第1話 破滅からの始まりなんて聞いてない

 所で、もし回避できない破滅が間近に迫ってきたら人はどうするだろうか。

 切実に教えてほしい。

 だって私、末野いすずは今まさにその状況だから。


「マヘリア、お前という女にはほとほと愛想が尽きた! 俺はお前との婚約を解消する!」

「は?」


 私は研究室で仮眠をしていたはずだったのに、ふと目が覚めると、そこは舞踏会だった。

 意味が分からない。

 まるで風邪のひき始めみたいにぼんやりとした頭を押さえ、唖然とする私をよそに目の前の金髪のイケメン王子は唾をまき散らしながら会場で高らかに宣言した。


「な、なに? 何が起きた?」


 私は自分の身に起きた状況を理解するのにたっぷりと五秒もかかった。

 確かに研究室にいたはずなのに、目が覚めると私は、私じゃなくなっていた。

 そして目の前にはブチ切れのイケメン王子。


(この人、どっかで見たような……確か……ガーフィールド王子……そばにいるのはグレース・リリース……)


 目の前の外国人に見覚えなんてないはずなのに、私はこの二人を知っている。その記憶を持っているのだ。

 金髪イケメンの名はガーフィールド。通称ガーディー。ザルバトーレ王国の王子だ。

 そんな彼のそばには栗毛色の長い髪を持った少女グレースが寄り添い、私を申し訳なさそうな目で見つめていた。


(この場面、おぼろげに記憶にあるわね……)


 なぜだか嫌な汗が流れ、同時に私は理解した。

 これ、ラピラピの二章で起きるイベントシーンだったはずだ。

 二章の敵役、それは主人公を気にくわないという理由でいじめていた公爵家の令嬢。二章ラストではその令嬢のいじめを乗り越えると言うストーリー展開だったはずだ。そこまではやっていたので覚えているのだ。

 そして、間違いない。私はその敵役、公爵家令嬢のマヘリア・ダンスタンド・キリオネーレになっているんだ。


(うっそでしょ、このタイミングで?)


 長い金髪をツインテールにまとめた、ツリ目の似合う十五歳の女の子マヘリア。

 これから没落の一途を辿る女の子マヘリア。それが今の私。

 通常……通常って言っていいのかしら。

 先輩が好んで読んでた小説になんかこういう展開があったわね。悪役令嬢っていえばいいのかしら。それになったから、破滅から逃れようとあたふたする小説がたくさんあった気がする。

 でも、それが、なんで、私に。


「えぇい、なぜ僕は君のような女を婚約者として認めていたんだ!」


 色々と混乱する私の事なんか知らないのはいいけど、さっきから王子様がうるさい。


「言い訳は聞かん! 消えろ!」


 はい、めっちゃ消えたいです。

 というか夢なら覚めてください。お願いします。

 そうでないと、もっと悲惨な展開が私を待っているんです。

 なぜって、婚約解消後のマヘリアの末路は酷いものだ。雑と言ってもいい。


 彼女、というか私はこの後、婚約解消だけに留まらず、父親の不正がばれ、公爵家の地位を取り上げられ、国外追放の身だ。

 その時点でもう全うな人生は歩めないのだが、それだけじゃない。

 マヘリアの地獄はそれこそが始まりに過ぎない。

 なぜならマヘリアは不正がばれた両親が逃亡する為の資金として、売り飛ばされてしまうのだから。

 正直、これはプレイしていた私が一番首をひねった場所だ。売るってどうなんだろう、普通、修道院とか行かないのかしら。


「あれ? これ、つんでない?」

「意味の分からんことを! 誰か、この女をつまみ出せ!」


 私は衛兵たちに首根っこをつかまれるような形でパーティー会場から姿を消し、無造作に外へと放り出された。

 仮に、元はといえご令嬢をそんな粗末に扱っていいものなのか……程度がしれるってもんだけど、それを言い返す暇もない。


「えぇと……どうしよう?」


 と、とにかく家に帰るべき?

 私には落ち着く時間が必要だ。


「なぜこんなことに……夢なら早く覚めてぇ……」


 だって、自分の身にこんなことが起こるなんて思ってもみなかったんだもの!

 どうしていけばいいのかだってわかんないわよ! というか破滅まっしぐらすぎてどうにもできないわよ!


「マヘリアお嬢様、馬車のご用意を致しますので……」


 一人、外で悶々と悩み続ける私にどう接していいのかわからない様子で、使用人がやってくる。


「そう……」


 やる気のない返事で応対しつつ、馬車を待つ。

 そもそもの話として、私はこの『ラピラピ』はまじめにはプレイしていない。

 というかマヘリア自体、確か二章ぐらいの序盤で消えるどーでもいいキャラだったはず。


 これでも元は王子の婚約者だったのにどーでもいいってどうよと思いたくもなるけど、マヘリアがその後のストーリーに絡んでくることはまずない、はず。先輩がそんなようなことを言っていたと思う。

 主人公のグレースもこの時点ではまだ王子の新しい婚約者ではなく、他の攻略キャラとのイベントも待っているらしいのだけど、そこから先は知らない。


(今更だけど、悪役令嬢が序盤で退場って結構珍しいわね……)


 ちょっとは真新しい展開だったかなぁぐらいの感想は覚えてる。

 このゲーム、各章ごとにお邪魔キャラが設定されていて、そいつの悪事などを暴くことでストーリーが進んでいくタイプだ。

 お邪魔キャラはマヘリアのようなご令嬢もいれば悪徳領主もいたり、詐欺師もいたような記憶もある。中には攻略キャラの両親とか、とにかく主人公はいくつもの苦難を乗り越えるという展開だ。

 この中でマヘリアはいうなれば序盤の中ボスだ。

 公爵家の令嬢なのに。


(扱い、悪いなぁ)


 一応このゲームの相関図ぐらいは頭に入ってる。公式HPにちょろっと乗ってる程度のものなので、その後の詳しい話は知らない。

 ただ、マヘリアというキャラが売られたという事実は覚えている。

 問題なのは、彼女がどこに売られたのかだ。


(えぇと、どこだっけ。確か、悪い噂がある貴族の所にだっけ)


 この辺り、結構適当というか文章でさっと流される程度だったのよね。

 良い噂を聞かない悪徳領主の下に売られていったとかその程度。その悪徳領主がHPを見る限りでは別の章のお邪魔キャラだったような記憶はあるけど、名前すら覚えてない。


(と、言っても女が売られる理由って一つよね……)


 なんとなく想像する。これからマヘリアはご令嬢ではなく、そこらの平民より立場が低いものとなる。地位が取り上げられるからね。

 そんな子が貴族の下に売られてやることと言えば……鳥肌が立った。

 い、嫌だ。さすがにそれは鳥肌が立つ。

 このゲームは一応R15指定程度で直接描写はないけど、どう考えたって『そういうこと』の為に売られるんじゃないかぁ!


(わ、私だって一応女なんだからそんなのは絶対にいやぁぁぁぁ!)


 何とかしてここから逃げ出すか?

 でも、逃げた所で私、居場所ってあるのかしら?

 そもそもここ、ゲームの世界で、魔法があるとはいえ、慣れ親しんだ現代科学満載の世界じゃないのよね?

 どうやって生きてけばいいのだ?

 確かに私はアラサーで大人だけど、何の後ろ盾も経済的基盤もないのに生活なんてできやしないわよ!


「でも、売られるよりは……」


 どっちにしても家に帰っても運命は変わらない。売られておしまい。

 そして、今のマヘリアをかばうものはいない。あと数時間後には父親の不正も暴かれて没落する。

 どっちに進んでもまともな道はない。

 ならば、私がとるべき行動は一つだ。


「だったら、逃げるが勝ち!」


 その瞬間、私は使用人たちが戻ってくるよりも前に、その場から駆け出していた。

 周りが何事かと驚いてみてくるが気にしてはいられない。

 とにかくその場から逃げる。もうこれしかないのだ。

 一寸先は闇が広がっていて、なんか今の自分の状況みたいで気が滅入るけど、私は走り出した。


「売られてたまるかぁぁぁぁ!」


 私は自分自身の尊厳の為、そして何より乙女の為に脇目も振らずに走り出した。

 その時、私は無意識にも山の見える方角へと向かっていた。

 それはサルバトーレ王国の首都からのぞく巨大な山だった。

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