第5話吸血鬼の記憶ーその2

吸血鬼と少女は城近くの、深い森と、小さな小川、春の雲が流れる空を飛んでいた。あははははははは。少女は笑い声をあげ、吸血鬼は飛びながら少女をそっと抱きしめる。このまま。永遠に。ずっと。遠くには孤独な海が広がっている。夜になり、城近くのポプラ並木の草原で二人は薄く雲がかかった満月を見上げていた。あなたの名前は?少女は繰り返し問う。吸血鬼は答えない。頭に再び霞がかかる。少女は木登りをしようとするが吸血鬼が抱き抱える。怪我をしたらどうするんだ。え?少女は答える。最近怪我をしてもすぐ治るの。ねえどうして?それに何年経っても大人になれない。もし大人になったら結婚してくれる?それは……私がそうしたんだ。私の罪なんだ。でも結婚なら前にしただろう。君に指輪をはめ永遠を誓った。またするかい?ええ、もちろんよ!少女は吸血鬼の膝に抱き抱えられる。少女は指輪を吸血鬼が嵌めている指輪につけ、月の光で反射させる。吸血鬼は問いただす。なんの誓いだ?


--結婚してあげる。約束だよ。


それを見て吸血鬼は泣き出した。なぜ私に誓えもしない永遠を約束するのだ。血の盟約を交わし我が眷属になっても、いずれは、いずれは!少女は歌を歌い出す。あははははは。吸血鬼は笑いだした。彼が近くの植物の葉っぱに触ると、葉っぱの季節は一巡した。吸血鬼が触れた先から、花が散り、散り、それは青々とし、枯れ、種が虫によって運ばれた。そして冬に備え、葉は眠った。羽根のような雪が振り、葉は静寂に包まれて凍った。吸血鬼は少女に触れる。彼女は何も変わらないんだ。私が何も変わらないことを望んだから。


--これから海の中に潜る?


少女が問うと吸血鬼は海に連れていった。吸血鬼は少女を既に滅びた文明の遺産である、古びた潜水艇へ連れていった。母船から海中へ飛び出すと、潜水艇の窓から雪のように儚い光が二人を包み込んだ。それから吸血鬼は丁寧に少女の服を剥がすと、ゆっくりと全身に口付けした。ゆっくりと少女は嬌声をあげる。裸の少女は吸血鬼に問う。この光はなんていうの?海の雪。浮遊生物であるプランクトンの死骸だよ。生きているのね?これから世界はまた蘇るのかな?ああ。そうなるのかな。


そして長く続いた氷河時代が終わり、全ての文明が、もう一度滅んだ後、二人は雨と供に消えていった。そこには約束の指輪だけが残された。


どこからか少女の母親のすすり泣きが聞こえた。


生まれつき目が見えない巫女はこの世の果てで愛を歌った。空に囚われた鳥達は飛び立ち、遠い海の彼方からさざなみがやってきた。


役目を終えた天使達は吸血鬼の田園を魔法で土と泥に変えてしまった。





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