第26話 次なるステップへ
「乱暴なものの言い方をすれば、石炭をコークスにするというのは木を木炭にするようなものです。実際は大きく意味合いが異なるのですが、今はその辺りは無視してもらっても構いませんわ」
現時点で必要なのはコークスが木炭の代わりになるという事実。この一点だ。
現状、製鉄業界を大いに悩ませているのは鉄を作る為の炭素資源の不足だ。
鉄鉱石から鉄を作る為には木炭や石炭などの炭素を熱反応によって還元しなければならない。それが木炭であれば問題はないのだけど、石炭には硫黄が含まれるせいでひと手間がかかる。
それがコークスへの処理だ。
「木炭利用をそのままコークスへ変換する。言葉としては簡単ですが、そうはいきません。やはり問題は大きいのです」
「……石炭は燃えづらいからな」
工場長の一人がつぶやく。
私はうなずく。
「そうです。木炭に比べて石炭、コークスは燃えるまでに時間がかかります。ですが、発生する熱量は断然上です。鉄の融解温度にも到達するのは容易いと思ってください。その分、大がかりな送風機が必要になりますが、大型の工場施設であれば不可能ではないでしょう。事実、私が頂戴したあの小さな工場でもある程度は何とかできていますので」
火をつけるのにものすごく時間がかかるけれどね。
「その他にも石灰石を同時に投入しなければ不純物が残って目詰まりを起こします。ですが、これらも問題点としては目をつむれる程度でしょう」
ちなみに私の所じゃ石灰石が賄えなくてかなり苦労している。
生産量が少なくて、農村の鉄農具の修理程度でなんとかしのいでいる町工場規模だからまだいいんだけど、これが大量生産を期待される大型工場だと話が随分と変わる。
なにより資金面が大きい。
「万能ではないのだな」
「当然、魔法を使えばこれらの問題はいかようにも解決します。ですが、やると思いますか? 魔法使いたちが、こんな手間のかかる、汚れた仕事を?」
「まぁしないでしょうな。貴族は綺麗好きですからね」
別の工場長が冗談交じりで言うと他の面々もどっと笑う。
私も笑う。
「そもそも彼らがこの事実にもっと目を向ければ、こんな問題も起きなかったのです。まあ、その時は私たちの食い扶持がなくなるだけですけど」
その点だけは貴族主義の享楽さには感謝するべきかしら。
そのせいで色々と割を食ってる人たちも多いのは事実だけど。
「それは困るな。魔法使い、貴族には顧客でいてもらわないと困る。魔法は素直に凄いと思うが、それだけで偉そうにされては困る。うちの領主はその辺り、話のわかるお人だが」
「私もそう思いますわ。ゴドワン様は実に先見性のあるお方です。私のような女の提案を認めてくださったのですから」
こういやって一定の理解が得られる程度にはいて欲しいとも思う。
もしゴドワンが典型的な貴族だった場合、私は今頃野垂れ死にしているだろうし。
「フム、話を戻してだが。石炭による製鉄は理解した。コストの面などの調整は必要だが、非現実的ではない。工場生産が維持できれば釣りが出るレベルだろう」
「ならば、もっとお釣りの出る事実を教えましょう」
彼らはかなり乗り気になってきている。
工場長を任されるだけあって彼らの頭脳は悪くない。最低限度の知識はあって、理解力がある。これが単純な労働者であったならこうもいかない。
ある意味、彼らが商人気質で助かったという感じだ。
今頃、頭の中は資金繰りでフル回転しているだろう。技術的に可能とわかれば使わない手はないのだから。
だからこそ私は釣り針の餌をもっと良いものに変える。
「鉄は重要ですが、どうせならもっと良い鉄を作りましょう……そう、例えば、鋼とかいかがです?」
その瞬間、工場長たちの目の色が変わる。
「鋼の量産が可能になるのか?」
「可能です。現時点ではまだ難しいですが、大量生産も可能でしょう。なんなら、銑鉄や錬鉄も」
「製鉄業からすれば嬉しい話だな。難しいとはどういうところだ。技術的な話かね」
「えぇ、大がかりな装置が必要となります。これを実現して、量産するには数年はかかるでしょうから、まだ先の話として考えてください」
「だが、技法だけは聞いておきたいな」
「理論は簡単ですわ。炭素の少ない錬鉄に炭素を加える事で鋼が出来上がる。ですが、この手法は時間と労力の割には生産できる数少ない。ならば、その逆に炭素の多い銑鉄から炭素を取り除けばいい……その方法も非常にシンプルです。ドロドロに溶かした銑鉄に空気を吹き込めば炭素が反応し、取り除かれていく……燃料はほぼ不要、既に銑鉄の中に原料となる炭素がたくさんあるのですから」
これは以前ゴドワンに説明した内容だ。
これを受けて工場長たちが互いに話し合いを始める。
「原理としては正しいな」
「問題点は耐火性といかにして空気を吹き込むかだ。ふいごの改良でも時間を食うぞ」
「理論と原理はわかるが、実際にテストしてみない限りは量産も出来ん。そんな余裕は今はないぞ」
「だからこそ、鉄の生産に集中しろという事だろう。だが、不可能ではないぞ。将来性を考えれば、これは大きなビジネスになる。領地が儲かれば俺たちも儲かるからな」
気が付けば、彼らの中にあった私への反感は薄れている。
全員が新たな儲けの種に夢中なのだ。
「しかし、これはまるで魔法、錬金術のようだな。なぜ、そんなことをお前のような娘が知っている?」
「それは簡単なことですわ。私、魔法使いで、元貴族ですもの」
あっさりとネタバラシ。
すると当然のよう工場長たちは驚愕の目を向けてきた。
「ま、魔法使い、貴族だと! どういうことだ、いや、なぜ、そんな女が製鉄に……!」
「色々と事情がありまして家がつぶれて、私、財産がこれっぽっちもございませんので。生きる為にお勉強してきた知識を使っているのですわ。ちょっとでも考えれば、わかることですし」
工場長たちはどよめいている。
だが同時に納得もし始めているようだ。
「元貴族なら、確かに知識はあるか……いや、しかし」
「だが言ってる事に理屈は通っている……」
「待て、だからといってやはり疑問は残る。お嬢さん、なぜ、魔法を使わないんだ? あなたが魔法使いであれば、こんな手間のかかることなど」
「私一人で国家を賄う製鉄量なんてできるわけがありません。ですが、人間、機械を使い、道具を使えば魔法使いがえいと魔法をかけるよりもたくさんのものが生み出せます。そして魔法使いの大半はこんなこと絶対にしません。だからこそ、誰かがやるべきなのです。それがたまたま私だったというだけですわ」
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