第27話 嘘は女の化粧
マッケンジー領内の製鉄工場全てに対するコークス製鉄のレクチャーに関して、工場長たちへの説明が終わると、私は次に、いすず鉄工の従業員たちを指導員という形で他工場へと送り込んだ。
この半年もの間、彼らは小規模な設備で文句も言わずに鉄を作り続けてきた男たちだ。私を信じて、ここまで来てくれた仲間だ。
何より、それをやらなきゃ食べていけないという自覚がある分、彼らも必死だった。だから覚える。その必死で覚えた経験は強く身につく。
なので、指導員として技術の普及を行ってもらうわけだ。
これは技術力の底上げにつながる。
当然、指導料は頂くのだけど。コークス製鉄に関しては私たちの飯のタネ。それを広く公開するのだからこれぐらいは頂戴して当たり前と思ってもらいたいものだ。
といっても別に暴利を吹っ掛けるわけにもいかない。
この件に関してはきちんとゴドワンや各工場長とも協議を重ねている。
私だって従業員にタダ働きはさせたくないし、ここは引けない所でもある。
まぁ、また影で「愛人が」とかなんとか言われそうだけど、はい、無視無視。
そんなこんななやり取りを初めて、約一か月。マッケンジー領内では徐々にだが木炭から石炭・コークスでの製鉄へと移行が始まっていた。
一か月の内、コークス製鉄に関しては二週間弱で業者たちは理解を示していた。これは驚くほど短い期間なのだけど、そこは流石は製鉄を生業にしている人々だ。
理屈を理解すれば、あとは自分たちの経験がそれを補い、導き出すというものだ。細かな修正などは我がいすず重工の誇る先鋭達が指導、監督を行う事で完成度を高めていく。
手法を覚えたとしても今度は工場の製鉄炉の改良などもあるわけで、むしろこれに一番時間とお金がかかったと言える。なんせ、耐火性の見直しなどもあるわけだし、コークスを燃やすための大火力の為の送風機、ふいごの大型化などもあった。
この辺りは私はノータッチ。それらは各工場が行う事だ。
しかし、この領地を任されているゴドワンは錬金術師だ。そして先祖は山師。当然、ここに住まう住民もそんな彼らの子孫が多い。
経験は生きている。例えば水車や山風を使ったり、時には人力で大きな機械を回したり、ふいごを踏みつけたり、方法は様々だけど風を起こす為の知恵は多かった。
これらの方法は元の世界でも行われてきた、ある意味では当然の発展だ。
人間は常に発展をしてきた。新しい理論を提示すれば、それに見合ったものを考え、実現していく。
私の与えた知識は、些細なものだけど、確実に機械化という波は押し寄せていたのだ。
***
「それにしても、あのボロ工場が、なんというか小綺麗になったじゃねぇか。土地も広くなってやがる」
その日、私はアベルと一緒にいすず鉄工工場の周囲を散策していた。
手付かずの荒れ地が広がっていて、失敗した田畑だけがほんの少しだけ雑草を残している酷い土地だったのだけど、今では整地が行われて、一部では建築も始まっている。
「半年で、土地を買えるまで金を貯めこんだってのか、いすず?」
「そうよ。従業員たちにはちょっと苦労をしてもらったけど、レクチャー代なんかも併せてやっと、ここまでこれたの。御覧なさい、工場はまだ一つだけど、この周囲の土地は私たちのもの。きちんと正式な手続きを踏んで、ゴドワンさんからも許可を貰って、お金も払った。ここから、私たちの本当の仕事が始まるのよ」
そう、今まで私たちの住居はこのボロ工場だけだった。
でも土地を買い、建物を作る。何を作っているかと言われれば、これは社員寮みたいなものだ。今の所はプレハブ小屋よりちょっとマシな程度のものだけど、それでも工場の一室を無理やり部屋にするよりは断然良い。
それに、その寮は何も工場勤務者だけのものではない。
「アベル、ここはあなたたち炭鉱夫の家でもあるのよ。これより、いすず鉄工は製鉄だけじゃない。採掘業だって行っていく。お金を儲ける方法は多くても損はないわ。今はまだ石炭だけど、私はそれで終わらせるつもりはないの」
目標は大きく。
この場合、野望と言ってもいいかもだけど。
「と、いうと?」
「わかってるでしょ? 山の中には石炭以外にもたくさんあるじゃない」
「金や銀、宝石もあるし、岩塩もあるな。鉱物資源の宝庫だ」
「その通り」
石炭を掘り、鉄を作る。これは私の最終目標じゃない。
むしろ、野望の為の過程に過ぎない。山を掘るには適切な装備がいる。お金も人員もいる。今の私たちじゃそんなのは無理。でも将来的にはわからない。
そしてこれらは数か月、数年で完了するようなものじゃない。
長い、長い、事業のその第一歩がやっと始まるのだ。
今までのは準備体操に過ぎない。
「だけどよ、他の工場にもコークス製鉄を伝えちまうと、ここの取り分は結果的に減るんじゃないか? そりゃ最終的には親分である親父のもとに行って、金は分配されるがよ?」
「えぇ、だから、まぁちょっと、他の工場長さんたちには嘘をついたの」
「嘘?」
私はほんの少しだけ含みのある笑みを浮かべた。
「鋼の生産。今はできないって言ったのだけど、あれ、実は嘘なのよ」
「……マジかよ」
アベルはちょっとだけ絶句。
なぜか私はそんな彼の顔を見て、また笑みを浮かべた。驚かれるってなんか気持ちがいいわね。
「えぇ、本当。お金だってその為にためていたのだもの。鉄の生産は確かに重要だけど、私はそこにブランドものになる鋼を売り出すわ」
私たちの世界でも鋼は重要な資材だ。
鉄よりも強靭というだけでもその重要性は高い。何より様々なものにも応用できる。
この時点で、鋼を量産する事が出来るのは大きなアドバンテージになるのだし。
「お前、まさか最初からそれを狙ってたんじゃないだろうな?」
「さぁて、どうかしら。でも、鉄の生産性を落とさないようにしなきゃってのは本気で思っていたのよ? でも、他の人と同じことで勝負しても、うちは小さい工場だもの。何か一品で勝負できるブランドがないと、生き残れないでしょう?」
逆立ちしたって私たちが他の大きな工場に鉄の生産で勝てるわけがない。
「まぁ、そりゃそうだが……どうするつもりなんだよ? 鋼を作るのって面倒で、手間がかかるってお前が……第一、設備がないんじゃ?」
「普通にやろうとすればね。でも、私には、魔法があるわ」
ふふん。
してやったりな顔を浮かべる私。
「おい、お前、魔法は使わないって」
アベルは困惑顔だ。
そりゃそうかもしれない。私は常に魔法は使わないと口にしてきたもの。
だけど、嘘も方便、状況次第。今は魔法を使うべきだと私は判断した。
使えるものは使う。それの何が悪いというのだ。
「最終的には使わなくなります。でも、絶対に使わないなんて、私、いってなもの」
「いや、まぁ、そりゃそうだが……なんか、お前、性格変わってないか?」
「……そう? 私、生き残るのに必死なだけよ。ライバル企業を勝たせるわけがないじゃない。食べられなくなったら困るもの」
それに、私、ちゃんと鋼の作り方だって工場長さんたちに伝えたはずだし。
やるか、やらないかはあちらの勝手だもの。
第一、マイナスになるような情報は一切教えていないわ。鉄の生産は戻ってきたし、鋼の量産に関しても提示している。
何度も言うけど、私、難しいといっただけで不可能なんて言ってないもの。
「といっても、これはちょっとしたギャンブルでもあるのよ。失敗したら大損だし。だけど、小娘一人が従業員抱えて生き残るにはそれぐらいはやらないといけないのよ。それに、魔法を使うと言っても、何も魔法で鋼を錬金するわけでもないし、最終的には人間の感覚と経験がものをいう世界よ」
なにより、私がやろうとしていることは、ある意味では未来の先取りだ。
しかし、不可能ではないはず。
元の世界とて、イギリスが本格的な鋼の量産を始める前から既に古代中国などでは製鋼が始まっていたのだ。
だからこそ、できる。
やらなきゃならないのよ。
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