第4話吸血鬼の記憶
まだ星が光っている夜明けに神官が吸血鬼の城を訪ねる。ところで記憶は戻ったのか。聞いたところお前には家族はいないようだが。雪が降っている。神官と吸血鬼、城と城下の都市を白く染め、海は凍っている。
「再び太陽の神を崇めてみてはどうか?人間に戻れるかもしれないぞ?」
「この世界は私から時と記憶を奪った。崇める気にはなれない。お前こそなぜ生きる?いずれ死ぬのにな。人間は。」
「何をしても死なないお前さんにこそ問いたいね。最近のお前さんはまるで人間のようだ。今まで何にも興味がなく、城に塞ぎこんでいたくせに一体何を見つけたと言うのだ。」騎馬がせわしなく通る。神官も吸血鬼も身じろきもしない。
「祈りだけは捧げるくせにな。」神官は去っていく。再び城の中に吸血鬼が入ると、冬の花が咲き乱れる庭で、少女は小鳥とともに歌を歌っていた。吸血鬼が少女に近づくと小鳥は群をなして一斉に去っていった。もう冬なのね。南から渡り鳥がやってくるわ。ねえ空を見て。教会の鐘の音が響く。空を渡れない鳥達は海の夢に落ちていく。
「鳥は空へ。魚は海へ。人間は街の中か。そして君は私のものだ。」
吸血鬼は少女の肩に腕を回し、優しく口づけする。私はもう疲れてしまったよ。なぜ、少女は言う。君が私を疲れさせる。君の全てが欲しいのに、私が君を……。吸血鬼は懊悩する。君に頭を垂れ、全てを約束しよう。吸血鬼はそう言って、街の中から買ってきた指輪を少女の薬指にはめる。永遠を。吸血鬼は懇願する。いいよ!少女は答える。夢のようだ。吸血鬼はそう言い、少女の血を吸う。吸血鬼は少女を糧とする。大気が流れ、光が明暗を作り、庭の木々は紅の影を帯びる。再び空は黄昏になり、二人は星を見る。綺麗ね。あなたの瞳みたい。少女は答える。二人の手が絡み合う。この城の中にいると時はすべり動く。花びらが風に運ばれ春になる。吸血鬼は少女を見る。はるかな何かを思い出しかけるが、なんなのかわからない。頭にかすみがかかる。何かの狂気に襲われ吸血鬼は苦しむ。大丈夫?少女は吸血鬼の背中を撫でる。何度も。何度も。記憶の中でわずかに教会の中の十字架が見える。神を崇め十字架にすがるもの。人々。その中の小さな子供。小さな手。花びらと共に葬られる子供の母親。私は--。罪を犯した。ミサの時間だ。神に祈りを。子供の手が吸血鬼の手になる。初めて吸った血。甘美な陶酔。それを咎める神の声。彼らの行為。一世紀にわたる議論。汚された聖像。死んだ小鳥。吸血鬼は暗いところで小鳥から血をすすっていた。何度も。何度も。
あなたの名前は?少女は問う。教えてあげられない。吸血鬼は言う。覚えてないから。自分がかつて何者だったか。悪魔め!消えなさい!かあさん。
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