4-4 迫るボス戦
①
灯りはテレビの灯りのみ。四面ある壁の内、二面を漫画などのホビーグッズが占拠している。
部屋中央で毛布を被って丸くなった黒猫が、両手にコントローラーを握り、黄色い猫目はテレビを睨みつけている。
「クソっ……違うだろ……馬鹿猫……」
自分以外には誰もいない部屋に叱責を零す。
「皐は僕より回避速度が速いんだぞ……速度そのものは僕のほうが上なんだから……回避を見極めるタイミングが遅いってことだ……」
液晶内で操作するキャラクターは武器を持たず、自身の三倍はあろうかという巨竜と対峙している。
巨竜は旋回し、尻尾の先を黒乃が操作するキャラクターの腹に引っ掛けて吹き飛ばした。
たったそれだけのことでゲームオーバーだった。
どうやら装備を最弱なものにして、緊張感を高めるプレイに興じているようだった。
黒乃は床にコントローラーを叩きつけた。
「っだぁ!! 何やってんだ僕は! 相手の初動の見極めが遅いんだよ! 猫スケがぁあああ!」
叫び声をゲームBGMが飲み込む。
寂しく音が流れ続けて、黒乃はもう一度コントローラーを握った。
再び指が忙しく動き始める。
「ボスの強敵さを予測するに一発喰らったら終わり……そう思い過ぎて恐怖で判断が遅くなってる……死ね……僕なんぞ死ね……御伽さんは……」
画面内──再び巨竜と相見える。
吐き出された炎を横転回避、尾の薙ぎ払いをバックステップで回避。
爪を叩きつける三連撃を走り込んで回避しながら背後を取る──そこで旋回されて尻尾に引っ叩かれる。
画面上に再び、ゲームオーバーの文字が浮かぶ。
「っ! しっかりしろよ僕……御伽さんは……御伽さんは!」
もう一度コントローラーを強く握る。
三度、巨竜を黄眼で捉える。
熱を込めて指を動かし、神経に冷気を通わせたように、感覚を研ぎ澄ます。
それでも三度、ゲーム内のキャラクターは命を落とした。
何度も落とせる命だったが、それを操る黒乃にとっては違うようだった。
「…………御伽さんは……僕の為に命を懸けたんだぞ……」
また少し間が空いて、カタカタと荒い操作音が暗い部屋で鳴り続けていた。
②
レベリングの数日を過ごし、ボス戦を二日後に控えていた皐と黒乃は、秋葉原での狩りを終えると終電で渋谷へ帰り、拠点にしていた円山公園へと来ていた。
決戦を前に、二人にはボスとの戦力差以外にも、解決しなければならない問題があった。
「クロ、そういえばボスが居る場所は知ってるのか?」
「知ってる訳じゃないけど、多分、万世橋」
皐が買ってきたたこ焼きを口に放り込む。
暗がりの公園の中で、皐のスキルである、《野生の食事》が発動して皐自身が灯りとなった。
細長い青白の粒子が皐の身体と、その周囲から滝昇る。
「身体が光るってファンタジー感あるなぁ……皐ズルいぞ」
「目が黄色いのも格好良いじゃないか」
「僕の目が黄色いのは僕からは見れないだろ」
「そうか」
身体から闘気のような光を放ちながら、ベンチでたこ焼きを頬張る姿は何となく間が抜けている。
「最近、鴉間に言われてニュース見てるんだよ」
「珍しいな」
「でしょ。ここ最近の話題は、原因不明の死体が東京都23区内で大量に見つかっていることらしい」
「……そうか」
「事件の皮切りになったのは東京ドームシティ。外傷があっても凶器や犯人の痕跡がない遺体が二〇数名発見された。その後も似たような遺体と、それと外傷がないまま眠るように亡くなった遺体が都内各地で発見されてる」
「大半か……もしくは全てプレイヤーか」
外傷があって凶器や犯人の痕跡がない遺体は、恐らく異世界23区のモンスターによって殺されてしまった者。
外傷のない遺体は恐らく──異世界23区のプレイヤーによって殺されてしまった者。直接の攻撃や凶器を使わず、攻撃スキルによってのみ絶命させられたのなら、そういった痕跡のない遺体になると予測される。
「他にも……まるで見えない何かを相手に暴れている人が居るって事件も多い」
「……戦ってる最中というわけか」
「不思議なのは、その後に起きる筈の事件が起きていないことだった」
「どういうことだ?」
「取り押さえられたら当然職務質問になるよね。交番とかに連れて行かれて、そこでモンスターと遭遇すれば、傍に警官が居ても命を守る為には再度暴れるしかない。
で、暴れたら今度は公務執行妨害になる可能性が高いから、逮捕って流れになる。逮捕された先の牢獄でモンスターと出会ったら、牢屋の中で戦うことになる。
逃げ場のない狭い空間で、眠ることも出来ずにモンスターに襲われ続けるわけだ。勝てるわけがない。
それなのに……牢屋で誰かが死んだ、という事件は報道されてないんだ」
二人は、お互いが別々の方向に視線を置きながら言葉を交わす。
黒乃が左を、皐が右を──ベンチで背中合わせの会話。
警戒を怠らない。戦場暮らしが板についてきていた。
「今のところは、たまたまそこまで発展した事件がないだけじゃないのか?」
「勿論、確実にそういう流れになるってわけじゃないだろうけど……一件もないのは流石におかしいでしょ」
「確かにな」
「で、そういう事件が最近多い場所が、ダントツで秋葉原なんだ」
「プレイヤーが秋葉原に集まっているということか」
「そう。更に細かく見ていくと、脳死体が見つかってる場所はバラけているようで実は違う。昭和通り方面や電気街方面……色々なところで見つかっては居るんだけど、中でも万世橋の上で発見されている遺体が二〇以上。ダントツに多い」
「なるほどな……万世橋上にボスが居るからその数も集中してる、と考えるのが普通か」
念の為、明日万世橋を下見しておこうと二人は取り決めた。
「ちなみに万世橋上でも、まるで見えない何かを相手に暴れている人が居て、取り押えた時に意識を失った……死んだ……って事件が五件くらいあった」
「……ボスとの交戦中に自由を奪われて、ボスに追撃されたか」
「だろうね」
「待てクロ。俺たちも例外じゃないのだろう。ボスの居場所は分かりそうだが……交戦中に警官が来る問題をどうにかしないと拙いんじゃないのか?」
それこそが問題だった。
ボス戦から逃げることを許さないと自分たちに課した二人にとって、警官などが来てしまうことは、それはそれでゲームオーバーを意味する。
御伽りんごの命が失われることを意味する。
「……一応ボス戦は深夜にしよう。どうせ事件数が多いことで警備強化とかされてるから大した意味はないだろうけど、通行人の数には大きく差があると思うしね」
開戦時刻を深夜にする。
それだけで全ての問題が片付かないことは皐にもよく分かっていた。
「……警官から逃げながらボスとも戦うのか?」
「無理だろうね。モンスターとの最大の違いは、警官には知能があるってことだ。
しかも逃げる相手を捕まえることに掛けて警察はプロなんでしょ。まぁ逃げれないだろうね」
否定的意見を述べる割に、黒乃はしれっとした態度だった。
だからこそ皐は不適な笑みを返した。
──どうせまた無茶なことを言うのだと、皐の胸の中で信頼感が微笑んだ。
「何か思いついたみたいだな」
黒乃は大きく溜息をついて、ベンチの腰掛る部分にまで頭を下げて大きく項垂れた。
「うん……かなり……ルール違反な方法ならね……」
「そうか」
「そして何より…………はぁ……」
腰より下に顔をやったまま、言葉より先に憂鬱が溜息となって出た。
「……何より、なんだ?」
「す…………………………………………っごく疲れる」
「……そんなにか」
「うん、多分心臓の一つや二つは裂けて、嘔吐物に塗れながらボスと戦うことになる」
「……空手、やっておけばよかったな」
「はぁぁああああ……僕、運動嫌いなんだよなぁ…………」
終始項垂れながら、作戦の説明が終わった頃に黒乃の顔がようやく上がった。
時刻は午前一時を回った頃、二人は帰路に着いた。
③
二日という速度も足早に去った、六月一八日の午前一時半。
終電で秋葉原駅の中央改札へ降り立った二人は、昭和通り方面の改札を出てすぐ右に見える、小さい広場で待機を行っていた。
広場は駅の目の前にある為にモンスターがポップせず──二人は其処で更に夜が深まるのを待った。
既に人影は減りつつあり、無人状態に完全になることはないが、それでも近しい量まで人が減るのを待っていた。
二人は忙しない様子で目前空間に指を伸ばし、自身のステータスや所持品などのパネルを操作して、決戦前の最終確認を行うことで時間を潰していた。
二人の服装は普段の学ラン姿ではなく、明らかに現代人の装いではない。
洋服ではなく装備と言ってしまえる。
ゲームのキャラクターが現実世界へ飛び出してきたようにファンタジー感ある装備に身を包ませている。
黒乃が被るキャスケット風の盛り上がった帽子の頂には二つの突起部分があり、それはまるで獣耳である。
動き易さを重視しながら防御力アップを狙った、薄い生地タイプの黒いロングコートには豊富な銀装飾が施され身を輝かせている。前を開けたままにしてあり、カーディガン風な着こなしをしている。
内側の生地には、小刀などの武器が引っ掛けられている。
少年のようにゲームを楽しむ幼さを、外見としてお洒落に昇華させたという鴉間がコーディネートしたものだった。
皐はどうやら猫耳風の帽子が気に入った様子で、パネルを見て最終確認を行いながらも黒乃の頭部をチラチラと盗み見していた。
その皐と二度ほど目が合うと、黒乃は異様な気恥ずかしさを感じていた。
「……おい」
「……似合うじゃないか」
「辞めろ! 男の猫耳帽子とか誰得だよって、僕が一番思ってるわ!」
「いや、俺は良いと思う」
「所持エン内で装備を揃えるにあたって費用対効果の高い装備の一つだったんだよ。恥ずかしいけど仕方ない」
睦美が見たら卒倒ものだろうと思ったが、皐は言わないでおいた。
「皐はいいよなぁ……熊のジョブより空手家のジョブがフューチャーされてる感じでさ」
「そうか」
皐の盛り上がった筋肉に、ぴったりと吸い付くような黒地のベストには赤い布がライン状に装飾され、やや中華風なエッセンスに仕上がっている。
同色の、ぼわりと膨らんだパンツを、腰元の長い毛皮のベルトで固定させ、その帯とも取れる巻物が唯一の熊感を出していた。
逞しい腕には、輝く赤色の手甲が指先を覆う形で装着され、肘までの長さのものだった。
正にファンタジー世界の武闘家という感じの装いは、これまた鴉間が皐の所持エン内で見立てた装備だった。
「分かってると思うけど手甲……外すなよ」
「…………そうか」
「長年の付き合いである僕じゃなくても、不服に思ってるのが一目瞭然だぞ」
「…………そうか」
「そうか、じゃねぇわ! 武器の域に達してるとか、今回ばかりは甘いことを言うなよ!」
「…………そうだな」
やっぱり我慢ならなさそうな皐だった。
それぞれ指先を動かし、ステータスパネルをタップし、展開させる──。
プレイヤーネーム:黒猫 レベル15
職業1:ソードマスター
職業2:黒猫
所持スキル一覧
攻撃スキル:ギロチン・ネイル アーマースラッシュ
補助スキル:爪砥
パッシブスキル:猫の瞳レベル2 猫の爪レベル2 四足歩行
装備:獣人帽(本当はキャスケット帽) 剣士の黒制服(本当はカーディガン) 剣士の黒パンツ(本当はデニムパンツ) 鋼の剣(本当はホウキ)
残りスキルポイント3
プレイヤーネーム:サツキグマ レベル16
職業1:ツキノワグマ
職業2:空手家
所持スキル:ベアスイングレベル3
補助スキル:なし
パッシブスキル:熊の爪レベル1 野生の食事レベル3
装備:モンクベスト(本当はTシャツ) モンクパンツ(本当はニッカポッカ) 百獣の帯(本当はベルト) 紅蓮の手甲(本当はアームウォーマー)
残りスキルポイント5
十分に初心者の域を脱した自身のステータス画面を目に入れ、次の所持品パネルをチェックし、全ての確認を終えた二人の目先には、同じ苦悩の想いが映っていた。
──足りない。これならばボスを倒せるという自信に到達する、その距離は遠い。
大きな不安を残しながら、午前二時を回った頃、二人は歩き始めた。
公園を背にして左へ、そして大通りに出て右へ──駅のビル沿いに街へ出る。
街は眠り、走る車の音が目立つ深夜帯。
二人は其処に無人に近しい静寂を期待したが、それは叶わなかった。
あちこちに青い文字を頭の上に浮かべる者たちが、遠巻きに複数見えている。
「クロが予測した通り、他プレイヤーがちらほら居るな」
「まぁそうだよねぇ……クリアを目論む者……クリアを目論む者を阻む者……異世界23区のプレイヤーにとっては深夜のほうが動きやすいだろうし、当然居るとは思ってたけどね」
他プレイヤーを幾人か目に入れながら、戦闘には発展することなく歩いていく。
「仕掛けては来ないな」
「……僕らの目的を探ってるんじゃないかな。僕らがボス戦に挑むと分かれば阻止しようとするか、漁夫の利を狙ってこようとするか……目的が分かるまでは向こうも迂闊に手を出してヤブヘビになりたくないんじゃないかな」
「……何にせよ……これでボスと警官、他プレイヤーの三勢力を相手にしなければならないのは確定か」
二人は目的地へと到達し、万世橋を背負って辺りを見回した。
近くに、遠くに、プレイヤーネームと魔物の赤と青の文字が入り混じって浮いている。
数々の脅威が目先一杯に広がり、そして背後の橋には、今はまだ姿は見えないがボスという脅威の存在も感じている。
二人は顔を合わせ、微笑みを飛ばし合う。
「……はぁ、やるか」
「そうだな」
「んじゃ、後でな」
「あぁ、死ぬなよクロ」
「皐もな」
言葉を交わして黒乃が地面に両手を着いた。
目を閉じ、今も病院で苦しむりんごの姿を浮かべた。
熱い血の巡りを感じ取り、熱を心に通わせ、頭を澄ます。
「……スゥウ────」
深呼吸をして、目を見開く。
「っふ!!」
地についた手足に力を込め、一気に放つ。
目に留めるには難しいほどのロケットスタート。
それは万世橋を背後に置いた、ボスという存在からは完全に逆走の爆走。
一匹の黒猫が電気街の大通りへ放たれ、ボスから瞬く間に遠のいていった。
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