【書籍化】鉱石令嬢~没落した悪役令嬢が炭鉱で一山当てるまでのお話~

甘味亭太丸

一章 転生、転落、成り上がり

プロローグ 石のような女

 自分が鉱業に進んだのは誰の影響なのだろうか。


 曾祖父や祖父が炭鉱労働者だったからだろうか。一番影響を受けるであろう父は普通のサラリーマンになっていたけど。

 それとも小さい頃から綺麗な形の石を見つけては喜んで集めていたからだろうか。中学の頃にパワーストーンが流行った時は無駄に買ったりもした。


 そういうわけで、私は石が好きなんだと思う。固くて、無機質の塊だけど、石というものにはいろんな表情があった。角ばっているものから丸みを帯びたもの。高校に上がる頃には、知識も増えて、そこからさらにのめりこめば石にも様々あることを知っていった。


 いわゆる鉱物資源と呼ばれるものを理解したのもその頃だった。見た目ただの固いだけの岩石の中にはいろんなものがあった。

 きらびやかな金銀銅も石の中に含まれる物質だし、宝石だって言ってしまえば石だ。

 まぁ希少性とか構成元素が違うから厳密には違ってくるだろうけど、私からしてみれば石というくくりの中にあるものだった。


 とにかく、石は凄いってことだ。私たちの暮らしを支える鉄も元をただせば鉄鉱石だし、古くは生物は石の斧や槍を手にして狩りを行ってきたことを考えれば、石というものは偉大だ。

 気が付けば大学はその手の専門研究を行っているところへ、会社も当然鉱業開発を行う場所だ。


 鉱業系の会社は意外とエリート揃いだった。そこに入社するのもなかなか難しいし、苦労はした。まさか石の事を勉強するだけで地質学はもちろん苦手で仕方なかった数学、ひいては人類学にまで発展するとは私だって思わなかった。

 今の所の後悔はない。数学は今でも苦手だけど、世の中には計算ソフトという強い味方もある。

 人類の発展、万歳。


 さて、鉱業というと多くの人は『山を掘る』だとか『石を加工』だとか思うだろう。それは間違いじゃないし、基本的によそ様が見る業務内容はそんなところだろう。

 だけど実際はもっと他の事だってするのだ。私は現地調査という形で鉱山に赴くことがある。地質調査ともなれば日本各地、それこそ提携する海外企業が所有する山にまで行く。ちょっとした旅行気分も味わえるが、ゆっくりとできるわけもなく、大半は山にこもるか、研究室にこもって採掘した地質が果たして発掘に値するかどうかを延々と調べるものだ。


 これが中々に地味で時間のかかるものだ。いわゆる鉱山を開発するかどうかは長くても十年以上は調査するものだし、実際に開発を行うとすれば三十年、世界に目を向ければ百年以上も掘り進めている場所だってある。

 しかし、鉱山はいたるところに点在しているわけじゃない。そもそも鉱物資源=地面、山の中という認識は間違ってるのだ。そこらへんの山を発掘すればすぐさま資源になるわけじゃない。地面を掘れば石油が出ると勘違いしてるようなものだ。


 もっといえば山を切り崩すってことは、大部分は自然破壊だ。環境破壊だ。そんなことをして怒るのは誰かといえば山の近くに住む住民だ。事実、山を切り開くことで地滑りが発生したり、環境汚染が進むケースは多い。

 もちろん近年ではそういう風なことをしないような技術発展もあるし、それをもとに住民たちを説得したり、協力を取り付けることだってする。これがまた苦労する。私の仕事じゃないけど。


 特に海外は恐ろしい。金や宝石の鉱脈を見つけたらそれを狙って山賊じみた連中が武装してやってくる事だってあるのだとか。当然、現地人のボディーガードを雇ったりもするようで、何かと怖いものである。

 それにこれも私の専門じゃないが、山の開発は資源開発だけど、経済的な流れにも大きく左右されるから、採算が合わなくなると驚くほどあっさりと開発を中止、そして自然が回復するまで待って別の用途を考えるのだとか。

 この辺り、結構さばさばしているのだ。


 まぁ、私にはあんまり関係のないことだ。私としては石に関われればそれでいいのだ。だから徹夜続きで鉱山から送られてくる地質調査の依頼も別に苦じゃなかった。

 ただまぁそうは思わない人もいるわけで。

 特に私の隣の人はもう限界のようだった。


「あー、疲れたなぁ。研究室にこもって石ばーっか見てるのきついんだけど」


 一年先輩で私と同じ女研究員。

 先輩はPCで調査報告書を打ち込んでいたらしいが、突然声を上げてデスクに突っ伏した。


「あんたよーそんなにウキウキしながらできるわねぇ」


 私は顕微鏡で石の細かな状態を確認していたところだ。


「そりゃあ、石は好きですから。それにこれ、面白いですよ。スターサファイアなのは間違いないですけど、こんな幾何学的な模様は初めてですよ」


 私が調べているのは追加調査で送られてきたサファイアだった。それもブルーサファイアの中でも珍しいブルースターと呼ばれるもの。これは名前の通り、加工すると宝石の表面に六条から十二条の星型の光沢が入るものなのだ。

 しかし、私が見ているそれには星型の光沢ではなく、どことなく鳥の翼のような光沢が広がっていた。


「多分、これ、結構な歴史的遺物になりますね。自然界じゃちょっとあり得ないですよ」


 私は少し興奮気味だったと思う。

 送られてきたときから何となく不思議な魅力を感じていたのだ。このブルーサファイア、採掘された時点ですでに加工されたような、丸みを帯びた状態だったらしく、さすがに珍しいということで一応の調査ということでうちの研究室に回ってきたものだ。


「あたしにはわかんないよ、あんたの趣味……あー、もう嫌だ。石もみたくないしパソコン打ち込むのも嫌だ! 嫌だからゲームする!」


 しかし、先輩はそこらへんのロマンはよく分からないらしい。

 突っ伏してた先輩は、今度は勢いよく上半身を起こすとスマホを取り出してはポチポチと操作を始める。


「先輩、一応、今は業務中ですよ」

「いいんじゃわい! こちとら徹夜組やっちゅーの!」


 こっちの注意なんて聞かずに先輩はアプリのゲームをやり始める。

 まぁ仕事の殆どは終わってるし、私がどうこう言う必要もないのだけど。


「そーいや、その石。ラピラピに出てくる魔石にそっくりよねぇ」


 ポチポチとスマホゲームを操作する先輩がふと呟く。


「……そうですか?」

「んーそんな気がしただけ。あ、それよりさぁ、あんたラピラピで誰選んだの? もうそろそろ一週目クリアできるっしょ?」


 先輩はまた話題を振ってきた。


「飽きました」


 私は興味がないのでばっさりと答える。


「はやっ! あんたさ、私が言うのもなんだけどもうちょっと他の趣味見つけたがいいわよぉ?」

「いいんです。私、この仕事が趣味なところありますから。それに、あのゲーム、ちょっと主人公がお花畑すぎますよ」

「いいじゃん、乙女ゲームなんだから」


 先輩は、いわゆるオタク系女子だ。他からみると私もそう映るらしいが、あいにくとゲームもアニメもほどほどである。絶対に見ないわけじゃないが、好んで買いあさるほどじゃない。

 なのに、先輩は要領がいいのか、仕事をしながらいわゆるオタク活動にも精を出していた。夏が近づくといつもしんどそうにしているのはその為だろう。

 そして、先輩の言うゲームはスマホのアプリゲームだ。えぇとタイトルはなんだったかな。ラピラピってのは略称だったはず。


「ラピラピは面白いってあんたも言ってたじゃんか」


 あぁ、思い出した。タイトルは『金色の瞳のラピスラズリ』だ。ラピスラズリが金色ってなんだって思ったけど。ラピスラズリは基本的に青、たまに黄鉄鉱という鉱物が混ざって薄く金色に光る事はあるけど。ちなみに黄鉄鉱は硫酸の原料。


「進めていくうちにつまんなくなりました。というか、王子様に粉かけられたのに他の男になびくのって馬鹿じゃないですか、この子」


 この略称ラピラピと呼ばれるゲームはいわゆる乙女ゲーム。

 ストーリーはものすごく単純で平民出身だったヒロインが実は没落していた貴族の娘で、なぜか王子様に目を掛けられて御家復興のため貴族の学校に通う事になり、そこで家の復興を目指しながら五人の攻略キャラから好みの男を選んでイベントを開放していくもの。


 先輩にほぼ無理矢理薦められたので仕方なく、暇を見つけてはやっていたのだ。ノベルタイプなので殆ど読むだけ。たまにキャラクターを操作して、決められたエリア内を移動して、お気に入りのキャラを見つけて、そこで選択肢があって、交流を深め、各章ごとのお邪魔キャラの妨害を乗り越えていくものだ。

 それ以外にもふれあいモードなるものがあって、お気に入りのキャラをタップして反応見るとか見ないとか。

 全七章で、私はそのうちの二章しかやってない。なんでって飽きたし、仕事の合間にやるようなもんじゃないからだし。


 あぁ、そういえば、私が観察してる石。さっき先輩が言っていた召喚石に確かに似てる。

 このラピラピ、ガチャというものがあって、それでキャラクターの衣装とかが引けるとか言っていたっけ?

 ふれあいモード限定で、水着がーとかクリスマスがーとかよく先輩が唸ってたのを覚えている。


「はぁ、いすずちゃんさぁ、もっとこう、柔らかく生きていこうよ? がちがちに研究員でございって寂しいよ?」

「そうですか? 私、結構満足してますよ」


 そんなこんな三十になってしまったわけだけど。

 実家の両親は早く結婚しろってうるさいんだけどね。


「まぁ、いすずちゃんがそれでいいなら、私からは別にって感じだけど。それじゃ、私、寮に帰るから。いすずちゃんも詰めすぎないでねぇ」


 そういいながら先輩はテキパキと荷物を片付けながら研究室を後にしていく。

 残ったのは私だけだ。ちらりと時計を見る。時刻は夜の八時を回っていた。


「……少し、眠いかな」


 さすがに徹夜三日目ともなると眠い。

 いや、仮眠は取っていたのだけど、ここ数日は調査、報告書、追加の繰り返しだったから。


「ちょっと休憩かしら」


 意識するとどっと疲れが押し寄せてくるものだ。

 私は少しだけ体を伸ばして、なんとなく目を瞑って、休憩に入ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る