第8話 かまどの前

 コークスを作り始めて六時間。どうやら私が目覚めたのは朝ではなく、昼近くだったようだ。

 その為か、日が少し落ちてきた。炭鉱はいまだ採掘を続けていて、騒々しい音が鳴り響いている。

 その喧噪を聞きながら、私は延々とかまどの番を続けていた。次々と火種を投入して、火を焚き続ける。


 途中、ドレス姿は暑くなってきたので、私はもうどうでもいいと思って袖やスカートを思い切り引きちぎってかまどの中に放り込んでやった。

 なぜかだすかっとする。きっと高いドレスなんだろうけど、それを無造作に破りさいて燃やすなんてなんてエキサイティングなんでしょう! 


「……駄目ね、徹夜のテンションだわ」


 無駄に高揚する気分を深呼吸で沈める。

 時々、おじいちゃんたちが水と食料を運んできてくれるので、それを口にしながら、私は黙々と石炭を燃やし続けていた。

 その間も、おじいちゃんたちは私のそばにいた。

 思えばこの人たち、ずっと私の所にいるけど、炭鉱のお仕事は良いのかしら。

 私の事を監視しているわけでもなさそうだし、一体なんなんだろう。


 ちょっとは気になる。

 それに私も延々と火を眺めているだけだと暇なのだ。生きる為とは言え、同じ動作を繰り返すのはかなりきつい。

 あと、単純に話し相手が欲しかった。


「あの、お仕事は良いんですか?」


 三人の内、真ん中のおじいちゃんがいわゆるリーダー格のようで、受け答えも基本的にこの人がやってくれる。


「仕事はしとるよ」

「私を監視することが仕事?」

「まぁそうなるな。別にお嬢ちゃんだけを見とるわけじゃないが」


 と、言いながらおじいちゃんは水を飲んで、干し肉をかじっている。

 のんきというか、なんというか。たまにチャチャを入れてくるけど、今となるとそれでもありがたい。

 単純作業を続ける傍ら、こういう刺激は本当に助かる。

 会話は取り留めのない、生活の事や、仕事の事に発展していった。


 そうして、コークス作りを始めて十時間。

 その間にも私たちは、ものすごく今更ながらの自己紹介をしていた。

 おじいちゃんたち、リーダー格の人はサミュエル、あとの二人はヨシュアとオレーマンと言うらしい。

 

「へぇ、それじゃあサミュエルさんたちはもう四十年も炭鉱夫を? 大ベテランですね」

「魔法は使えんが、体力はあったからな。さりとて軍人になれるほど、頭も良くなかったし、簡単に稼げる仕事がこれだった。最底辺の墓場と言うが、動けるうちは、自分一人で食っていく分には困らんかったよ」


 この辺りは、元いた世界でも大きく変わらないと思う。

 日本でも一部の炭鉱ではいわゆるタコ部屋労働という形で劣悪な環境下に置かれて、重労働を課せられた人たちがいる。しかも低賃金。

 よくも悪くもエネルギー資源の確保は国家事業として優先されたけど、その末端の扱いはひどいものだったとか。


 私の祖父や曽祖父も結局は鉱山の粉塵やガスなどの毒で体を壊してなくなったし。

 でも、確かに今の私の感覚では言えば非人道的でも、この状況に押し込まれれば、そうも言ってられないと言う自覚は出てくる。

 だって、しなきゃ食べていけないんだもの。

 それを思えばたった一日の徹夜なんて、軽いものだとすら思える。


「よぅ、やってるなぁ?」


 空がすっかり暗くなった頃、アベルがひょっこりと顔を出してきた。

 彼は右肩で小樽を抱え、左腕にはいびつな形の鉄鍋があって、そこには何とも形容しがたいおかゆなのかスープなのか分からないどろっとしたものが入っていた。

 シチューじゃないのは間違いないと思う。シチューはもうちょっとクリーム色だ。


「爺さんたちもご苦労。酒と飯だ。一杯やってくれや」

「ひゃーっ!」


 アベルの許しを得たおじいちゃんたちはその言葉に甘えて、三人で酒盛りを始めて、そのおかゆだかスープだかで食事をとり始める。

 満足そうにおじいちゃんたちを眺めながら、アベルは私の方を見て、またにかっと笑う。

 彼は二つの木製コップを手にして、中には小樽に入っていたお酒が注がれている。


「お酒、いらないけど」

「あ? そうなのか。子どもとはいえ、貴族なら酒はたしなむもんだろ」


 一応、この世界はそういう常識があるらしい。

 元いた世界のヨーロッパもそんな感じだったと聞くけど、そんなことはどうでもいい。

 今はお酒って気分じゃない。それにあんまり好きじゃないし。


「そうかもしれないけど、アルコールは入れたくないの。眠っちゃいそうだし」

「もったいねぇ」


 アベルは片方のお酒を一気に呷ると、私の真横に腰を下ろした。

 これが焚火を囲んでいる学生同士だったらもう少し幻想的というか、ロマンチックなのかもしれないけど、生憎と目の前はコークス用のかまどで、いるのは見た目だけはお嬢様な中身アラサー女と、二十台っぽいのに妙に貫禄のある山男。

 自分で言うのもなんだけど、ロマンの欠片もなさそう。


「お前、ずっとこれやってんのか?」

「しなきゃ認めてくれないんでしょう? ならやるしかないじゃない」


 正直、腰が痛いし、掌には豆ができてきたし、さんざんだわ。

 おまけに火の近くにいるせいか、ちょっと火傷っぽくもなってきてる。

 たまに持ってきてもらう水で冷やしてるけど、これ、完全に明日は倒れるわね。


「そりゃそうだが……逃げ出すもんだと思ってたよ」

「ひどくないですか、それ。あんな大見栄切っちゃった手前、戻れるわけないじゃない。それに、ここまでやったら、もったいないわ」


 その言葉に私はカッとなって、ムッとした。

 最初から私の事なんて信じてなかったんだな。

 それを考えると、見返してやりたいって思いも強くなってくる。

 私はぐるぐると棒を回しながら、ふいごの勢いを強めた。

 ごうごうと炎が上がり、もくもくと石炭から蒸発していく水蒸気がかまどの排気口から流れで行く。


「すげぇガスだな」

「吸わないでくださいよ。有毒ですから」

「んなこたぁわかってるよ」


 石炭をコークスにする際には硫黄の他にもタールなどが取り除かれる。

 排出されるガスを集めて、冷やすとあの黒くてネバっとしたタールが採れるのだけど、今はそんなものは必要ない。

 有用な資源だけど、猛毒だし。中には医療、食料として使えなくもないけどさ。


「しかし、そんな手間暇かけて作ったもので本当に石炭が使い物になるのか? 別に、今のままでも十分、活用できるとは思うがねぇ? 鉄を作るのはきつそうだが」


 石炭自体の発火性は優れている。それは間違いない。

 ただ何度も説明するようだけど、石炭をそのまま使った製鉄は含まれる硫黄のせいで鉄を脆くしてしまう。

 それを取り除いたものがコークスだ。


「私はもっと長期的な視点で見て欲しいの。朝でも言ったように、森林をすぐに消える。もってあと数年。今は木炭でもいいかもしれない。よそから輸入して賄えるかもしれない。でも、長くは続かない。その時、用意をしていたものだけが、勝てるのよ」


 いうなれば、これは投資という奴だ。

 私がしようとしてるのは、何も私個人で鉄を作ろうって話じゃない。

 木炭に代わるエネルギーを提供すること。それを理解させる事なのだ。


「それに手間をかけただけの価値はあるわよ。それに、これは試し作りなの。本当ならもっと大掛かりな設備で大人数でやるべきことなのよ。それを私一人でやってるのだから」


 若干、これは当てつけっぽく言ってやった。


「へぇ」


 アベルは一切気にしてなさそう。

 なんだろう。年下なのよね、彼。いや、今の私は彼より年下だけど、精神的には何かしら。

 この扱い、ちょっと納得いかない。


「木炭以上の火力は保証するし、このガスだって本来ならもっと有用なエネルギーになるのよ。この熱量なのよ? それにガスから採取できるタールだって船の防腐剤とかにはよく使うものでしょうに」


 なので、私はちょっと知識でマウントを取ろうとした。


「なるほど、そいつはすごい」

「……本当に理解してる?」


 アベルは神妙に頷いてはいたが、なんかこう、私が思っていた反応とは違う。

 もっとこう、驚くと言うかさ。


「お前、よくそんなこと知ってるな? 本当に子どもか?」

「え?」


 その時、私は自分がべらべらと無駄なことを話していたことに気が付く。

 私を見るアベルの目はどこか鋭い。睨んでいるとかそういうのじゃないけど、鋭いのだ。まるで私を値踏みするというか、興味本位で暴いてやろうというか、そんな印象を受ける。


「石炭の加工と言い、さっきの説明と言い。よくもすらすらと言葉が出てくるものだな。貴族の子どもは家庭教師頼んで勉強はするが、こんなことは教えねぇ。どんなもの好きでもな。なのに、お前はまるで知ってるかのように話す……」

「そ、それは……えぇと、本よ。外国の本。それを読んだのよ!」


 自分ながら、この言い訳はひどいとは思う。


「本、ねぇ……?」


 アベルの目つきがさらに鋭くなってきた気がする。

 だけど、彼はすぐに視線をかまどの方へと向けながら、小さく笑う。


「フフ、ま、何でもいいがな。お前がどこのどなた様だろうと、ここで生活できるだけの力を見せてくれるならな、俺はそれ以上を聞かねぇ。ここにいる連中はろくでなしばかりだ。後ろめたい過去の一つや二つある」


 なぜか、アベルはごろんと寝転がった。

 彼の説明を受けて私は改めて、ここがそうとう酷い場所だというのを認識することになる。


「……国家反逆罪に王子との婚約解消を受けた過去を持ってるのは私ぐらいね」


 これはちょっとした強がりだった。


「あぁそうだな。国家反逆罪! お前がここじゃ一番の悪党だよ、全く」


 寝そべりながら、アベルは子どものような笑みを浮かべてくれた。

 その笑顔が、どことなく安心感を与えてくれる。


「あら、それなら私が一番偉いのではなくて?」

「へへ、冗談抜かせ」

「フフ……」


 私たちは意味もなく笑いあっていた。

 そういえば、こういう気兼ねのない会話ってなぜか久しぶりな気がする。

 この世界に来る前に、先輩とゲームの話をしたけど、それとも違う……なんというか、楽しいお喋りだった。


「ま、なんだ。頑張れよ」

「えぇ」


 アベルはそう言いながらポンと肩を叩いてくれた。

 私は無意識に頷きながら、再び火の番をする。


「あれ?」


 そして気が付く。


「私、励まされてた?」

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