第6話 試される、いすず
騎士たちは、驚くほどあっさりと帰っていった。
ご丁寧に私が投げた宝石を一つ残らず回収して、ついでと言わんばかりに切り取った金髪をもって炭鉱を後にしたのである。
結局のところ、彼らも真面目に捜索するつもりはなかったのかもしれない。今となってはそれで助かったと思うべきか。
何にせよ、変態貴族の下に行く事は、今の所はない。
ただ……私としてはここからが、正念場なのだ。
「自分の髪を切り落とすとかよ。いや、それ以上によくもまぁ王国の騎士団にあんな態度取れるな。どんな神経してんだよ」
「自分でも驚いてる……あぁ、凄い事言っちゃった」
アベルは口調はさておき、声音は優しかった。
むしろ、お疲れ様と言った感じに私の肩をポンポンと叩いてくれる。
それを受けて、私はどっと疲れが押し寄せてきた気分だった。少なくとも、私ってあそこまでアグレッシブに誰かと口論した事なかったかも。
でも、なんか気持ちよかったわぁ。大声出すのって必要ね、うん。
「フン、まぁかっこよかったんじゃないか?」
「そ、そう?」
「王国の騎士にあそこまでの啖呵を切れる奴は中々いねぇよ。おい、お前ら。この嬢ちゃんは俺たちの仲間になりてぇと言っている。さっきの糞度胸を見ただろう。お前らはどうだ?」
アベルはニッと子供のような笑みを浮かべると、強引に私の肩を抱き寄せて、集まっていた炭鉱夫たちに投げかけた。
ただ、私は私で思いきり男の人に抱きかかえられてちょっと、こう、混乱してる。ごつごつとした筋肉が肌に密着してて……あぁちょっと待って、私、そういう体験したことないからわかんない、どうしよう!
あれ? というかそもそも炭鉱にいるのって男しかいなくない? あれ、私、今までそんなこと考えてなかったというか、あれ、もしかして実は焦ってたのは私で?
次々と浮かび上がる、失策と考えの至らなさの数々。
いや、そもそも普通に考えてれば当たり前だ。どう考えても、ここにいる方が危ないじゃない!
「俺ぁ、別にどっちでも。度胸がありゃこの仕事は誰だってやれるだろうしな」
「俺もだ。使えないなら、知ったこっちゃねぇけどな」
「勝手にしろって感じだな。いつ逃げ出すのかが楽しみだけどよ」
いかにもガテン系って感じの炭鉱夫たちが次々に口を開ける。
なにやら勝手に話が進んでいくが、私を受け入れる事に関しては否定的な言葉は聞こえなかった。
大半は自己責任で後は自由にと言った感じだ。冷たいとは言わない。どっちにしろ、私はこの炭鉱じゃ余所者なのだ。
地道な信頼関係を築かないとけないのだが、今の私にはそんなことを考える余裕はなかった。
「つまり、テメェらは嬢ちゃんを仲間にする事には賛成ってことだな?」
アベルの言葉に大半の炭鉱夫はうなずいた。それ以外はどうでもいいと言った具合。
それを確認したアベルはうんうんと頷き、再び言葉をつないだ。
「俺はまだ賛成できねぇがな」
「は?」
出てきた言葉は意外過ぎるものだった。私だって思わず、大きな声を出す。
それはどうやら炭鉱夫たちも同じだったようで、首を傾げていた。
「あの、え? ちょっと待って、さっきまでの流れって認めてくれるって感じだったような」
「まぁ、お前さんが啖呵切ったのは素直にかっこいいと思ったがよ? それだけだろ。第一、お前、俺になんて言った?」
「なんて……えと、石炭で鉄を作るって話?」
「あぁ、それだ。なんだ、よくわかんねぇもん作って強い鉄が作れるって話だ。騎士連中がきてうやむやになってたが、説明だけじゃちんぷんかんぷんでよ。んだから、実践してみろや」
な、なんて男だ! あれだけ期待させておいてこの扱い!
「ちょっと待ってよ! やれってあなた、簡単に言うけど……!」
「どれだけ時間があればいい?」
私が食って掛かることなんてお見通しって感じでアベルは条件を聞いてくる。
「お前が言ってる事が、『製鉄』なのは俺もわかる。んで『製鉄』が時間かかるってのは当然知ってる。俺だってなにも、一時間、二時間で作れなんて言わねぇよ。だが、結果がねぇと俺たちはお前を信用出来ねぇ。わかんだろ?」
「う、む……」
正論すぎるわ。確かに私は、私の知識で可能だということを知っている。いくらでも説明できる。
だけど、この世界……コークスを利用した製鉄技法がまだ確立してない人々にいくら説明したところで、実践して、実物を見せない限りは何を言ったところでたわごとになる。
「鉄鉱石から鉄を作るのは時間と手間がかかるもんだ。俺はここでいまから鉄を作れ、なんて言えねぇよ。だが、使えるものを示して欲しいんだよ」
そんなことは、わかりきってた話だし、当然の帰結だ。
どうやら、私は思った以上に焦っていたようだ。説明すればできる。そんな風に考えていた。
でも、ものは考えようだ。アベルの言葉は一見、私を突き放しているように聞こえたが、実際はチャンスをくれている。
少なくとも私はそう解釈した。
「一日じゃ無理……せめて三日、いえ二日だけ頂戴。それなら、いいでしょ?」
「そんな短時間でいいのか?」
「やって見せなきゃ、駄目なんでしょ?」
「まぁそうだな。俺たちだって、遊びで石炭掘ってるわけじゃねぇ。儲けが、倍になるんなら、それに飛びつきたい。だが、夢物語を信じるほど、馬鹿じゃねぇのよ」
「わかった……じゃあ、見せてあげるわ」
もうここまで来たら腹をくくるしかないわ。
「私が、この石炭を、黒いダイヤにしてあげる。魔法? 錬金術? そんなものいらないわ。人はね、人の知識だけで、発展できるの。それを教えてあげるわ」
さぁ、ここからが勝負所だ。
もう私は後には引けない。でも正直、これがうまく行くかどうかなんて半々。
失敗したら私は今度こそ浮浪者になる。
そんなのは絶対に嫌。勢いでこんな事になったけど、それで後悔はしたくないもの。
そもそも、なんで私みたいなのがこんな目に合わないといけないのかしら。
考え出したらむしゃくしゃしてきた。私は今頃、研究室であの不思議な石の研究を続けていたはずなのに。
いいえ、駄目。今は余計なことを考えていちゃいけない。
何をどう思おうと勝手だけど、今は生き残る事を必死にしないといけない。
そして、それが現状で可能なのは、この炭鉱しか、ないのだから。
「ま、頑張んなよ。意地の見せどころだな」
ただ、この時のアベルの言葉は優しかったと思う。
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