第25話 業務提携

 マッケンジー領の全ての製鉄工場にコークス製鉄のレクチャーをする。

 これはこの世界に来て行う初めての大仕事だと思う。

 今までの事は言ってしまえば自分の地位を確立する為のものでしかなかったけど、これから始めるのは他の同業者との共同作業。

 もっと言えば蹴落とすべきライバルたちと肩を並べるような話なのだけど、この場合、立場としては私が上になってしまう。


 なんせ、今までの常識とは違う製鉄方法を教えるのだから、状況としてはそんな感じだ。

 問題なのは、どこの馬の骨とも知れない女がすることなのだけど。

 絶対に反発される。そりゃもう考えなくてもわかる話だけど。


「それで、難しい顔したり、にやけ面したりしてるわけか」


 そんな私の苦悩を知ってか知らずか、アベルはのんきなものだった。

 鉱山の方がひと段落してきたこともあってか、アベルはこの数日、領地に滞在している。と言っても、またすぐに鉱山にとんぼ返り。

 そもそも炭鉱夫たちの住居がこの領地にはまだないし、建設するにしても土地がないのも問題。

 それに資材はゲットー行きだし。

 まぁ、それでも、こうして知り合いと顔を合わせられるのは良いことだ。

うん、きっとそうだ。


「失礼ね。本気で悩んでるのよ」


 気兼ねなく、物を言い合える仲間。

 思えば、この世界に来る前の私にはそんな人、先輩ぐらいしかいなかったかも。

 いや、あれはどっちかと言うと先輩のコミュ能力が高かったというべきだろうか? 先輩はあれでいろんなお友だちいたし。

 私も、この世界に来てからは結構磨けたと思うけど、やっぱり大人数を相手って何となく怖いものだ。


「よく言うぜ、俺たち炭鉱夫や王国の騎士連中相手に啖呵切った女がよ」

「そりゃ、あれは、もののはずみというか、勢いと言うか」


 あの時は必死だった。今も必死だけど、安定した土台の上に建っちゃうと保守的になるものなのよ。

 アベルたちと出会った頃は生きるか死ぬかだった。

でも今は、今すぐに死んじゃうってわけでもない。

 決定的に状況が違うのだ。


「まぁ、なんだ。女にこういうことを言うのはどうかと思うが……笑え」

「……はいぃ?」


 なに、その、意味不明なアドバイス。


「私が言うのもなんだけど、こういう時ってもうちょっと具体的なアドバイスをくれるものじゃないの?」


 私はちょっとだけ彼を睨む。するとアベルはやれやれと言った感じで首を振って来る。

 なぜかしら、彼にそれをされると、ちょっと腹が立つ。


「あのな、笑うってことは余裕を持つってことだぞ。薄ら笑いでも貼り付けた笑いでもいいから常ににこやかでいろ。いいか、いすず」


 アベルはフラフラした態度じゃなくて、真正面から私を見据えるように視線を合わせてきた。

 時折見せるアベルの真面目な顔が、ものすごく近い位置にある。


「な、なによ」


 私は思わず身を引いた。

 なぜだか顔が熱くなってくる。


「自信を持て。お前の持ってる知識は、間違いなくこの世界を変える。事実、お前はこの廃墟同然の工場を立派に持ち直した。おやじにその有用性を認めさせた。できるんだよ、お前には。だから自信を持って、余裕を持って、連中にお前の知識を覚えさせろ。結果は出しているんだ。連中だって、腐っても製鉄に携わる連中だ。それが有用だと知れば、目の色を変える」


 アベルがこんなにも熱心に語ることってあんまりない……と思う。

 期待をされているのだろう。それは、それで、嬉しい事だ。

 誰だって期待されれば嬉しい。同時にプレッシャーもあるけど……。

 でも、ここまでだって私はなんだかんだやってこれた。今からやろうとしてる事はそれらに比べたら確かに楽かもしれない。

 そう考えるといくらか気分が落ち着く。

 それに、私には一応領主様の後ろ盾がある。中々に不名誉な後ろ盾な気がしないでもないけど、家も土地もない小娘よりは貴族の愛人という肩書の方が上だ。多分。


「ふぅ……そうね、頑張ってみましょう。これも、生きる為だもの」


 そう、究極的にこれらの活動は私が生きる為のものだから。

 その為の過程はあとでいくらでも湧いてくる。


「儲けるわよ、アベル。こうなったらとことんよ」

「そうこなくちゃな?」


 その時の私たちは、お互いに悪い顔を浮かべていた気がする。


***


 そして、数日後。

 私はおじいちゃん三人組とアベルを引き連れて領地郊外に設営された工場へとやってきていた。部下の数が多い方がいいとは言われたけど、やっぱりいまだ零細企業なうちだと仕事を止めるわけにもいかないのだ。


「みなさん、本日はお集り頂きありがとうございます」


 私は深呼吸をしてから、形式的な挨拶をした。

ここはゴドワンが抱える工場の中で一番大きい規模を持つ、まさに心臓部とも呼べる場所だ。

 そこに領地で工場を経営する工場長たちがずらりと顔を並べていた。全員、それなりに身なりがいい。貴族ではないが、小金持ち程度には儲けているということだろう。

 労働者階級ではなく、支配者階級よりといった所か。

職人というよりは商人ね。でもそっちの方がまだ話をしやすい。

 

「前置きは良い、結論を話せ。我々も暇ではないのだがな」


 工場長の一人がひどく面倒そうな口調で言い放つ。場の空気は彼に偏っているだろう。

 他の工場長も同じような目でこっちを見ている。

 領主の愛人が偉そうに、といった感じかしら。


「あら、それは話が早くて私も助かります。ではお伝えします。今のままでは、あなた方、破産しますわ」


 と言いつつ、私としては軽いジャブのつもり。

 でも工場長たちはピクリと眉をひそめた。


「破産、だと?」

「えぇ。その理由、ご説明は必要でしょうか? 皆さま、鉄の生産量が随分と落ち込んでいらっしゃるようですし?」


 彼らは無言だったけど、それは私の言葉が図星であることを意味する。

 しばらくして、最初の工場長が口を開いた。


「時期の問題だろう。資材がなければどこもその程度だ」

「まさか、工場経営を任されるお方がそんなことを言うなんて驚きですわ。工場の稼働率が数パーセントでも落ち込んだら大損害……違いまして?」

「口の減らない女だな」

「ですが、事実です。木炭が次々と姿を消している……国はついには伐採禁止令まで出してきた。しかし、資材はよこせと言ってくる……あぁ、とても大変。毎日工場を全力で稼働させているのに、資材がないから何もできない、でも国はせっついてくる。皆様のご苦労はお察ししますわ」

「……それで、貴様たちはそれを改善する手段があると、そういいたいわけか?」

「えぇ」


 その言葉に私はうなずく。

 彼らはみな、その為に集められたのだから。


「それが、石炭を使った製鉄であると?」


 彼らは事前にある程度の説明を受けているようだ。それなら話が早い。


「そうです。石炭が製鉄に向かないということは皆さま重々承知でございましょう。今更なぜと問う人もいない……そういう理解でよろしいですか?」


 無言。

 無言は了承という意味で捉えさせてもらうわ。


「これから説明させていただくのは石炭製鉄……いえ、コークス製鉄についてです。理論は簡単です。石炭に含まれる不純物を取り除けばそれでよいのですから」


 全員がわずかながらこちらの話に耳を傾け始めた。


「これは、いうなれば早い者勝ち。やったもの勝ちでございます。少なくとも私の知る限り、他の地域で行っているという話は聞いていませんわ。ゴドワン様もそのようにおっしゃっていました」


 なので私は遠慮なく後ろ盾を利用させてもらう。

 いかに私が愛人(という認識)でも領主がそれを認めて評価しているという事実は大きい。


「私たちがやろうとすることは何も特別な事ではございません。魔法なんて使わなくても、鉄は作れる。それは、あなた方がよくご存じでございましょう?」


 だから作りましょう。

 お国の為に。

 何より私の為に、ね?

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