第9話 命のチップ、それはたった数グラムの鉄

「……眠い」


 もう正直時間なんて考えてない。

 そもそも時計がないのだから正確な時間なんてわかりようもない。

 真っ暗だった空がうっすらと白んできたので、「あぁ、朝になったんだ」と理解できた。

 

 たまに動いたりもしたが、ずっと同じような姿勢が続いたせいで、体がバキバキ。腕周りなんて熱風のせいで赤くなってるし、確認できないけど顔も酷い事になっていそう。

 日焼けなんてまともにしたことがないだろうお嬢様の肌に、これはいささかキツイかもしれない。

 元の世界の私はそんなの気にしてなかった。海外への出張じゃ軽く日焼け止め使っていたけど、途中から面倒くさくなったし、スキンケアってのもまともにしたことがなかったし。


「……煙が、なくなった」


 石炭を投入して、恐らく二十時間が経過したと思う。その証拠にレンガのかまどからはもう煙が出てこなくなっていた。

 石炭の乾留、つまりコークスへの変換が完了したという事だ。


「どけなきゃ……」


 多分、恐らく、自信はないけど石炭は変質したはず。

 なので、あとはこのレンガを退けて、燃えカスの中からコークスを取り出して、次なる作業に入らないといけない……あぁでもちょっと眠たいかも。

 徹夜なんて慣れてるなんて自分に言い聞かせたは良いものの、思えばこの体は私ではなく、マヘリアという少女のものだ。

 体力はあったかもしれないが、冷静に考えれば私はこの体で王都から山まで走り続けていたんだっけ。それにかまどの熱を前にしていたせいで、思った以上に体力を消耗していたらしい。


「うおっとっと」


 立ち上がった瞬間、私は立ち眩みでバランスを崩しかけた。


「うー……脱水症状かしら」


 水分は取っていたはず。

 おじいちゃんたちが夜通し、交代しながら飲み物と夜食のなんだかよくわからない干し肉と固いパンを持ってきてくれたし。

 あれ、そういえばおじいちゃんたちの姿が見えない。いつ頃いなくなったんだろう。

 あぁでもそうか、お仕事あるし、ずっとはいないか。むしろ昨日が特別だったんだ。

 私は首を振って、無理やりでにも目を覚まさせようとした。ぐわんぐわんと視界が揺れるけど、まぁ慣れたものだ。

 

「これで、全部失敗してたら泣き寝入りどころじゃないわね。飛び降り自殺してやる」


 正直、私の運命ってこの燃えカスの中にあるか、ないかのコークスにかかっていると思うと泣けてくる。

 本当に涙が出てきた。灰や煙のせいに決まってる。涙が頬に染みて痛いし、目をこすると余計に痛くなってくる。

 そしてまた涙があふれてくる。


「うー……何やってんだろ、私」


 どうしてこんなことしてるんだろう。考えちゃいけないことだってわかってるけど、考えてしまう。

 なんで私だったんだろうと思う。私じゃなくて、先輩がなればよかったんだ。先輩は要領もいいし、人付き合いも下手じゃなかったし、私なんかより知識も経験もあるし、ゲームオタクだし、きっとこんな状況になった時の正解ルートを導きだしてるはず。

 私みたいに炭鉱にいるなんて馬鹿な真似はしてないと思う。


「やらないと……」


 何だろう、視界がぼやけてきた。

 あれ、体もふらつく。おかしいな、立てないぞ。足腰に力が入らない。

 あれあれ、腕も……あぁなんか体も重たくなってきた。

 次の瞬間には熱風のせいで生ぬるくなった地面の感触が顔に伝わる。

 私、横になってない? あぁ駄目、今ここで寝ちゃったら起きれない。私、まだやらないといけない事あるのに。


「コークスを、取り出して……炉に入れて……鉄鉱石を……溶かして……

えぇと……」


 それより、ここって鉄鉱石とか砂鉄とかあるのかしら。

 それすらも確認してなかった。私ってばやっぱり焦ってたのかしら。


「……あぁもう、それすらなかったらどこかで鉄バクテリアでも探して……」


 その為には立ち上がって作業を続けないといけないのだけど……あぁ、駄目。

 瞼が重たくなってきた。眠っちゃ駄目、駄目なのに……鉄を、作らなきゃいけないのに。


***


 それから、自分がどれだけ眠っていたのかはわからない。

 ガツッ、ガツッと何を砕く音で私は目を覚ました時、空は明るく、太陽は真上にあった。起きた瞬間、頭痛が走って思わずその場に蹲る。ついでにやけどが痛くて涙が出てきた。


「ッ~!」

「目ぇ覚めたか」


 アベルの声と共に私の首に濡れた布切れが置かれた。ひんやりとは程遠いけど、水分がじんわりと肌に染みていく感じが心地よかった。


「う、アベル?」


 濡れた布を顔に押し当てながら、汗と煤をふき取る。

 顔を上げると、アベルがいて、三人組のおじいちゃんが私をのぞき込んでいた。


「あ、私……! コークスは、鉄は!」


 そこで自分が気絶していた事を悟った私はまたもや飛び起きてしまう。

 そして頭痛で蹲る。駄目だ、これ、完全に脱水症状に熱中症だ。


「お嬢ちゃんや、大丈夫かい? あんた、倒れてたんだから大人しくしてないと」


 おじいちゃんの一人がそういって水を入れたコップを手渡してくれた。

 私は一口だけそれを飲むと、ぼんやりとした頭を何とかフル活動させて、状況を確認した。

 ガツッ、ガツッと何かを砕く音はまだ聞こえている。

 その音の方に目を向けると、結構な数の炭鉱夫がハンマーを使って赤黒い熱せられた物体を砕いていた。

 あれは……スラッグだ。製鉄の際に出てくる鉄のクズ、ノロともいわれるものだ。本来は熱せられて、ドロドロに溶けた物質なのだけど、今は冷えて固まっているようだ。

 でも、スラッグがあるってことは……。


「製鉄炉?」


 それはかなり簡易的な炉で、炭鉱夫たちが集まっては火をくべて、熱せられたスラッグを取り出し、水などで冷いしては砕いていた。


「ほらよ」


 ぼぅっとしていた私にアベルは小さな豆粒のようなものを差し出してきた。

 土や煤で汚れているが、それは、その色は間違いなく、鉄だった。

 直径一センチにも満たない、一見すればごみともいえるようなものだったが、間違いなくそれは鉄だった。


「鉄だ。品質も、まぁ悪くない。炉は適当に組んだ奴だからちょいとその関係で小さいのしかできんがな」

「あの、それって、私が作ったコークスを使ったって事ですか?」

「倒れてるお前をじいさんたちが見つけてな。んで、お前がうわごとのように言ってたから、まぁものは試しだってことでやってみたんだよ。小さいが、脆くない。鉄は、鉄だ」


 アベルはそう言いながら、私の頭をぽんぽんと軽くたたいた。


「俺の名はアベル・マッケンジー。こう見えて、元は錬金術師だ」


 アベルはコインをはじくようにして数グラムの鉄を私に投げてよこす


「お前さんの命のチップだ。認めるよ。ようこそ、お嬢さん。最底辺の墓場、炭鉱夫の世界に、な」

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