それぐらいの権力は持っている。

 また彼自身が錬金術師の一族であることも大きい。何より元炭鉱夫として各地の山に赴き、そこで作った人脈は実はマッケンジー領にとって大きな情報源となっていた。

 あの領地の三男は腕はあるが冷や飯ぐらいだ、あっちの貧乏貴族は使い物になる、腕のいい技巧職人たちが路頭に迷っている。

 そんな噂程度の話でもアベルの耳には届く。


「ひどいこと言うのね。私はみんなにやる気を出してもらう為に厳しい言葉をかけただけよ」

「よく言うぜ、別々のグループに流行を作り出せなんてよ」

「事実でしょう? 流行なんて、その場限りの、一過性の熱よ。それを完璧にコントロールするのは難しいの。こればかりは、もっと技術を高めないと。今は下手な矢も数打てばという奴よ」


 実際、これって相当なばくちなのよねぇ。


「怖い、怖い。裏で流行を操る魔女様だぁ、こりゃ逆らえねぇ」

「あなたねぇ、私を何だと思ってるのよ」

「そこしれねぇ悪女。年老いた領主を若さで惑わした情婦ってところか?」

「怒るわよ」

「ははは! わざとそういう風に動いたくせに」


 まぁそりゃそうなんだけど。


「しかし、炭鉱の次は宝石商か。手あたり次第だな」

「おほほ、宝石は老若男女問わず魅了するものよ。意中の女を手に入れる為に男は宝石を買い与えるし、女も自分を磨くために身に着ける。お互いが困らないわ。私はその手助けをするの」

「んで、格安の宝石アクセサリーの店か。民衆から支持を集めるにはちょうどいいってか?」

「そうよ。民衆の力はすごいわよ。将来的に、王家すらも打倒するかも? その時、どちらに寄り添っているかで、貴族の運命って決まると思わない?」


 まぁ、私は別に革命なんて起こすつもりはないのだけど。


「さぁ、仕事はまだあるわ。前に集めた難民たちに採掘の仕事を振り分けないと。宝石商に手を出すなら格安だけじゃなくて、もちろん高価なものも手に入れるわよ。山を掘りましょう。まだ、山はたくさんあるわ」

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