4-3 先を見る黄色い瞳

 ①

 個室タイプの病室で、りんごは忙しなく表情を歪ませて、額に汗を滲ませながら眠っている。

 起きることはなく、深い眠りの底で苦しみと戦っている様子だった。

 横に椅子を持ってきた皐が、その様子を覗き込む。

 腕からは点滴のチューブが支柱まで伸び、その支柱の隣にある棚には淡い光りを放つ銅像が置かれていた。

 現代の医療機関に置かれるには違和感を放つ異世界23区のアイテム──、《不可侵の盾》だった。

 本日皐がゴブリンを倒すことで得たミッション報酬であり、一人のプレイヤーにつき二つまでしかもらえない、モンスターを出現させない為のアイテム。

 りんごが搬送されて直ぐに、皐が設置したものだった。


「……手の施しようがないそうだ」


 背に立つ黒乃にポツリと言った。


「…………うん」

「持って三週間、らしい」

「…………そっか」


 二人の話声は静かなものだった。

 深い悲しみが音量を抑えていたものの、やるべきことを見据えた──深い決意を腹に決めた静かさでもあった。


「それと……親御さんは仕事で忙しいらしく、明日来るそうだ」

「娘がこんな状況でもか……予想はしてたけど……胸糞悪い話だな」

「……そうだな」


 皐は視線を黒乃へと移し、まじまじと観察し始めた。

 泣くか喚くか、怒りを露わにするか──病院に訪れてからの黒乃を色々と想像していた皐だったが、現在の黒乃はどれにも当てはまる様子はない。


「な、なんだよ」

「……妙に落ち着いているな」

「……自分の立場を弁えただけだよ」

「そうか」

「救急車の中でモンスター出なかった?」

「道路上には出たが車内では出なかったな。車のスピードには着いて来れず大丈夫だった。病院にもモンスターが山ほど居たが銅像を置いたら居なくなった」

「悪いな、一個使わせちちゃってさ」

「何故クロが謝る」

「……僕の所為、だからだよ」


 皐はりんごをもう一度見る。

 変わらず苦しそうに、二人の会話で起きる気配もない。


「逆だ。クロは御伽を生かしたんだ」

「……ん?」

「御伽が言っていた。希望する職業に天使と書いたことを、クロが心底羨ましそうに褒めてくれたことで、初めて自分を肯定された気がしたと。

 クロがもし、そうやって御伽と友達にならなかったら……仮に異世界23区の世界で上手く立ち回っていたとして……生き延びていたとしても……あんなに天使のように笑うことはなかったんじゃないだろうか。それは……生きている、と……言えたのか」


 ──絶対に感謝しないから助けて。

 そう言って泣きじゃくった彼女に、『友達』をあげた。

 てっきりその友達立場である自分が、りんごを死へ追いやったとばかり思っていた。

 皐の見解は、黒乃の止まりかけていた時間の針を進めた。


「……流石、皐。男前だな」

「いや……クロは御伽に色々してやっている。何もしていないのは……俺だ」


 救われたように儚げな瞳を浮かべた黒乃と交代して、今度は皐に深い後悔の色が見える。

 自分自身の為に黒乃を追いゲームの世界へ入り込み、腕っぷしなら自信があると思いきやゲームのイロハを叩き込まれるばかりで、くノ一が襲撃してきても何も出来ず、皐はそんな自分を恥じていた。


「不甲斐ないのは……僕も皐も一緒か……」

「あぁ、やることは決まってるな」


 互いの心の底に隠していた決意の光は瞳に宿り、それを確かめ合うように顔を見合わせる。


「焦ってクリアする必要はない、なんて言ったけど予定変更だな」

「クリア、するんだな」

「うん……一週間でクリアするぞ」


 また友人が無茶を言い出すようだと、皐は鼻で笑って反応を返す。


「そうか………………いや、出来るのか?」

「医者が言ってた三週間ってあくまで予想だろ? 娘がこんなになっても即駆け付けない親父さんだ……もしかしたらとんでもなく冷酷な人で、自分の娘は助からないと分かった矢先に……費用を懸念して生命維持である点滴を取っ払うかもしれない。

 つまり急いだほうがいい……本当は明日にでもクリアしたい……けど色々準備も要るし……だから一週間」


 やはり必要な時しか無茶を言わない──その、らしい姿を取り戻して帰って来た友人に、皐は安堵して微笑みを返す。


「クロの予想では俺たちは、ほぼ死ぬ目算か?」

「まぁそうだね」


 ゲームという存在についてを皐は深く知らない。

 それでも、クリアが高難易度を誇ることを、人生そう甘くないということを皐も理解している素振りだった。


「何か作戦でもあるのか」

「残念ながら、何も。絶対無理だろうなって思ってる……具体的方法は今のところないけど、その割にクリアした後のことだけは浮かんでるよ」


 絶望的が過ぎる状況でも、慌てふためく様子もなく言葉を並べる。

 仲間と自分の死を恐れるものの、取り乱す必要はなかった。

 つい先刻──自分は人生を捨てて異世界へ来たのだと自覚し直したばかりだったからだったから。

 命すらも──ゲームが出来るなら構わないと投げ打って来たような奴なのだから。

 鴉間に、少し狂ってるよねと言われたような奴なのだから。


「悪いけど皐のクリア報酬もくれよ。僕が御伽さんの回復と、御伽さんのゲーム卒業を願う」

「なるほど。そして俺はクロのゲーム卒業と、俺のゲーム卒業、というわけか」

「正解。それで普通の日常生活に戻って……三人で友達やって……公園でたこ焼き食って……僕はサラリーマンになって……そしてやがて、コントローラーを巧みに操る老人になる」


 何とも気の抜けた夢を語るにしては、熱い瞳の黒乃だった。

 絶望的状況の中に身を置くにしては、輝く瞳の二人だった。


「俺は何をすればいい」

「放課後は全部狩りに充てるべきだろうね。レベル上げと金策」

「……今までとやってることは変わらないんじゃないか?」

「RPGの基礎だ。基礎の反復が必要なのは空手やスポーツだけの話じゃないんだよ」

「……ゲームにも基礎があるのか」

「勿論だよ。こういうアクション性の高いゲーム性であれば、相手の当たり判定、自分の当たり判定の把握。何発殴ればモンスターが死ぬのかという予測感覚から大体どのくらい戦っていれば相手を倒せるのかを予測する時間感覚。

 そして予測した時間から自分の保てる体力を引き算して、どのくらい危険があるのかという危機察知能力……それにモンスターの弱点部位の弱点属性の察知能力。

 全てを身体に馴染ませる必要がある。そしてそれら全ては雑魚戦の一回一回に集約されているんだ。その基礎を反復練習出来て、尚且つ経験値を貯められて、それでいてエンも貯まる。超効率的だろ?」


 皐は黒乃の熱弁に圧倒されている。

 なんだか、やれる気がしてくる。


「じゃあバイトは一週間休みをもらうか……」

「そうだな。放課後はいつもの公園で待ち合わせしよう」

「……一緒に帰ればいいのではないのか?」

「や、僕学校行かない」

「……一週間もか?」

「うん」

「何か特別な準備でもあるのか。手伝うぞ」

「あ、いや──家でゲームする」

「……それは……異世界23区の戦闘を家で行う、という意味か?」

「ううん、普通のテレビでやるやつ。据え置き型ハードのゲーム」

「……そ…………そうか」


 ──そんなことしてる場合なのか。

 そうは聞けないほど、それが当然のことであり必要であることのように黒乃の表情に曇りはない。

 学校を一週間もサボるという、あるまじき行為を宣言する黒乃には、最早正義すら感じられる。


「よし、行こう皐」

「あぁ」

「……あ、その前に」


 黒乃は徐に、学ランのから一本のサインペンを取り出し、キャップを引き抜いた。

 そしてそのまま眠っているりんごへ、小悪魔の笑みでにじり寄る。


「おいクロ」

「ん?」

「まさか……書く……のか?」

「友達が入院したら、落書きするのが相場だろうよ」

「いや、待て。御伽は女の子だぞ」

「いいんだよ! 御伽さんは、こういう友達らしい行事に喜ぶタイプだろ!」


 寝ているりんごの腕を引っ張り出す。

 パジャマの袖を捲り上げ、腕の肌を露出させる。

 今は痩せてしまった、やや骨が浮きながらも白く透明感漂うりんごの腕。

 其処へ──。

 ──友達なら、黙って救われろ。

 黒乃はそう書き終え、満足気にペンにキャップを被せた。


「フッフッフ……これで僕らが居ない間に、医者から病気のことを聞かされたとしても、僕たちのことを追って来ようとは思うまい」

「なるほどな。追って来たら友達ではない、という訳か」

「病気のことを聞かされて、それが背中の羽のせいだと気づいたら、きっと自分の病気のことなのに僕らだけ戦わせておいて、とか思いそうだもんね」

「しかし……腕に書くか?」

「普通は石膏とかだけど、別に骨折してないしね」

「紙に書き置きでも……」

「僕らの想像上の、冷酷なパパに処理されるかもしれないだろ」

「……まぁ……うん……そうか」

「──御伽さんは一週間後、元気な顔で、『もうお風呂入りません』とか言うんだよきっと」

「フッ……あぁ……言わせてみせるか」

「だな」


 敗色濃いボス戦へ冗談を交わし合いながら挑む様子を見せる。

 二人は怒涛のレベリングの日常に身を投じるのだった。

 



 ②

 秋葉原に建ち並ぶビルが、今日も我こそは、とその身を色とりどりに主張させ聖地の姿を見せつけている。

 サブカルチャーを好む黒乃にとっては、どのビルの前を通っても強い誘惑に駆られ、名残り惜しそうに走り去っていく姿が痛々しい。

 並走する皐にとって不可解だったのは、今日がまだりんごの病院に訪れた翌日のことであり、ボス戦まではあと六日の猶予もあるというのに、学校が終わったその足で秋葉原に連れて来られたことだった。

 走る二人の背後には、上半身は人間の女性のようだが、下半身は植物の蔓をウネウネと動かして走る、全身緑肌の魔物がくっついて来ている。


「クロ! どうして秋葉原だ!?」

「僕はたまに来てるから地理が分かるけど、皐は地形慣れしてないだろ! ボス戦に備えて地形把握しておくんだよ!」

「なるほどな! ところで、戦わないのか!?」

「人気のない場所まで引っ張って行ってからのほうがいいだろ!」


 女型の魔物の頭上には赤く、《アルウラネ》と書かれていた文字が浮いている。

 秋葉原の地理に不慣れな皐が、不用意にもアクティブタイプである魔物の攻撃範囲内に入ってしまっていた。

 年頃の二人には思わず目を背けてしまう、色気溢れる肉体はそのまま露わで、肌と同じく緑色の長い前髪だけが魔物の乳房を隠している。

 腰から下の二〇数本の蔦足を這わせて、瞳を赤黒く光らせて追って来ている。


 黒乃はビルの合間に細い道を見つけては入って行き、駅から遠ざかって人の気配が収まるまで走り続けた。

 電気街を都道の方角へ突っ切り、結局人の気配が無くなったのは神社へ続く階段の下だった。


「よし皐! この瞬間は誰も居ない!」

「やるか!」


 二人は足で急ブレーキを掛け、一気に反転。

 黒乃は地面に両手を突き、四つ足で移動を始める。途端、移動速度は爆発的に向上し、アルウラネの真横を通り過ぎて行った。

 合わせて皐が魔物の正面に向かって飛び出し、手に装着している革のグローブの黒革をきしませ、拳を固く握り込んだ。


「──ベアスイング!」


 皐の固有攻撃スキル──、《ベアスイング》はスキル名を唱えた後、ラリアット型攻撃を敵に命中させることで発動する。

 元のステータスに設定された攻撃力の二割増しほどのダメージを与えることができ、更にベアスイングレベル1状態では、命中させた相手を10メートル後方へ強制吹き飛ばし効果を持つ。

 ──ドン!

 と鈍く重い音が鳴ると同時に、魔物は蔦脚をコンクリート地面に踏ん張っていても10メートル後ろへ吹き飛ばされた。

 その終着地点へ辿り着く直前──夜闇に黄色い瞳が待ち構えていた。


「──ギロチン・ネイル!」


 爪型の光が魔物の頭上に浮かんだかと思いきや、瞬きする間も与えない速さで落下し、アルウラネの美麗な顔を叩き割りにいった。

 ──りんごが学校を欠席していた数日の間で仕上がった連携攻撃。

 皐の熊が爪を薙ぐようなラリアット技さえ入れてしまえば、黒乃の攻撃は不可避となる。

 見事に連携が決まりはしたものの、アルウラネのHPバーが赤色に変わったのは、四分の一ほどだった。


「っげ」


 今度は此方の番だと言わんばかりに、女型の魔物は緑色の両腕を黒乃へ伸ばす。

 2メートルほど離れていた魔物と黒乃との間に、魔物の身と同じ緑色に発光した魔法陣が、其処へ印鑑でも押したようにポンと出現した。


「魔法だ! どんなの使うんだろ!」

「楽しみにしてる場合か! 避けろクロ!」


 吹き飛ばした距離を詰めようと皐が駆け寄る中、魔物の詠唱は完了したらしい。

 魔法陣からは──茨が生い茂った太い蔦が五本、直線状に黒乃へ向かった。

 黒乃は即座に、手をコンクリ地面について、強く蹴って横へ飛んだ。

 暗がりが覆う路地裏で、黄色く光る猫目の真下──その頬に赤い口が開いて血がタラリと笑った。


「クロ!」

「掠っただけだよ!」

「違う! HPを見ろ!」


 視界中央にある自身のユーザーネームとHPバー。

 その残命量を示したものは、全てが青色だった状態から三分の一が赤色に変わっている。


「……え!? 掠っただけで!?」

「相当強い設定だぞ! 逃げるか!?」


 ──逃がさない。

 異世界23区の魔物は喋ることはないが、意思はハッキリと二人に伝わった。

 アルウラネは蔦を曲げて体勢を下げ、両手を地面に広げた。

 次の瞬間、黒乃の足元地面、黒乃の背後にある家屋の壁の二つに緑色の魔法陣が浮き上がった。


「魔法陣の遠隔操作! 高性能だな!」


 両腕両足の四つに力を一瞬で溜め込み、そして放つ。

 今度こそ鋭利な茨は黒乃に触れることはなかった──ものの。

 黒乃が攻撃を回避後、家屋の壁に張り付いて、そしてその壁を蹴り飛ばし、再び猫のように、ピョンと壁を蹴って道路上に帰って来た時、サラリーマンの男性が横切った。

 頭上に名前を示す青い文字はない。

 戦闘中に良識ある一般の方との遭遇は、倒すことの出来る魔物よりもある意味厄介だった。


「っう。出た異世界23区特有のハプニング!」

「……き、君今……壁に張り付いて……」


 ──新パッシブスキル、《四足歩行》を取得している為です。

 ──四つ足移動時のみ、爆発的に移動速度を上げることで、壁に飛びつきながら強固となった爪を引っかけることで瞬間的にのみ壁に貼り付けるのです──などと。

 そうスキルの詳細を説明したところで伝わる筈もない。


「あそこの高校生と特撮ごっこしてるだけですよ! 気にしないで下さい!」


 視線を会社員に取られた。


「クロ! しゃがめ!」


 皐の言葉を受け、何も考えないまま体を落とした。

 しゃがんだ黒乃の上を、茨だらけの蔓が豪速で通り過ぎて行き、会社員の顔すらも、突き刺さる筈だった家屋すらも通過して行った。

 こういった光景を見ることがなければ、単なる映像体ではなく現実に存在している魔物としか思えない。


 追いかけてきていた皐が腰を落とし、洗練されている綺麗な姿勢から肘を引き付けて足を振り上げた。

 サラリーマンの男には見えない何かに向けて蹴りをお見舞いしたように見えて、その実、緑色の綺麗な女型の顔を下から蹴り上げていた。

 魔物の頭上に表示されたHPが2センチほど減った。


「皐! 連打!」

「応っ!」


 顎が上がって隙だらけになった卑猥な身体と下半身の蔓へ、皐はフーと深く息を吸い込み腰を落とし、ビュッと正拳を突きだし、それを繰り返す。

 黒乃も四つ足でアルウラネの背後へ回り込むと、両爪を尖らせクロスさせ引っ掻いていく。


 各々が五、六発を叩き入れた頃、アルウラネの足──二〇の蔓がわなわなと波打つ。

 ──貴様らいい加減にしろ。

 勿論、言葉ではなく悪寒で二人はその怒気を掴み取った。


「クロ回避だ!」

「へいへい!」


 蔓が先を尖らして、アルウラネの周囲に咲く──直前二人は後方に飛んでいた。

 黒乃がチラりと辺りに目を配ると、会社員の姿はない。


「皐! 早く終わらせるぞ! 僕らを不審に思って警察呼びに行ったかも!」

「任せろ」


 皐は言ってズボンのポケットに手を突っ込み、そして即座に引き抜いた。

 その手には──肉まん。異世界23区のアイテムではない。

 アルウラネの足のムチを躱しながら、一個の肉まんを口に押し込んで一口で食べきった。

 途端に皐の身体中を細長い粒子が覆う。青白い水が滝昇っていくような美しい粒子が──皐の太眉を引き立たせた。

 肘を引き、腰を落とし、重さを増した皐の正拳が、魔物の卑猥な体と植物の境目である腹へ突き刺さった──。


「皐! ギロチンオッケー!」


 そう合図を出す黒乃は道路上に見当たらない。

 叫び声はどうやら皐の上から聞こえたようだった。

 長年の付き合いで、姿の見えない友人が何を求めているのかを察した。

 皐は魔物の懐に深く潜り込み、眼前に迫る緑色のおっぱいの魅力に怯むこともなく、

「ベアスイング!」

 下から魔物の腹に腕を引っかけて、アルウラネの身体を真上に吹っ飛ばした。


 垂直上昇し、落下するまでの間──真横の電信柱の頂上で猫のように座った黒乃にとって、その速度はあまりにも緩やかだった。

 黒乃は腕を開き、爪を尖らせて浮いた魔物へ飛び掛かる。

 狭い路地である立地を活かし──すれ違いざまに引っ掻いては対面の壁に張り付き、また飛び出しては引っ掻いて対面に四つ足でかじりつく。

 ──ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!!

 四往復して引っ掻いた頃、魔物の背が地上へ叩きつけられる直前。


「ギロチン・ネイル!」


 重い金属音が鳴る──そしてようやく。

 空中から落下した斬撃は緑色の頭と胴体を切り離した。

 魔物が頭に付けていた花飾りと、とても単なる映像とは思えないしっかりとした重みのある硬貨──エンが道路上に転がり落ちた。

 そして激しい勢いのファンファーレが頭の中で鳴り響き、何処からともなく現れた紙吹雪が頭上で舞った──レベルアップの演出だった。


「……ハァッ……ハァッ……」

「クロ、逃げるぞ。警察が来るならもうすぐだろう」

「……ハァッ……ハァッ……はいはい……うー……肺が痛い……」

「クロ……空手でも始めれば体力がもう少──」

「ボク、ウンドウ、キライ」

「……そうか」


 二人は夜の秋葉原に再び駆け出していった。


「クロ、これを繰り返すと、その内補導されるぞ!」

「でもやるんだよ!」

「もし補導されて、交番に連れて行かれて、交番でモンスターとエンカウントしたらどうする!」


 答えは明白。

 死ぬのが嫌であれば、警官にとっては見えない何かを相手に暴れているように見られてしまうことを承知で戦うしかない。

 その場合、幻覚症状を疑われて、より高度な警察組織へ搬送されるだろう。

 その狭い牢獄の中でモンスターがポップすれば。

 異世界23区のプレイヤーにとって補導や職務質問は、イコール死だった。


「アハハ! 皐……ゲーム展開が読めるように……先読み能力が身について来たんじゃないか!?」

「……そうかもな!」

「だがまだちょっと甘いな! 死んでしまうことは怖いけど、今、命を慎重に扱い過ぎて、得るべき経験値を得られないのはボス戦を失敗に終わる確率を上げてしまう!

 失敗はそのまま御伽さんのバッドエンドだ! 今は無茶する時なんだよ!」


 だから攻撃が頬を掠めただけでHPの三分の一を持っていってしまうような強敵でも退いてはいけない。


「本当は……とっくの昔に決まってたんだ! 選択肢は元々一つだった! 僕があの日……公園で御伽さんに声を掛けた時から、僕が無茶しなきゃならないことは決まってたんだよ!」


 皐のように格闘技を習っているわけでもない。それどころか何かの脅威に負けないように身体を鍛え、備えているわけでもない。

 そんな非力な友人が、自分に見えていなかった正解を見定めている。


「だから悪いけど、皐も死ねよ!」


 ──そして導いている。

 お互いの間に在る友情の光が照らす正解を、見定めている。


「フッ……」

「何笑ってんだよ」

「……クロは凄いな」

「辞めろ! 今直ぐその真っ直ぐな瞳を引っ込めろ!」


 二人はビル街の合間で魔物との遭遇と討伐を繰り返した。

 それでも求める強さには遠く及ばないまま、余りにも早い感度で数日が過ぎていった。

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