第12話 出て行って下さい

 彼女は私を突然ドンッと突き飛ばした。

 私は一瞬で頭に血がのぼっていた。いくら婚約者だからってこんな事していい理由になる?

 立ち上がって平手で反撃しようと思ったけどやめた。


「出て行って下さい!」

 田園千景はそう言って私の肩を両手で掴んだが私は振り払った。

「私は出て行かないわよ」

「えっ?」

 私が反論したことに田園千景は驚いていた。

「私を守るために近藤係長は刺されてしまったんだから。私は目が覚めるまでここを離れない」

 私がそう言うと田園千景はふたたび憤慨した顔つきになって病室を出て行った。


 私は一晩を病院で明かした。





来美くるみ

 その声で目覚めると翼が目を開け笑顔で私を見ていた。

「翼! ごめんね」

「なんで来美が謝るんだ。それよりお前は無事か? …うっ」

 翼が病院のベッドで半身を起こすと彼は傷が痛んで顔をしかめた。

「大丈夫?」

 翼が私を引き寄せて胸に抱いて安堵のため息をついた。

「ひどい目にあったな」

 怖かった。

 怖かったよ。

「翼が死ぬんじゃないかって…私」

 いつの間にか泣きじゃくる私の頭を撫でながら翼がはあっと深くため息をついた。

「あなたの婚約者が来たわ」

「そうか」

「そうかって」

「もともとそんなに乗る気がなかった結婚の話なんだ。俺はずっと恋人がいなかったから。もう良いかなって承諾しただけ」

「えっ? あんなにモテるのに」

「正直モテたって好きになれる相手がいないんじゃ虚しいだけだ。…でさ」

 翼は傷が痛むだろうに私をぎゅうっと抱きしめてくれた。

「やっと出会えたんだよ。君に」

 そして翼は耳元で私に囁いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る