第6話 耳元で

 耳元で囁かれる愛の言葉と熱い吐息にゾクリとした心地よさを感じる。


「愛してるよ」

 ならばなぜあなたは婚約者と別れてはくれないのだろう。

 ふうっ…。

 ひとつ切なげに翼の胸でため息をついたならば、すかさず更に抱きしめられて裸同士の肌が触れ合うとそのぬくもりに喘ぎ声が出る。

「感じるのか?」

「んっ…」

「答えてみろよ」

 意地悪く笑う翼の顔は明らかに愉しんでいて会社の係長じょうし表情かおではなかった。


「答えないともっと色々しちまうぞ?」

 それはそれで良いわとどんどん自分の中の女性のなにかが悦んでいる。

 私は今までのどんな恋愛とも違う深い愛のわしにのめり込んでいった。


 彼は上手い、のだ。


 さすが人たらしだと思った。


 女心の扱いもベッドでのテクニックも。


 この人と離れられるのか?


 なぜ知ってしまったんだろう。

 体の隅々まで愛される悦びを感じて知ってしまった。

 刻まれる特別な時間。


 こんな心地の良い愛撫の時間がいずれはなくなってしまうなんて。


 私は翼に抱かれる胸のなかで力強い男らしい腕に体を絡めとられながら、一粒だけ涙を流した。


 翼にはきっと分からなかっただろう。


 私が泣いているなんて気づいていないはずだ。

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