第46話 魔女であり、聖女であり

 中々、頭の痛くなるような話が続いて、いささか私もぼんやりとしてくるけれど、かぶりを振って、意識を整える。

 耳に入ってくる情報が戦争、戦争、戦争と本当に嫌になる。なんだってこう、人間ってのは争いがやめられないかなー!?

 若干、それを煽ってる節が私にもあるし、邪魔ならさっさとおとなしくして欲しいとは本気で思っているけど、だからと言って、何でもかんでもというわけじゃない。

 平和的に進むならそれでもいいわけだし、戦争なんてしてたら国土が荒れて、無作為に資源が吹き飛ぶわけだし。


「あぁ、全く。嫌になるわね。その皇国っての追及したところで証拠がないんじゃあねぇ……」


 アルバートの話だけを聞けば間違いなくその国は黒なんだけど、それじゃあ実際にハイカルンを裏から操っているかというとその証拠がない。言いがかりになってしまうし、何ならむこうに正当性を与えかねない。


「だからこそ、この内乱をさっさと終わらせるべきなんだろ?」


 さっきまでの話をまとめた書物を伝令に運ばせる手はずを整えたアベル。同時に彼は使用人たちに人数分の紅茶を持ってくるように指示を与えていたようで、淹れたてのハーブティーが運ばれてきた。


「ま、茶でも飲んでリラックスだ。会議ってのは思いのほか、頭を使う。菓子はどうする」

「食べる。チョコがいい」

「ん、すまないが、チョコレートも」


 使用人が下がっていくのと同時にハーブティーを一口。

 さわやかな香りがよい刺激になる。


「……なんというか、本当に性格が、いや人間性が変わったみたいだねマへリア」

「その名で呼ばないでアルバート。いつ誰が聞き耳を立てているかわからないわ」


 同じくハーブティーを楽しむアルバートは少し、苦笑しながら言った。


「すまない。ただ、マッケンジー領のイスズ夫人は山を支配する魔女とも、難民を救う聖女とも伝え聞いていたんだ。俺としても、想像が膨らんでいたんだけど、まさか、かつての同級生とは思わなかったんだ」

「ぶっ!」


 なぜか紅茶を吹き出すアベル。


「げほっ、せ、聖女? こいつがかぁ? 俺ぁ、お前さんとこの国でそんな話を聞いたことねぇぞ?」

「ちょっとどういう意味よ、それ。というか、聖女ってなによ、恥ずかしいわね。私だって聞いたことないわよ!」


 ちょっと、本気でやめて頂戴。

 本気で恥ずかしいんだけど。聖女? 私が? どこが?


「ははは! 人間、自分の良い評価ってのはなぜか耳に入らないものだぜ? でも、それなりには有名なんだぞ、綺羅星のごとく突如現れた女傑。資源不足の中、次々と鉄と鋼を作り出す姿は魔女。山を操り、鉄を生み出す鋼鉄の魔女。だが、同時に行き場をなくした難民を手厚く保護し、その生活を保障し、仕事を与え、パンを与える女神、聖女ともね」

「う、うぅ、やめて、鳥肌が……」


 他人から聞かされる自分の評価。それもなんだかむずがゆくなるような恥ずかしい単語のオンパレード。ぞわぞわする。そして恥ずかしい。


「あ、あのねぇ、確かに私は難民を保護して仕事を与えたけど、ほとんどこっちの利益のためよ? そりゃあ、戦争の空気を利用して無茶もさせてるけども」


 難民という立場と故郷を奪還させるという意識を利用してる自覚はあるというか、もうそれが目的なとこあるからね、私!?


「理由はどうあれ、実際に施した結果はプラスってことだよ。もしもこれが、サルバトーレが無理やり制圧し、働かせたとなれば話は変わる。だが逆だ。何もかもなくした者たちを君たちは居場所を与えた。それは、大きな意味を持つ。土地を手放すということと、土地を得るということは、想像以上にね。かつて俺たちの国は水浸しで、塩害も多かったと聞く」


 海の街特有の問題かしらね。潮風の影響は確かにあるでしょう。


「だから先祖は魔法も駆使し、船を駆使し、海上国家を作って、ここまできた。だから、土地の大切さは身に染みている」


 土地がないからこそ、土地を大切しているってことかしら。

 ちょっと深い話じゃない。


「まぁ、しかし、なんだ。同じことを言うけど、本当に変わったね君。なんだって、それを学生時代に開花させなかったんだ。そうすりゃ君はもしかしたら王妃だったかもしれないのに」

「運命じゃなかったのよ。第一、遅かれ早かれ、両親の不正でこっちの首は飛んでたわよ」


 いけないわ。そもそも両親がいたという事実すら頭の中から消えかけていたわ。


「そりゃ、あれだけ国家予算を横領していればな……そういえば……変な老夫婦が貨物船に乗り込んできたって話があったが……まさかなぁ?」

「あー、多分それ両親よ。あいつら、実の娘を変態に売り渡してまで逃げようだなんて」

「変態?」

「終わったことよ、もう関係ない話」


 まぁ、どうでもいいわ。今更どこでなにしてようが知ったこっちゃない。

 くたばってくれてることだけを祈るわね。私個人としては、マヘリアのことはあんまり同情はしてやれないけど、さすがに実の親に売り飛ばされたなんてのはかわいそうだし、そんなことをする大人は許してはおけないわ。

 仮に、目の前に現れるようなことがあれば……ま、ありもしないことを考えるのはよしましょうか。


「というか、なんで国家反逆罪の夫婦が貨物船に乗り込めたのよ」

「知らねぇよ。まず、俺の家の船じゃねぇし、その時はまさかお前の家がそんなことになってるなんて知らなかったんだよ。あとで知って、こっちの国はわざわざ謝罪の使者まで送ったんだぜ?」

「それこそ知らないわよ! はぁ、でもいいじゃない。すべて終わったこと。私はこうして、今、充実した生活を送ってる。それで十分よ。やりたいことも出来てるし」


 その邪魔をしてくる敵性国家にはうんざりだけどね。

 本気で更地にしてやりたくなってきたわ。


「はぁ……君が、グレースをいじめていた、傷つけていたということは知ってる。嫌な女だなと思ってたし、正直嫌いだった。でも、人間、ここまで変われるってのは凄いと思うぜ。お前、自分を追放した国のためによくそこまでできるな。いや、追放処分は自業自得なとこあるけどよ」

「うるさいわねぇ。こっちは生き残るのに必死だったのよ。私を拾ってくれたアベルには、感謝しているわ。命の恩人だもの」


 そう、これは変わらない事実。

 私のことを信用してくれて、ここまで協力してくれたアベルにはいつか報いてあげないといけない。これは、恋とか愛とか関係なく、私個人のけじめでもあるわ。


「確かに、あの時のことは思い出すだけでも驚きの連続だったぜ。ドレス着たお嬢様が山ん中、駈けずり回って、炭鉱にきて、自分を売り込むんだからな。そしたら、今じゃこれだ。俺たちのボスだ」


 アベルもあのときのことを思い出したのか、苦笑いを浮かべていた。

 思えば、私たちの出会いっていろんな意味で衝撃的だったわね。


「ボスって言わないで」

「それじゃ、お袋様か?」

「殴るわよ!」

「怒るなよ。実際、山のあれこれ取り仕切ってるのはお前だぜ?」

「ゴドワン様のおかげよ。正直、大変なのよ」

「親父が他人をそこまで信用するってのが珍しいことなんだがな」


 まぁ、実際、私って本当なら特大級の地雷だものね。

 ゴドワンもよく起用する気になったわね。利益とかそういうのをひっくるめても、私って存在は弱点にもなるだろうし。

 それを分かったうえで、私も自分を売り込んだわけだけど。


「……なんというか、君たち、仲がいいんだな。ただ、マヘリア……イスズ、君、ご領主ゴドワンの妻だろう?」

「あぁ、それ、偽装結婚よ。お互い了承したうえでのビジネスだから」

「……お、俺は清濁併せ吞む商人の息子、俺は清濁併せ吞む商人の息子……こういうこともある、こういうこともある」


 あら、彼にはまだ早い話だったかしら。

 アルバートは頭を抱え込んでいた。


「な、怖い女だろ? 聖女って柄じゃねぇだろ?」

「アベル殿、俺は正直、色々と考えたくなってきたよ……よくもまぁそういうことをあっけらかんと……」

「すべては生き残る為よ。ゴドワン様もそれを理解して、領地が潤うからこそ、この計画に乗っかってくれたのだから。それに、そうでもしなきゃ時間がなかったのよ」

「あぁ、全く、父上になんと報告すれば……と、とにかく、俺が示した提携条件は飲んでもらえるってことでいいのか?」

「えぇ、構わないわ。こちらからは石炭と、そうねぇ、鋼。それとタールも必要でしょう」

「ありがたいね、特にタールは防腐と防錆に貴重な材料だ。船の寿命が延びる」

「それじゃあ商談成立ね」


 私はアルバートの提示した書類にサインをして、軽く握手を交わす。


「では改めてよろしくね、アルバート。学生時代の時のように、少しは仲良くしましょう?」

「君とは大して話したこともないんだがな」

「おほほ! そりゃあそうでしたわね、あなたたちはみんなグレースのお尻を追いかけていましたもの」

「その言い方はよせ」

「事実でしょう?」

「今は王妃候補だ。俺も、きっぱりと諦めている。だが、それでも、かつて好いた子の国が、危険にさらされるなら、俺は、見過ごせない」


 やれやれ、愛されているわね、主人公グレース。ガーディーがどれほどの男かなんて、知らないけど、今こうして話がわかる相手な分、私はアルバートの方が好ましいわね。

 だから、少し、利用しようかしら。


「ところで、海外へのつてがあるのなら、そうねぇ、技術者とか、芸術家ってどう? こっちに来る予定とかないかしら。ぜひとも、意見交換をさせたいの。私、どうしても実現したいものがあって」

「え?」


 私の提案は、きっと彼の為にもなるわ。

 えぇ、きっと、世界は大きく変わる。その、足掛かりになるかもしれないから。

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