5-2 因果応報

 ①

 イケメンは皐を抜き去って、万世橋へ戻ろうと試みる。

 皐はそれを必死に阻止し、ベアスイングスキルの明るみを取り戻しては打ち込んでいく。

 そのやり取りに勝利したのは内面は男前、皐のほうであり、万世橋から南下を続けた二人は、最終的に神田駅北口に身体を運ばせていた。

 線路が道路地面から離れて上部に走る、高架線沿いの大きな交差点。

 通って来た道には赤い斑点。

 今も皐の脚から出続ける血による、赤い足跡だった。


「……はぁ……戻らせてはくれないかぁ……」


 万世橋から大きく離されると、相変わらず緩い雰囲気のまま諦めた様子で、色男は溜息を一つ払った。


「強制吹き飛ばしか~卑怯なスキルだねぇ全く」

「クリアが目的ではない、と言ってたが……何が目的なんだ?」

「……まぁ戻してくれそうにないし、お話しもいいかねぇ」


 サキトは口では諦めたように言って、パーカーのポケットに両手を忍ばせた。

 多くはない交通量の車のヘッドライトが、距離を空けて対峙する二人を照らしては消えていく。


「因果応報──って知ってる?」


 サキトは口元こそ笑ってはいるものの、瞳を深く座らせながら問いかけた──どうやら完璧に諦めたつもりではないらしいことは皐に伝わっていた。

 緩い雰囲気の中には、何時でも噛みつくことの出来る牙が隠されている──先ほどまで戦っていたバステト神の迫力溢れる殺意と違って、背筋を舌で舐めるような嫌な敵意。


「……善いことをすれば善いことが返って来るってやつか」

「正解だクマさん。悪いことをすれば悪いことが返って来るってね……俺は別に偶然で万世橋へ出向いた訳じゃないんだよ~」

「クマ……さん……」

「貴方のお友達はさ……とっても悪いことをしたんだ。クマさんが知ってるかどうかは別としてさっ」


 サキトの言う悪いこと──思い当るところは一つ。

 黒乃が作り出した魔物のパレードに巻き込まれたうちの一人、と考えるのが自然だろうか。

 しかし、それであればクリア報酬は不要と言わない筈。

 例え黒乃が憎くても、報酬が手に入るとあらば手の平を返すほうが自然な筈。


「黒猫……だっけ? 彼ね、俺の連れを剥いたんだよね」


 剥いた──とは一体何を指しているのだろうか。

 それはわからないままだが、黒乃の口から一人だけ、ボスとの交戦前に遭遇したプレイヤーの名前を聞いていた。

 小町である。

 自分に毒を与え苦しめられた、忍者のような女性プレイヤー。

 普段無口である皐は珍しく、時間を稼ぐ為にも言葉を紡ぐ。

 ──時間を稼げば、その間にきっと黒乃がボスを倒す。


「……それは友人が失礼をした。ところで、剥く……とは何だ?」

「……へ?」


 剥くと言えば一つしかないだろうと、サキトはきょとんと間抜け顔を零す。

 そんな間抜け顔にも可愛さを覗かせる、イケメンであることを怠らない男だった。


「剥くって言ったら……脱がす、が普通でしょ?」

「……クロが、お前の恋人の服を脱がした……と?」

「……何か色々違うな……」


 サキトは、うーんと唸り空を仰ぐ。


「えっと、俺のお客が黒猫を襲ったんだけど、返り討ちで装備を破壊されて……そんで秋葉原の道路上で全裸になった……って感じかな」

「全裸……」


 友人の無茶に流石に絶句する皐だった。


「そ。全裸。全く……姫が露出性癖に目覚めちゃったらどうすんのさぁ」

「……その姫というのは、ひょっとして小町というプレイヤーのことでいいのか?」

「あ、何だ知ってるんじゃん」


 ──どうやら話はまだ自然と繋げそうである。時間は稼げそうである。

 サキトの口から出る姫、お客という言葉。

 小町を指すものではあろうが、違和感のある呼び名。

 二人について特に興味は湧かない皐ではあったが、繋げそうなワードをきっかけにして会話を繋いで時間を稼いでいく。


「お客とか姫とか、一体お前は何だ」

「ヒモだよ~ん」

「……何だそれは」

「え!? ヒモ知らないの!? ねぇ! 何かおかしいなって思ってたけどクマさんって何歳!?」

「一五だ」

「…………や、このタイミングでギャグかます?」

「……いや本当だが」

「…………………え?」


 時間でも止まったかのようにサキトは口を大きく開けて、驚いたまま動かない。


「……嘘ぉ。え、てっきり俺と同じアウトロー部類の人かと思ってたけど」

「よく言われるが違う。高校一年生だ」

「…………おいおい……じゃあクマさん、じゃなくてクマ君、じゃんか」

「……そうだな」


 驚きが止まらない色男と、何やら申し訳なさそうではあるが無表情なむさい男と──シュールな夜風が二人を撫でた。


「はぁ……まぁほんじゃ、自己紹介くらいしとくかねぇ」

「俺は皐。高校生だ」

「……絶対嘘でしょ?」

「本当だ」

「マジかよ……やり辛ぇなぁ……俺は──」


 言いながらサキトはポケットから手を引き抜く。

 抜かれた手には短刀が握られていた。

 燃え上がる炎が形を留めたような、赤色で歪んだ形の刀身だった。


「俺はサキト。無類の女好きで、世の女性の為に生きてる。関わる女性が喜ぶことは何でもするけど、その代わりお小遣いをいただいて生計を立ててる。

 そんなどうしようもないクズ野郎で職業イケメンの──サキトだ。以後宜しく」


 言いながら甘いマスクをにこりと緩ませる。

 自虐ながらにいけ好かない台詞を吐くその男は、皐という男とは対極に位置するような奴ではあったものの、何だか気持ちの良い奴なのではないかとの印象も与えていた。

 何より、自己に呆れ笑いを向けるその仕草は友人を──黒乃を彷彿とさせるものがあった。

 だからこそ、もしかしたら話せばわかる奴なのではないかと皐は思った。


「待て。もしかすると戦う理由がないんじゃないか?」

「残念、それは無理なんだ」

「理由は?」

「姫が……あ、小町ね。小町が黒猫を『殺して』って言ったもんでね」

「……それ……だけ、なのか?」

「クマ君……言ったろ? 俺は女の子の為に生きている。女性の為なら命くらいは懸けられる。関わる女の為なら何でもする。姫が殺せと言ったら殺すんだよ」


 ──やはり似ている。

 好きなものには命を懸ける。

 それがゲームか女かの違い。

 例え小町のほうから絡んで来たことなどを訴えても、そんなことは百も承知で小町に奉仕精神を捧げているのだろう。


 悟って皐は清々しく型を構えると、サキトもまたニヤリと笑って道路を蹴った。




 ②

 サキトが突き出した赤い短刀の切っ先は、皐の心臓部分へ真っ直ぐ向かう。

 グリップを握る手の、手首を左籠手で促すと同時に、紅蓮の右籠手がサキトの腹へ深々と突き刺さった。


「おぅぇっ!」


 手甲を通して感じた弾力は硬め──腹筋は鍛えられている。

 HPの削れ具合は二割ほどで、実際に入った身体ダメージも高そうではない。


「ゲホッゲホッ……だぁ……痛いのはヤダねぇ……」


 言葉とは裏腹に、サキトは即座に距離を空けて体勢を立て直す。

 愚直な突進を再び繰り出す様子が、色男の雰囲気を飾るスタイリッシュさとは正反対であり、それだけ必死なのかと皐は緊張感を高く身構えた。

 同じく繰り出される赤い短刀──皐は同じく籠手で払いのけ、今度は脚を直線的に突きだして肩と腕の境目に突き刺さった。


「──《華麗なる盗手ブリリアント・スティール》!」


 サキトは肩へ、皐の足先をめり込ませたまま、スキル名を叫び空いた左手で──パン、と皐の籠手を、ただ叩いて即座にバックステップ。

 カランカランと、何かが落ちる音が寂しげに響き、皐は急に肌寒さを感じた。

 落ちていったのは上着ポケットにしまっていた筈だった携帯電話。

 よく見れば黒乃からの着信で身を震わせている。

 

 何故か夜風を胸やお腹の肌で感じると、皐は自分の着ていた上着がなくなっていることにようやく気付いた。


「……む。寒い」

「……電話、鳴ってるよ? 出ないの~?」


 携帯を取りに行った隙に何をされるかわからない。

 皐は上着が無くなったことに動じる姿も見せず、黒乃からの着信も無視して再び型を整えた。


「……お前が脱がせたのか?」

「クマく~ん。駄目だよ不用意に近づいちゃあ」


 ペロッと舌先を出してサキトは嬉しそうにした。

 着ていた筈の中華エッセンス漂うモンクベスト──本当はTシャツは、サキトの背後の地面に転がっていた。

 男はスティールとスキル名と唱えていたことから、考えるに相手に触れるだけで装備品を剥ぎ取るようなスキルであろうと推測される。

 広い直して、再び着衣させてくれるような暇は与えてもらえないだろう。

 まぁ問題ない、といった様子で皐は再び深く腰を落とし、両手を目前に軽く構えた。


「っへぇ、動じないか」

「性分でな」

「ハハッ! 男前だねぇ!」


 三度、サキトは愚直に突進。先ほどの皐の蹴りでHPは再び二割減っていた。

 神田駅までに来るまでのベアスイングは全て防御されたが、それでもちまちまとHPを削り、最初のボディブローと合わせて既にサキトのHPは五割が赤色。

 既に半分のHPを失っているにも拘わらずサキトに恐怖の様子はない。


「あ、よいしょっとぉ!」


 短刀よりも先に、今度は右足の蹴り上げが皐の顔へと飛んで来た。

 皐の瞳は真っ直ぐとサキトを見据えたまま。

 再び籠手で払い、一撃。

 サキトはまた、ぐえっ言って距離を取ってはまた突進。

 もしかしてこの色男は馬鹿なのだろうかと疑いながら、皐は冷静に対処した。

 しかし──本当に馬鹿なのは自分の方であることを直ぐに悟り、皐は焦ってサキトから距離を取った。


「……あーら。気づいたぁ?」

「……お前……何処からが計算だ?」

「あっははぁ~ん。さぁ何処だろうねぇ」


 サキトはいずれ当たるだろうといった、雑な捌き方で皐をビュンビュンと切りつけた。

 的確に狙いを定める必要はなかった──これからは自分の一方的な攻撃になるのだから。

 相手は高校生──きっと人を殺すことには抵抗がある。

 既に七割減ったHPをこれ以上減らしてしまって──もしも殺してしまったらどうしよう、と考えないわけがないのだから。


「俺が人を殺せないと踏んで、だから雑に突進ばかりしてきたのか」

「そのとお~り」

「俺が人を殺せないと、どうして確信出来た」

「最後まで話合いでケリをつけようとした辺り?」


 皐は自分の軽はずみな発言を恥じ、奥歯に悔しさを噛みしめた。

 迫りくるナイフを躱しながら、この飄々とした男の印象を改める。

 ──まるで蛇だ。

 最初に感じた敵意に間違いはなかったのだ。

 時間稼ぎを試みる自分に乗っかって、この男もまた会話の節々から自分の人となりをを探り、そこから付け込める点を見出していたのだ。


「駄~目だよ高校生、なんて簡単に言っちゃぁさぁ」

「何?」

「異世界23区のプレイヤーの殆どは、一回死ぬ羽目になったような、お行儀悪い人たちが集められてるんだぜ? 別にアウトロー全ての人たちが殺人快楽集団ってわけじゃないけど、我が身可愛い人たちのほうが多いだろうさ。

 そんな中だとクマ君みたいなスポーツマンシップ的なものを重んじてるような人は浮いちゃうよね~」


 今まで雑だった動きを囮に、サキトは速度を引き上げて皐へ近寄る。

 ──忘れていた。

 ボスとの交戦時にも、自分の懐へ簡単に潜り込むような、素早い奴だった。

 突き出されたナイフを寸でのところで交わすと、

「──《華麗なる盗手ブリリアント・スティール》!」と、今度は腰元にあった毛皮がなくなっていた。


 即座に距離を取った色男の口から舌先が再び、意地悪く除いた。


「ヒモって言葉が伝わらないあたりで、これは年齢が聞けるなぁと思ってさ~。

 まさかの十代ってのは驚きだったけど、友人が失礼をした、とか妙に行儀の良い素振り……あれ、これってひょっとして人殺せないんじゃな~い? って思ったってわけ」

「くっ」

「雑なナイフも、会話も、全部スキル再使用時間の時間稼ぎだよ。勿論、今もね。でも攻撃は出来ないんでしょ?」

「…………」


 吐き出したどの言葉が、どんな風な脅威となって自分に返って来るかわからない。

 皐の口は閉ざされていた。


「これで残すはパンツと手甲のみだね」

「…………」

「……手甲だけ残して後はパンツ一丁だったら……相当変態じゃない?」

「…………」

「パンツ一丁になったら警官呼んで、ゲームオーバーかな?」

「…………フッ」

「お?」


 鼻で笑って皐は、徐に手甲を自ら引き抜いた。


「んー降参してくれるってワケ? そうだと楽なんだけどな~俺の狙いはクマ君じゃないからさ。黒猫君さえ殺せれば、無駄な殺しはしない主義だよ?」

「……お前、ジョブは盗賊か何かなのか?」


 噛み合わない会話を繰り出しながら、皐はもう片方の手甲を引き抜いて、二つともを道路へ放った。

 黒乃に決して外すなと言い渡された約束は、守れなくなってしまっていた。


「まぁ片方はね」

「片方は、確かイケメンだったか」

「ハハッ! 素直に受け取ってくれるんだね」

「よし、来い」


 皐は再び身構える。


「……諦めちゃくんないか……攻撃力を自ら下げて、繰り出せる攻撃回数を増やし、実体ダメージのほうで仕留めようって腹かな?」


 ──読めてるよ、と言わんばかりに皐の思考を言葉で並べる。

 サキトの憶測は概ね正しかった。

 手甲を装着した状態であれば、一回につき二割のダメージを与えてしまう為に、残り三割のHPは二発で全てを奪えてしまう。

 

「例え攻撃力を下げてもさ……何度も殴ったら俺死ぬかもよ? 攻撃力を下げた状態で何発入れられるか、検討ついてる?」


 蛇はさえずり続ける。

 それでも皐は構えを解かない。瞳から決意は消えない。


「はぁ……駄目か。そんなに友達を守りたいか~」

「…………守る? フハハ……」


 思わず、といった感じで皐から笑いが零れた。

 初対面の男にとっても皐が無表情を崩して笑ったのは違和感だった。


「……あら、何か様子が違うね」


 短刀の刀身を口元に宛がいながら、皐に流し目を向ける。


「すまん、ここまで鋭い洞察力だったのに、あまりに見当違いなことを言われたもんでな」

「……えー……何かショック」

「気にするな」

「む……えー気になるな! どうせこの後、どっちかは死ぬんだろうし最期に教えてよ」


 皐を野外でパンツ一丁の変態に仕立てあげ、連行された先でモンスターに殺されるであろうと──既に勝利を得たかのようにサキトは言った。

 そんなサキトへ皐も、フッと再び鼻で笑いを飛ばしながら──瞳を潤ませた。

 夜の街灯が皐の瞳にキラキラとした灯りを点け、涙を滲ませた。

 何故今涙するのか──サキトには皆目見当もつかなかった。


「え、えー? 泣くの?」

「ククク……」

「えー笑うの? どっちなの?」

「お前は見当違いをしている。俺は男前でもなければ、クロを守ってるわけでもない」

「あら謙虚」

「守っているのはクロで──守られているのが俺なんだ」

「んー……どう見たってクマ君のほうが強そうだけどね~」


 強敵であるボスを一手に引き受けている、という意味だろうかとサキトは推理を浮かべる。

 しかし直ぐに間違いであることを悟る。

 ボスよりも弱い存在であるイケメンと戦うことは、皐が自ら選んだ選択。

 黒乃によって発信されたものではない。


「──俺の親父はな……どうしようもない下っ端ヤクザだ」

「げ。知り合いだったらどうしよ」

「安心しろ。今は刑務所だ」

「おぅ、それは安心だね」

「恐喝、詐欺、薬物売買……色々な犯罪に手を染めてるようなクズでな。家でも暴力は当たり前で、幼児虐待を受けて育った」

「……まぁ……まだ俺のほうがマシかな~」


 ファイティングポーズである型を崩さないままの皐の周りを、サキトは品定めでもするようにウロウロと歩き回る。

 皐の過去には大して興味はないサキトだったが、もう直ぐスキルの再使用時間を満たせる為に話に乗っていた。


「俺が沢山の痣を作って小学校に登校した時、初めて心配を寄せてきたのがクロだった」

「へぇ、良い子だ~」

「あぁ……事情を話した二日後……クロはランドセル一杯にハンディカメラを三台ほど仕込んできた。それを俺に差し出して、『これを家に仕掛けて、もう一晩だけ殴られろ』って無茶を言ってきたよ」


 初めての出会いから、必要な無茶を言う黒乃だった。


「家に設置したカメラの映像を元に役所と警察に掛け合って、親父は即逮捕されたよ。家には犯罪の証拠が沢山あったからな」

「なかなか機転の利く子なんだね~黒猫君……っていうか──隙アリじゃない!?」


 背後から──サキトはナイフを突き立てに掛かった。

 警戒を怠らなかった皐は難なく払いのけ、再び回避一辺倒の形になった。

 刃物が空を切る音が、しんと静まった神田駅に響く。


「それから暫くして──俺は自殺することにした!」

「そこまで聞けば理由は分かるよ! 遺伝子を、血を憎んだってところでしょ!?」

「その通りだ! 俺はクズの子供だ……俺なんかが生きてて良い訳がないと思ったよ!」


 人通りは皆無。

 稀に通る車を運転する者が二人を見ても、サキトが手に握る赤身のナイフが、本当は万華鏡である為に通報対象にはならなかったようだった。


「俺はいずれ親父と同じクズになる! 殴られる俺と妹を黙って見ているだけだった母親と同じクズになる! 今の内に死んでおくべきだと思った!」

「黒猫君が止めてくれたってことかい!?」

「そうだ! クロは──、『呪ってやった』と言っているがな!」

「呪いとは……これまた物騒だね!」


 既に、皐が自分についてを語る意味はなかった。

 サキトが盗みスキルの再使用時間を満たす為に話を延長させ、それを見抜いていながら皐も話に乗った。

 それはサキトをどうすれば殺さずに倒せるかという作戦を見出す為に、自分もまた時間が欲しかっただけだったが──そんな目論見とは関係なく、涙と言葉は自分でも止めることが出来ないでいた。


「クロは……アイツは……『──僕はゲームだけして生きていたいような、一生駄目な奴だ。そういう駄目な奴と友達になれば、自分がしっかりしていないといけないと思って、クズにはならないと思うよ』と、俺に呪いをかけたんだ!」


 黒乃と行動を共にすることで、皐は普通を装える。

 自分に流れる遺伝子を意識せずに居られる。

 黒乃が駄目な奴だから、救ってあげなければと思うから、自分はまともでいられる──。

 その代わりに、ずっと友達でなければならない──そんな優しい呪いを囁いて、確かに黒乃は皐を守っているようだった。


「やば! クズな俺でもちょっとウルっと来たわ!」

「……だから俺はずっとクロの傍に居なければならない! クロがゲームに参加すれば俺も参加する! クロが到底倒すことのできないようなボスを倒すと言えば、一緒に命を懸ける! どうせ……俺の命はずっと昔にクロに拾われているんでな!」


 だから──鴉間には、「自分の為」だと言ってゲームに参加した。

 その言葉には、友人への気遣いや、自虐や謙遜の気持ちは一切なく、そのまま皐の為の行動だった。


「そりゃ確かに……クマ君より、黒猫君のほうがナイト様だね!」

「あぁ! 家庭も兄も救われた妹が、熱心になるのも頷ける男だ!」

「全く……殺りづらい話してくれるね!」

「構わん! かかって来い!」

「ッカッカッカ……いやいや……クマ君やっぱり男前だよ!」


 言ってサキトは速度を引き上げる──皐の脇腹目掛けて短刀を突き出す。

 ──どうせ避けるのだろう。

 そう思われた赤い短刀は、皐の腹筋に切っ先を着けた。


「なっ!?」

「ぐぅうっ!」


 皐は避けなかった。上着を失った皐のHPが、ガクンと四割強減った。

 残りHPが一気に20%を切った。

 脳幹に忍ぶナノチップから、瞬く間に触覚神経へ信号が送られ、皐の強固な腹筋は赤く口を開いて、ドパッと血が咲いた。


 刹那、戸惑う様子のサキトの腕を握り取る。

 パーカーの生地を握り込んだままジャンプして、太ももでサキトの上半身を両腕ごと巻き込んで蟹バサミし、両腕を離して即座に首へと巻き付け、サキトに身体を絡めたまま道路上へ倒れ込んだ。

 殴らずに──HPを減らさずに勝つ。

 その為に皐が見出した作戦は、両腕の自由を奪った上での首羽交い絞めだった。


 殴打などによる──拳が対象の身体へ強く当たることで生み出されるヒット判定仕様の為か、締め技ではサキトのHPが減少する様子はない。


「がっ……っ……!」

「油断したな」

「手甲は……この為に……外した……のか……」

「そうだ。手甲をしたままでは、指先が不自由だからな。服を絡め取るのが難しいだろう」


 サキトの両足には、未だ自由は残されていたものの、とてもではないが190㎝の巨体を持ちあげて、移動したり何処かへぶつかったりすることは叶わない。

 皐を振りほどくことは叶わない。


「っ……っ……っ……………………─────」


 サキトの手から力が抜け、眼球がゴロゴロと動き回って、そして上を向いて止まった。

 演技ではなくしっかりと気絶していることを確認し手足を解いた。

 このままサキトの身体を道路上に放置しておけば、駅の目の前なのでモンスターは出ないが、警官などに保護され、交番などに連れて行かれてしまう可能性がある。

 移動した先ではモンスターとエンカウントしてしまい、気絶している間に死んでしまうようなことになるかもわからない。

 親切心で傍に在った、水色のゴミバケツの中へサキトを入れ込み、蓋をして駅へと放置した。


 ──まだ黒乃がボスと戦っているかもしれない。

 走れば間に合うかもしれない。

 そう思って上着と手甲、携帯を拾い上げ、黒乃へ電話を返しながら万世橋へと走り出そうとした皐だった。


「──まぁ待てよ」


 行く手を塞ぐように。

 其処には無数の異世界23区プレイヤーが居た。

 皐は電話の発信ボタンを押そうとした指を収めた。


「何だ」

「お前……万世橋で俺たちを殺そうとした奴の仲間だろ?」


 秋葉原を離れ、神田に逃げ込んでいたプレイヤーたちだった。

 ──それもまた当然か。

 そう覚悟を決め、皐は手甲をガキンと合わせて鳴らし、深く腰を落として構えを取った。

 サキトに言われた因果応報を噛みしめながら、皐はあらゆる攻撃に身構えた。

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