第2話 そこは底辺の墓場
逃げ出した先に、幸せなんてあるのだろうか?
なんてちょっとポエミーなことを思ってはみたものの、全然楽しくない。
脇目も振らずに王都から逃げること三時間。王都を抜けてすぐは人の目もあったのだけど、村を抜ける頃には森が広がっていく。
その森の先には大きな山が見えていた。
「不思議と動物の気配もないわね……それに人の手が入ってる……開発とかしてるのかしら」
そのまま森へと突っ切る私。
仕事の関係でこの手の道を進むのは慣れているのだ。
「山道歩き慣れててよかったわ……」
研究員もフィールドワークに出る以上、最低限の体力は必要になってくるってわけだ。
「古い道だけど、獣道じゃない……何か月か前にここを大勢の人間が通ってるわね」
私が無意識に足を踏み入れた森は結構開けていて、なおかつ荒っぽいが多少道として舗装されていた。
ということはここは人の出入りのある場所ということ。
と、なればここを辿れば人なり、小屋なりはあるはずだ。
「に、しても……」
歩き続けて気が付いたことがある。
それは、マヘリアの身体能力だ。
「お嬢様って、意外と体力ある……」
飛んだり跳ねたりするわけじゃないけど、小休憩をはさみつつ三時間歩いてもまだ何とか頑張れる。
私にはマヘリアの記憶がある。彼女が体験してきた記憶が当然のように思い出せるのだ。
マヘリアの記憶を辿れば公爵家令嬢として朝から晩までお稽古事に明け暮れてはレディになる為の教育を受けていたせいなんだろう。
バレエもするし、乗馬もさせられるし、魔法の練習も当然、社交ダンスのレッスンもある。
もうこんだけしてればそこらへんの女の子よりはがぜん体力はあるということだ。
「夜通しのパーティして、ご飯食べて、ダンスして、殿方と逢引するんだから、この程度の体力は当然ってわけ?」
下手すると前世の私よりも体力あるんじゃないかしら。
「とは言っても、こんな体力はあっても、家もなくなって、頼れる人もいなくて、お金もなくて……これじゃ放浪者……勢いで逃げ出したけど、目的があるわけでもないし……」
今の私の姿は高価な宝石が埋め込まれたネックレスとブローチ、指輪もある。そして何より派手な装飾を施されたドレス、そして長いツインテールの金髪だ。
放浪者にしては豪華な身なりだけど、どうせ使わなくなるものだ。
適当に売ってしまうのもいいかもしれない。
「とにかく、野宿は流石に嫌だわ。寝袋だってもってないのに」
フィールドワークで歩くのは慣れてるけど、サバイバルができるわけじゃないのよ、私。
そんな知識もないし。さすがにテントがなきゃ外で寝るなんて御免だわ。
なんでもいいから雨風しのげる小屋でも探さないと。
どうやら、今の季節は春のあたりらしくて、ほんのり肌寒い。これ以上冷え込むことはないだろうけど、何より野生動物も怖い。
「変な奴とか追っかけてきてないわよね?」
勢いついでに、私は警戒心も薄くなっていたようで、今更野盗のことを警戒し始めていた。
「それより、この世界、確かモンスターとかいたわね……」
そのついでに、『ラピラピ』は一応、剣と魔法のファンタジー世界だ。
基本は恋愛ゲームなのでモンスターがいてもそれは殆どペットとかその程度のものだけど、モンスターに違いはない。
野生のモンスターとか怖すぎるわ。
本当、勢いで行動するのはダメね。もう遅いけど。
「なんでもいいから、ゆっくりと休める場所見つからないかなぁ」
自分の置かれた状況を整理する為に一人、こうやってゲームの設定を思い出すのも飽きてきた。
もとより、そこまでやりこんでいたわけでもないゲームだし。
それにいくら体力があるからって、さすがに疲れてきた。足が棒みたいになってきてるし、このまま立ち止まるともう一歩も動けなくなってしまうかも。
森はすでに山へと変化していたけど、どこを見ても木ばかり。
なんて思っていた矢先だ。
ガラガラと何かが崩れていく音が聞こえた。
「これって……!」
それはすぐに収まったけど、私は確信した。近くに、人の集まる場所があると。
「怖い人たちがいるかもしれないけど……!」
今はとにかく、他人という存在を見つけたかった。
***
「う、これは……」
それからガムシャラに走った私。
息も上がりきって、そろそろ足の感覚もなくなってきそうなぐらい疲れたけど、何とか音の場所までたどり着いた。
すると、そこに広がっていたのは数キロ以上の巨大な穴だった。
穴が山をえぐるように存在しているのだ。その穴の内側でたくさんの男たちが工具を手に、延々と山を削っている。
「露天掘り?」
その光景を私は知っている。
これは露天掘りと言われる鉱石の採掘方法の一つだ。渦を描くようにして山を削り、地下へと掘り進めるものだ。大体、円形の競技場のような形と思ってくれればいい。これは別名、階段式とも呼ばれる手法だ。
露天掘りは鉱物資源が浅く地表に近い場合によく用いられる採掘方法なのだ。私たちがテレビなんかで見る山の中を掘り進める手法は坑内掘りと呼ばれるものなんだけど、今は置いとく。
露天掘りの一部を見下ろすと、採掘された鉱物資源を運んでいる荷車が崩れ落ちていったらしいのが見えた。幸い、大きな事故ではないようだけど
そして、それを怒鳴りつける男たちの声も響いてくる。
荒々しい光景だ。
「ここ、炭鉱だったんだ……」
怒鳴り声とは別にカツーン、カツーンと掘削の音も響いてくる。
運び出されている鉱石は、夜の闇の中でも真っ黒に見える。あれは恐らく石炭に違いない。
別名、黒いダイヤとも呼ばれた燃料となる鉱石。
人類社会の発展に大きく貢献した重要な資源だ。
「炭鉱……つまり、鉱石……」
私はふらふらと炭鉱に近づいていた。
人がいる。なにより、あそこには私の大好きな鉱石がある。
そう思った瞬間、私は歩き出していた。
「おい、お前」
「へ?」
そして、背後から呼び止められた。
振り向く私。
そこには皮の鎧を身に着けながらも、剣ではなくツルハシやシャベルを手にした男たちがいた。
全員、砂や煤で顔を黒くしていて、無精ひげを蓄えている。
どうみても炭鉱労働者だった。
「ここで何をしてる」
リーダーと思われる男は意外と若い。まだ二十代半ばといったところか。白髪、っぽくみえるのは月の光が反射しているせいだろうか。およそ、炭鉱労働者には見えないけど、それでもどことなくがっちりとしていた。
しかもひげがうっすらと生えていて、しかも野獣のように鋭い眼光で私をにらみつけていた。
「え、えぇと……」
その威圧感に私は思わずたじろぐが、なんとかこらえる。
せっかく逃げ出して、そして人と会ったのだ。
なにより寝床が欲しい。
「あの、私……」
「どこの娼館から逃げてきたのか知らんが、さっさと帰んな。娼婦は間に合ってんだよ」
「いや、あの私、娼婦じゃなくて……」
と、説明をしようとした矢先だった。
「お、とと?」
ぐわん、と私の視界がぶれる。
頭が重たくなって、身体も支えられない。
そして……。
「お、おい、大丈夫か!」
その声を最後に私は気を失ったのでした。
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