第7話 コークス作り~二十時間かけて~
ひとまずの生活の場として、私に与えられたのは元は倉庫として使われていた空き部屋だ。
最初に寝かされていた場所はいわゆる談話スペースというところらしく、本来なら炭鉱夫たちは日々の疲れを酒で癒す場所らしい。
なので、私の部屋として使う事は流石に無理なのだとか。
まぁ場所なんてどうでもいいのよ。
今、私に必要なのは結果と実績。その為に私は石炭をコークスに変えなきゃいけない。
これが、キツイし、時間がない。
なので私はあてがわれた部屋に一分といることもなく、外に出て作業を始めた。
「ゼロから全部用意しなきゃいけないってのがまず無茶な話だけど……」
この世界。大陸というべきか?
ここを仮に中世ヨーロッパと同等レベルだと仮定するならば、私がやろうとしているのはその数世紀後の技術だ。
しかし、コークスの利用は人類史においては古くから存在する。ヨーロッパが中世に入る前よりも過去の古代中国では既に実用されていたのだから、出来なくはないし、大がかりな機械技術も必要ない。
超大量生産するなら話も変わるけど、そんなものは到底無理な話なので、今は考えない事にする。
原始的な方法でも、数さえ揃えればいいだけの話。循環できるシステムが構築できれば後は産業革命よろしく人が勝手に続けていくわけだ。
その第一歩をしなきゃならないのだけど。
「んで、お嬢ちゃんよ。レンガは積んでやったが、こんなちいせぇ炭窯でいいのか?」
おじいちゃんな炭鉱夫が三人、私の手伝いをしてくれていた。
本来なら休憩時間のはずなのに、アベルの指示と、暇つぶし、興味本位という条件が重なって手伝ってくれるらしい。
「はい、大丈夫です。本当はもっと大きいのが良いですけど、わがまま言ってられないですから」
おじいちゃんたちに頼んだもの。それがコークスを作る為のかまどだ。小さなレンガのかまどを用意してもらったというわけ。
さすがに、私一人でレンガを敷き詰めてかまどを作るのはキツイ。
用意してもらったかまどはかなり小さく、正直この程度じゃ充分な数は得られないけど、それでも何とかなる。
ようはコークスを作ればいい。
作り方は言葉にすれば簡単なのだ。蒸し焼きにすればいいだけ。その為の設備を用意するのがひどく面倒くさくて、大変であることをのぞけばだけど。
「しかしなぁ、お嬢ちゃんよぉ。悪いことは言わねぇから、今の内にさっきの騎士に拾われた方がいいぜ?」
作業を終えて、水を飲みながらおじいちゃんの一人がつぶやくように言ってくる。
心配してくれているというよりは、とりあえず言葉を投げかけた程度の感じ。私に期待しているわけでも、馬鹿にしてるわけでもなく、ぼんやりと暇つぶしに見ているって具合なんだろう。
「嫌です。無理です。わけのわからない男の養子になるなんて絶対に御免です。娼婦も嫌。だったら山を掘ってる方がましです」
「わしらが言うのもなんだが、長生きはできねぇぜ、この仕事」
「知ってます」
「肺をやられる奴もいるからなぁ」
「知ってます。口と鼻を布で覆うぐらいしたら、少しはましになりますよ。あと水でうがいしてください。喉や口の中のごみがちょっとは洗い流せます。あと、手も洗ってください」
自分でも矢継ぎ早な口調だった。
というか、正直、私は自分の事に忙しいのだ。
かまどに分け与えられた石炭を投入、火種の木材や枯葉、もみ殻なんかを投入して、火打石も貸してもらえたので、それで頑張って火を熾し、燃え上がるのを待つ。
加熱が進むように送風機も作らないといけない。最悪、木の板でパタパタしてればいいんだけど、そんな労力がキツイ。
でも、私はあえて魔法には頼らなかった。今、私がやろうとしてることは魔法を使っちゃいけない。使わなくてもできるのだと証明しなければいけないからだ。
それに手で扇ぐのも魔法で風を起こすのもどっちも体力を使うのだから。
なので私はかまどを作ってもらう間に作ったのだ。
構造は簡単。木の板を二枚用意して、中央に切り込みを入れて十字に組む。その中央に別の木の棒を差し込んで固定。こうすることでコマのような形になり、手で棒をくるくる回せば風が起こるという、原始的なものだ。
これは簡易的なもので、実用性はかなり低い。でもあったら便利なものだ。
これを棒だけ貫通するように余ったレンガや石をドーム状で覆い、簡単な送風機の出来上がりといった感じだ。
正直、これだと空気が抜け出てイマイチなんだけど、仕方がない。
「にしても、お嬢ちゃん。手が綺麗なわりには器用だねぇ」
「んでも妙に危なっかしいがな」
「貴族様ってのは多趣味なんだよ」
おじいちゃんたちはまるで縁側に座ってお茶でも飲んでるような気楽さだが、こっちは必至なのよ!
一心不乱にかまどの前でお手製ふいごをくるくる。もうそれだけで重労働。
火で熱いし、地面は固いし。
でも石炭は燃焼を始めた。蒸し焼きにする関係上、極力酸素と触れ合わせてはいけない。この時、炉の中は数千度にまで達する。何かの拍子に爆発なんてしたら、おしまい。
怖いけど、こればかりは我慢だ。
一番の問題はこれをほぼ一日がかりで行わないといけないという事実だ。約二十時間。いや、こんな簡易的なものだともっとかかるかも。
連続で火を熾し続ける為には燃料も逐一投入する必要あるし。
でも、やんないと、生きていけない。
「しかし、よくもまぁ、こんなもの知ってるねぇ、お嬢ちゃん。これ、大昔のやり方だろう?」
「今この場でできる方法ってこれだけですから。そりゃあもっと設備が整えば簡単ですよ? でも、私には時間もお金もないんです」
何が何でも今はコークスを作らないといけない。
その為には私は必至なのだ。飛んでくる熱風にも我慢しなきゃいけない。
こんな原始的なことをしている見た目お嬢様はどうやら不気味に映るらしい。それが幸いしてか、変な男どもが寄ってこないのは都合がいい。
私が何をしているか理解してるのは今の所、おじいちゃんたちだけだ。
さぁ、二十時間の勝負よ。
大丈夫。私は三日の徹夜ができる女。
これぐらい、大丈夫。
自分の命の為だ。徹夜なんて、いくらでもできるわ。
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