第3話籠の中の鳥

遠い世界の片隅の城。小さな少女は美しい吸血鬼に丁重に扱われた。たくさんの刺繍が施されたドレス、天蓋付きのベッド、美しい装飾がされた耳飾りと指輪、その他数々のものを与えられた。

「君は籠の中のカナリア、私なしでは生きてはいけない。」


とても幸せと少女は答える。チョコレートが食べたいな。ああ。好きなだけあげるよ。小さな少女は与えられたお菓子を美味しそうに食べる。少女の顔はチョコレートでベタベタだ。吸血鬼は丁寧に指で拭き取りそれを舐めてしまう。もっと欲しいもっと欲しい。吸血鬼は恋い焦がれた声を上げ、小さな少女の甘い唇を舐める。そして二人はベッドに倒れ込み深い眠りに落ちる。黄昏が二人を覆う。


朝、眠り続ける少女をまばたき一つせず吸血鬼は凝視する。絹の毛布のしたから少女のかわいい足がのぞいている。食べてしまいたい。ただまだ小さすぎる。わたしが永遠にそうしてしまったのか。吸血鬼は苦悩する。彼女のことを愛しているのに。


二人は城の宮殿を散歩し、白い小さな花を摘む。ほら出来た。花輪よ。少女は喜んで吸血鬼に被せる。少女のドレスが風にたなびき、帽子が飛んで行く。待って。ほらここだ。吸血鬼はコウモリに変身して空を飛び、帽子を受け止める。あははははははは。少女が笑い声をあげる。私は太陽が苦手なんだがな。雪がちらつく氷河時代、太陽の力はかつての人族全盛期より弱まり、吸血鬼にその光は死に届かない。あたりは幻想的な黄昏に包まれ、吸血鬼は少女に口づけする。庭の奥に見える海の地平線が歪んで行く。城の近くの都市は眠りに落ち、再び風が吹き、少女が瞬きすると周囲は一瞬で夜になる。吸血鬼は少女を再びベッドの上に運ぶが、城の螺旋階段の上を少女がくるくると回り吸血鬼を遊びに誘う。君も飛んでみないか。吸血鬼は少女に魔法をかけ、空を飛べるようにしてしまう。ここから逃げるのではないか吸血鬼は内心ため息をつくが、少女は空を飛び笑いながら吸血鬼の首に手を回す。そして季節が過ぎてゆく。眠る野原。木立は紅になり、城の近くの都市には巡礼が回る。眠らないか。君の無垢な姿をずっと見ていたい。吸血鬼は言う。そして数世紀が過ぎる。なんの夢を見ていたんだ。目をこすり目覚めた娘に吸血鬼は問う。あなたの夢よ。庭の草原であなたと追いかけっこしていたの。


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