人類の一人暮らし

かも

旅立ち


「明日には、もう宇宙か……」


 夕日が射し込む部屋で独り黄昏れながら、明日の事を口にする。

 僕の名前は青空旭アオゾラ アサヒ。今年大学を卒業して、進路を宇宙へと決めた。

 これだけ聞くと格好良く聞こえるが、別に特別な事なんかじゃない。なにせ、この宇宙船に乗る資格は。強いて言うなら、新天地に旅立つ勇気ぐらいだろうか? 


 二十二世紀。人類は繁栄を極め、ついに宇宙への進出を図る事にした。まあなんというか、人類には地球は狭過ぎたのだ。どんどん住む所は足らなくなり、資源は枯渇し、未知の発見も少なくなった。


 ──だから人類は地球を旅立ち、一人暮らしをはじめる事にした。


 お偉い学者様、そして世界中の富豪と政府が強力して、全人類を乗せられる最新鋭の宇宙船を開発。今の人類なら、これぐらい朝飯前だ。

 それから世界中で募集がかけられた。「未知の世界に旅立つ勇気ある乗組員を募集中! 国籍、年齢、性別は問いません。特別な資格も要りません。さあ、貴方も宇宙での新生活をはじめましょう!」確かこんなキャッチフレーズだった筈。まるで田舎から東京へ上京するみたいなフレーズだ。こんな軽いノリで宇宙に旅立てると昔の人が知れば、何と思うのだろうか。

 応募者の比率は、若者が比較的多かったらしい。まぁ、宇宙での生活には夢やロマンがある。若者はいつだって、新しい刺激に飢えているのだ。まだ見ぬ景色や体験、そして出会い……だったり。そして僕も、そんな軽いノリで宇宙へ行ってしまう夢見る若者の一人だった。


 ──プルルル、プルルル、プルルル


 スマホがなった。相手はわかっている。今時スマホ何てを使うのは、彼女以外ありえない。着信画面を見てみると、そこにはやはり夜川茜ヨルカワ アカネと表示されていた。


 今の人類のコミュニケーションツールには、スマホは使われない。使われるのは、脳に埋めてあるマイクロチップ。これなら“思う”だけで、世界と繋がる事ができる。しかし彼女は、何故かそれを使いたがらない。だから仕方なく、僕もこの化石を所持しているという訳だ。スマホを操作し、電話に出る。


「はい、もしもし」

「もしもし、今大丈夫?」

「うん。丁度荷造りも終わって暇してたとこ」

「そっか。あのさ、今から会える?」

「いいよ。どこで待ち合わせする?」

「……じゃあいつもの公園で」

「わかった。今から向かうよ」

「うん。それじゃあ後で」


 電話の相手、夜川 茜は僕の彼女だ。幼なじみで、六年前から付き合っている。

 茜は不思議な子で、流行という物を余り意識しない。自分が認めた物しか身に着けず、使わない。自分という絶対基準に従って、誰に何と言われようと“変わらずに生きている”。それはとても厳格で……でも誰よりも自由な生き方。

 僕は……彼女のそんな所に憧れ、惹かれたのだ。だから茜に告白して、OKを貰って付き合った。……僕は茜が好きだ。今も、多分これからもずっと。


 でも彼女は──地球に『残る組』だった。


 地元の町工場に就職するらしい。確か“紙”を作っている工場だった筈。今時“紙”は、本を作る時にしか使われないような前時代的な代物だ。しかも今では本も電子書籍が主流というか、それが殆ど。“紙”の本を読んでいる人間なんて、余程の物好きだけだ。しかし彼女は、制紙工場に就職して地球で暮らすと言う。

 初め聞いた時は、彼女らしいと思った。そしてその後に、どうしよもなく悲しくなって、、、ほんの少し泣いた。

 

 宇宙船が開発されて、人類の約半数が宇宙へ行く事を“決心”した。しかし残り半分の人達は、地球に残る事を“決意”した。彼等は母なる星で暮らし、そして緩やかに死ぬ事を選んだのだ。そして茜も、そんな彼等の一人。

 

 家から外に出て、公園へと向かう。この見慣れた景色とも、もうすぐお別れだ。そう思うと、この何でもない景色さえ愛おしく感じる。


「そういえば、こんな所もあったな」

 

 見つけたのは、小学校の登下校時によく使っていた抜け道だった。大きな壁に空いた小さな穴。そこを通ると森に入り、そこから小学校まで直進できる。危ないから使っちゃダメと親には言われていたが、そのドキドキ感と便利さから、ついつい使っていたっけ。……もちろん、茜も一緒に。


「ああ、本当に懐かしい」


 しかし今の僕には小さすぎて、もう通る事ができない抜け道。それが少し寂しくて……悲しかった。

 だから僕はその抜け道に「自分はもう大人になったよ」と、心の中で別れを告げた。

 

 公園に着く頃には、もう日は落ちきり、辺りは暗くなっていた。そしてそこには、見慣れた古い自転車と一緒に、彼女がいた。整った容姿に、腰まで伸びた長い黒髪。そして確かな強い瞳が特徴の、夜川 茜。……僕の彼女。


「ごめん、お待たせ」

「別にいいわよ。私待つの好きだし」

「相変わらず、その自転車なんだね」

「まあね。愛着あるし」

「そっか……」

「うん」

「そういえば、久しぶりにあの抜け道を見たよ」

「抜け道?」

「そう。覚えてない? 小学校の頃、遅刻しそうな時とかよく使ってた……」

「ああ、あれ。……懐かしいわね」

「うん、本当に懐かしい」

「………………明日から、宇宙だっけ」

「うん」

「忘れ物とかしないでよ」

「しないよ。もう子供じゃないんだから」

「どうだか。旭は抜けてる所あるし」

「だ、大丈夫! 準備は万端だから。もう何時でも宇宙へ行けるよ!」

「………………そっか。じゃあもう、心配はいらないわね」


 ──その言葉が、何故だか胸を貫いた。まるでそれが、別れの挨拶のような気がしたから。


「…………茜!!」

「何?」

「やっぱり、一緒に宇宙へ行こうよ!」

「……旭」

「離れ離れは……やっぱり嫌だ。茜がこの星を大好きなのは知ってる。でも……僕は……!」

「────ねぇ旭。旭は何で、宇宙に行きたいの?」

「それは……」

「そういえば、聞いた事なかったよね」

「僕は……“未来”が見たいんだ。人類は、何処まで進むのか。この星を飛び出してまで、進化し続ける人類。その可能性の先を、この目で」

「そっか。……うん、旭らしいね」

「え?」

「だって旭は、昔からそうじゃない」

「昔から?」

「あれ? 気づいてなかったの? 旭はいつも、新しい事が大好きだった。新発売のゲームが出ればすぐに欲しがったり、流行りの服はいつもチェックしてる。……新しい道を見つければ、迷わず進む。

 旭は“変わる事を恐れない”。いつだって新しい自分へと産まれ変わっていく。……私はそんな旭の自由な所に憧れて、惹かれたから付き合ったの。

 旭は私に言ったわよね。流行に流されない、変わらない自分がある……そんな私の事が好きだって……。私達は、最初から正反対だったの。。自分には絶対にできない、自由な生き方をする人。その生き方が眩しくて……羨ましかったから、、、私達は付き合った」

「…………」

「だからここで、もし私が生き方を変えて宇宙へ行ったら、きっと旭は私の事が好きじゃなくなる」

「そんな事は……!!」

「ううん。わかるの。だってもし旭が私の為に地球に残ったら、やっぱり私は、きっと旭の事が好きじゃなくなる。……変わらない旭は、やっぱり旭じゃないから。

 それが証拠に、旭は一回も考えた事なかったでしょ? 自分が地球に残るって選択」

「そんな……事は……」


 図星だった。今茜に言われるまで、僕はそんな事を考えもしなかった。自分が……地球に残るだなんて……。


「……だから私達は、そういう関係だったの。お互い相手を好きでいつづける為には、別れるしかない運命」

「好きで……いつづける為」


 それは悲しい運命だった。僕達は、お互いを好きだからこそ、この愛を守る為に、別れなければいけない運命だったのだ。


 変えられない……変えてはいけない運命。


「あはは、そんなに困らないでよ。困らせるつもりで言ったんじゃないんだから」

「…………」


 何も、言葉にする事ができなかった。だってどう返せば正解なのか、全くわからなかったから。


「…………そういえば旭はさ。地球は人類の事をどう思っていると思う?」

「突然なに?」

「いいから答えて」

「地球は人類の事をどう思っている、か。それはやっぱり……子供……じゃないかな?」

「うん、私もそう思う。人類の産みの親は、やっぱり地球なんだ。地球はね、多分人類や他の生物の事を子供のように思ってる。それで人類はその子供達の中でも、一番手がかかる子供なの。……地球を汚し続ける人類。大気汚染、資源枯渇、、、戦争。でも地球は、そんな人類を愛し続けてくれた。変わらぬ愛情を……注いでくれた。そしてその人類が、ついに自分の手を離れて宇宙へと飛び立つ。それはきっと、親元を離れて一人暮らしをはじめる子供そのものなんだよ! あの問題児が、一番初めに一人暮らしをはじめるの。きっと地球は、嬉しいような……寂しいような、そんな、、、親のような感情を抱いてると──。私はそんな風に思う」

「人類の、一人暮らし」

「そう、一人暮らし! 別に人類は。ただ一人暮らしをはじめるだけ。…………だからさ、時々は帰省したっていいはずよ」

「帰省?」

「そう、帰省。時々地球に帰ってくるの。東京の人達も、お盆とかには帰ってくるでしょ。それと同じ」

「いや、そんな気軽じゃ……」

「そんなの、そっちが頑張りなさい。親に元気な顔を見せるのは、子供の義務でしょ。だから時々は絶対に帰ってくるの。…………それと、地球で待ってる可愛い彼女に会いにくるのも、義務の一つなんだから」

「え? それって……つまり」

「だから、私はずっと貴方を待ってるって言ってるの。……例え星の輝きほど離れていても、私達は愛し合う恋人同士。別れるのが私達の運命だとしても、そんなの関係ない。帰省してくる彼に会うのはセーフ! 運命もそれくらい、赦してくれるわよ」

「セーフって……プッアハハ!」

「何よ! 笑わなくてもいいじゃない」

「いや、何だか茜らしくて」


 やっぱり、茜には敵わない。彼女にかかれば、運命何て軽々乗り越えてしまうのだ。


「だから私は……人類が、旭が帰ってこれる地球場所を守りたい。やっぱり、帰ってこれる場所がないのは、悲しいものね。それが、私が残るもう一つの理由」

「……うん。ありがとう、茜」

「どういたしまして。その代わり、絶対時々帰ってきてよね」

「──うん。絶対に、また君に会いに行く」


 空を見上げれば、無数の星が輝いていた。明日僕は、この無数の星の一つになる。でも彼女は、そんな僕を変わらず見つめ続けてくれるのだ。

 それがわかって、僕ははじめての一人暮らしが……怖くはなくなっていた。





 ──次の日、僕は宇宙船へと乗り込んだ。


「いってきます」


 ────蒼く輝く故郷に、君に……別れを告げる。またいつか、帰ってこられるように。


「いってらっしゃい」

 

 ────白く輝く船に、貴方に……別れを告げる。彼が何時でも、帰ってこられるように。





 その日、人類は地球を旅立ち、一人暮らしをはじめた。


 

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