3-4 渋谷のくノ一

 ①

 円山公園。

 黒乃と皐の家の中間地点にある公園。

 ブランコと鉄棒、簡易な滑り台と砂場、幾つかの木のベンチがあるだけの簡素な公園に三人は居た。

 リアルマネーを出し合って買ったたこ焼きを、ベンチに座って三人で分け合っていた。

 食事行動により発動してしまうスキル、《野生の食事》によって皐は身を輝かせる横で、黒乃は鴉間から購入した短刀を不満げに上に放って取ってを繰り返している。


「いいじゃないか短刀」

「正式名、ショートダガーな! それは別に良い! 実際が折り畳み傘だってところが嫌なんだ!」

「そうか」

「しかも傘として機能しちゃいけないからって、折り畳み傘なのに広げられないように溶接されてるんだ。晴れの日に傘持って歩いてるだけでもおかしいのに、雨の日になって広げない傘を持ってるなんてもっとおかしいよ」

「そうだな」


 皐とりんごと変わらない所持金では、黒乃のゲーム愛をくすぐるような立派な片手剣は手が届かなかったのだった。


「この公園……モンスターが出現しないんですね」

「不可侵の盾があるからね」


 ──半径500メートル以内に家があるということかと、りんごは自分が引っ越してきた場所から、黒乃の家もまた近くであることに気づいた。


「なるほどです」

「よし、たこ焼き食べたらスキルの相談に入ろう」

「スキル……ですか?」

「そう、今日の三つ目の目的。スキルの割り振りだ」


 黒乃は目先の空間へ指を伸ばす。どうやら、《スキルボード》の画面を展開させたらしい。

 説明会後と本日の戦闘を合わせて黒乃のレベルは4に上がっていた。所持スキルポイントは3。


「好きに使っても良いとは思うんだけど、僕らは他のプレイヤーに恵まれている点が一つある」

「なんでしょう?」

「友達が居るってことさ」

「と……友達!」


 りんごは少し泣きそうだった。


「現実世界と同じく、MMOやソーシャルゲーにおいてフレンドの存在っていうのは計り知れない。ゲームによってはキャラがレンタル出来たり、オートで戦闘に参加してくれたり、恩恵はゲームによって様々だ」


 ──現実世界と同じく。

 そう始まった黒乃の説明は、黒乃が現実世界においても友人の価値は重いものであると思ってくれているのかと思うと、皐も少し泣きそうだった。


「僕らは運の良いことにチームで動ける。これはかなりデカい。

 例えばだけど皐をタンク役に徹しさせて、僕が暗殺系に特化するとか、そういう連携が取れるってことになる」

「タンクとはなんだ」

「引き付け役だね。盾って意味だ」

「なるほど。俺が引き付けて、クロが背後から攻撃、みたいなことか」

「そういうこと。しかも僕らには立派な砲台役まで居る」

「私ですか!?」

「そう。皐が引き付けて、背後には僕、遠くから御伽さん。三方面から狙われる敵はたまったもんじゃない」

「猫町君って頭良いんですねぇ……」

「褒めてもらって嬉しいけど、これはゲーマーなら誰もが思いつく程度のことなんだ。実際はそんな簡単にいかないことが多いし、基礎的である陣形な分、FPS系のゲームや攻城戦があるタイプのMMOに慣れてる人間には対策も取られやすい。

 けれど三人で話し合って、どんなスキルをそれぞれが入手するのかを決めておくくらいはしておいたほうがいいかなって思ってさ」


 それぞれに定められたスキルは、その全てが入手可能かどうかは現段階では謎。

 ゲームによっては、元々全ては入手できないように組まれていることもある。

 恐らくはクリアするまでの間、入手できるスキル種類には限りがあり、そのどれを取得するかで今後の戦闘模様が大きく変わってくることを、黒乃は付け加えて説明した。


「で、僕から提案。御伽さんのスキルを一つ指定したい」

「え、私が覚えられるスキルって猫町君から見えてるんですか?」

「ううん、ゲーム経験者の勘」

「おぉ……凄いです」

「回復手が欲しいんだ。御伽さんの天使っていう職業なら回復スキル使えそうじゃない?」

「あ、ありますよ回復!」

「やっぱり」


 褒められた子供のように嬉しそうに、りんごは忙しく指を自身の目の前で動かす。

 人の役に立てそうであることが、心から嬉しい様子だった。


「これ──《慈愛の唇キュア・キス》っていうスキル……これ取得しますね?」

「……え? キス? ちょ、ちょっと待っ──」

「えいっ」


 止められる筈もなかった。彼女は一刻も早く人の役に──友達の役に立ちたいのだ。

 良い子で在りたいのだ。

 黒乃が慌てて止めに入ったがそれは少し遅く、彼女の人差し指は既に、スキルポイントを割り振り、その最終決定ボタンを押してしまっていた。


「え……ま、まずかったですか?」

「あ、いや……えっと……」


 黒乃は頬を染めながら、スキル使用方法についてを訪ねる。

 スキルの使用には──スキル名の呼応、及び相当のモーションが必要となる。

 唇──キス、と技名に入っているのだから、どんなモーションが必要なのかは黒乃にとっては容易に想像できた。


「読みます! えっと……スキル名を唱えた後、対象の負傷箇所に……口づけ……を……」


 読みながらりんごも悟った様子で、顔が真っ赤に染まる。

 皐だけが無表情に腕を組みながら淡々と聞いている。


「御伽さん……スキルの消去って……」

「最終画面が展開された時に、取得後の取消はできないと書かれてました……」

「そ……そっか……」

「は、はい……」


 赤くなりながら見つめ合う二人の頭の中に、どんな想像が巡らされているのかは、二人にしかわからないことだった。


「ふむ。口同士じゃなくてよかったな御伽」

「は……あはは! あはははは! そうですね!」

「そうだな皐! 良いこと言うなぁ! ハハハハ!!」


 黒乃とりんごは二人して、皐の出した現実逃避のパスに乗っかった。

 そして今しかないという勢いで、黒乃は次の議題へ移った。


「コホン、まぁ御伽さんの残りのスキルポイントは自由に使ってよ」

「いいんですか?」

「何もかも自分で決められないのはつまらないでしょ? MMOの醍醐味はどんな個性を形成していくかってところだったりもするんだ。

 この先自分がどんなキャラになっていって……どんなエフェクトを放つ魔法を手にして、どんな姿に変わって……それが全部自分で決められるなんて物凄く興奮的じゃん?」


 成りたい者に成れる、在りたいように在れる──その感覚はゲーマーではないりんごにも深く刺さっていた。

 りんごは残りの2ポイントを、どのスキルに割り振るのかを瞬時に決めた。


「僕らどうするよ」

「ふむ。話を聞く感じだと俺は防御力を上げれるものがいいんじゃないか?」

「それアリだなぁ。僕はスピードかな」

「猫だしな」

「でも攻撃スキルかサポートスキルも取得しておきたいしなぁ」

「攻撃は既にギロチンがあるだろう」

「他にも数種類欲しいよ。多種持っていることで一つのスキルの再使用時間が短く感じるし」

「なるほど……悩むな」

「うーん……」


 あーだこーだと、黒乃と皐が言い合っている間に、りんごはひっそりとスキルポイントの割り振りを終えていた。

 元より持ち合わせていた──《天使の羽》のパッシブスキルを一段階上のレベルに引き上げていた。

 効果は単にステータスの引き上げだったが、それは同時に矢と回復のスキル威力も底上げされている。

 服の中で眠っている羽量が大幅に増えたことを、りんごは背中の感触で感じ取る。

 きっと、矢を放ったら前よりも大きく翼が広がる。

 ──また、猫の男の子は綺麗だと言ってくれるのだろうか。

 込み上げる笑みを抑え込んで、りんごは次にスキルを使用する時を待ち遠しく感じていた。

 視線をパネルから外し、二人に戻してはみるものの、未だ二人はうんうんと唸りをあげている。


「ど、どうですか?」

「決まらないなぁ……取消出来ないって思うと悩む!」

「うむ……」


 時刻は既に夜。街灯と頭上に光る青い文字が、僅かばかりの灯り。

 二人が夜の闇の中で唸っている間、りんごはその様子を見守るように眺め、暇を感じては目線を公園のあちらこちらへ泳がせていた。

 ──だから気付けた。

 青い光を放つ文字が、ふよふよと浮き、そして近づいて来ることに気づいた。


「ね、ねね猫町君! 熊杉君!」

「どしたの?」

「──他プレイヤーが来ます!」


 りんごが指し示す方角へ一斉に振り向く。

《小町》と書かれていることが、既に肉眼で捉えられる距離にまで近づいて来ている。


「──見つかっちゃった」


 静かなる夜の公園の──暗闇空間に丁寧に置くように放たれた声色は、艶やかな女性のものだった。

 


 ②

 額当てと口を覆う布により、見えている顔は瞳部分のみ。

 黒の装束が黄金比スタイルの身体を包み、艶めかしい色気が零れて伝わる。

 零させているのは豊満に飛び出た胸元部分だった。

 両手に一本づつ、クナイが握られている。


「話し合いは!?」


 状況を察して黒乃が咄嗟に声を飛ばした。

 小町の文字を頭上に浮かべた彼女は完全に無視で、姿勢を低くして三人の元へ走ってくる。

 夜闇も相まって、常人の目では黒い影を捉えることだけで精一杯のスピード。


 迫ってくる文字を頼りに、男二人でりんごの壁になって迎え撃つ。

 小町は何ら構わない様子で三人の元へ突っ込んで来るなり、クナイの先端を皐へ向けた。

 その動作を目で追えていたのは、《猫の瞳》を持つ黒乃だけだった。


 黒乃は、隣に立つ皐の肩を殴るようにして、皐をやや突き飛ばし、クナイ突きを空振らせる。

 小町は攻撃が空振りに終わったことが分かるや否や、バク転で即座に距離を空けた。

 容姿、動き共に──忍者のようだった。


「いきなり攻撃かよ!」

「他プレイヤーを見たら、普通そうするでしょう?」

「此処は法治国家だぞ! 何処の国の普通だよ!」

「フフ……異世界23区っていう、狂気じみた世界の普通よ!」


 小町は再び駆け出す──今度は三人の周囲を円形に走り回る。


「クロ、すまん」

「礼を言ってる場合か!」

「違う、そうじゃない……」

「え?」

「速すぎるのと……夜ということもあって文字しか見えん」

「…………おっけー任せろ」


 言って黒乃は、手前の暗闇に指を伸ばし、忙しく動かし始める。

 走り回る小町が次に標的にしたのは黒乃だった。

 恐らくは最初の一撃で、黒猫の文字を浮かべる学生らしき男の子には、どうやら自分の豪速な攻撃は、全てではないにしろ何となくは見えているらしい。

 ──先ず始末するべきなのは、黒猫。

 暗闇の隙間に針をそっと通すように、直線状にクナイが放られた。


「──見えるよ」


 言って黒乃は、真横から自分の顔に迫ったクナイの柄を握り取った。

 その黒乃の瞳の黒目部分──瞳孔は、縦長に広がり、白目部分は黄色く変色した。

 まるで──猫のようだった。


「っち」


 舌打ちが夜闇の中から聞こえた。


「ね、猫町君! 目が猫さんみたいになってます!」

「え? ホント?」

「クロ……本当だぞ……」

「僕も最初の一撃は何となくしか見えなかったんだ。だから急いで、《猫の瞳》のパッシブに割り振って一段階引き上げた。お陰でハッキリ見えるけど……見た目も変わるのか」


 暗闇の中で、猫目の黄色い瞳がギョロギョロと動く。

 小町の文字と本体を追っている。

 彼女の身体は意図的に距離を空け、助走をつけて黒乃へ真っ直ぐと走り込んできた。

 その分スピードも速いが、レベルを引き上げた黒乃の猫目はしっかりと、その動きを捉えていた。


 先ず最初に飛び込んできたのがクナイ。

 払いのけたと同時に彼女の頭が既に、自分の腹へと迫っている。

 ──豪速からの頭突き。

 黒乃が横にズレて躱すタイミングに合わせて、彼女は身体を捻って、逃げた黒乃目掛けて回転蹴り──。


「──毒舌どくぜつ!」


 街灯の下で、そう叫んだ彼女の蹴りをも、黒乃は受け止めていた。

 HPの減り具合は僅かだった為に、このゲームは防御も有効なのだと黒乃が判断した時、同時に──皐の脚にクナイが当たってコロンと地面へ落ちた。


 彼女は回転蹴りをするのと同時に、新しく取り出したクナイの先端を、ペロリと舌先で舐め、そのクナイを握った右手を背中へ回してノールックパスとバックパスの要領で、皐に三本目のクナイを飛ばしていた。

 最初から二本のクナイを見せびらかし、手持ちのクナイは全て投げてしまったと思わせておき、更には自分が回転蹴りを行って黒乃の視界を丸ごと防ぐ壁となり、皐に一杯食わせた。

 

「皐!」

「痛くない。意外となんともないぞ」

「──フフっ」


 その時、三人が見る小町の名前の色が赤色に変わった。

 どうやら戦う相手がモンスターではなくプレイヤーでも、交戦状態になれば互いに見える名前は赤く変わる仕様のようだ。

 皐のHPはミリ単位でしか減っていない。

 不適に笑って小町は三人から距離を離す。


「これで一人死んだわね」

「何?」

「別に今此処で殺すつもりはないの。だって幾らクナイの実態が、30㎝定規だとしても……それが身体に当たっていて、凶器らしい形で公園に落ちていたらきっと警察は指紋を採取するでしょう?」

「……おい……何の話をしてるんだ?」

「今度会ったら、もう一人殺してあげるわ」


 口元を覆う布でハッキリとは見えないが、厭らしく笑ったことをハッキリと三人に悟らせ──じゃあね、と言って彼女は消えていった。

 瞬く間に文字は小さくなっていき、そして消えた。


「……な、何だったんだ?」


 困惑する黒乃の隣で、皐がその場に倒れ込んだ。

 座るという具合のものではなく、地面へ完全に横たわり呼吸は荒々しい。


「え!? どうした皐!」

「わからん……気持ち悪い……」

「猫町君! 熊杉君のHP見て下さい!」


 言われて見てみても、減少量を示す赤色は極僅か。

 極僅かだが──少しづつ減っていっているように見える。


「毒……毒だ……ステータス異常だ!」


 視界左にパーティーメンバー欄が並び、《サツキグマ》の名前の横には緑色の水疱マークが浮いている。

 ステータス異常を示すもののようだった。

 小町と頭上でのみ名乗りを見せていた女が言った、「毒舌どくぜつ」とは回転蹴りの技ではなく、そのまま毒を与える攻撃だったようだ。


「ど、ど、どどどどうしましょう!?」

「毒消し……」


 異世界23区という世界においての、毒の威力を黒乃は実感する。

 自分の身体を使うゲーム性の中で、身体を動かしづらくなるステータス異常を喰うのは致命的。

 段々と減るHPは、死亡するまでのタイムリミットと同意義であり、死がゆっくりと迫って来る精神的圧迫は通常のゲームの比ではない。

 テレビゲームで感じる毒とは、全く体感恐怖の度合が違い過ぎる。

 他のゲームのように時間で治るものなのか、それまで放置しておいていいのだろうか。

 謎ばかりの現状では、安易に考えることができなかった。

 死が、近づいて来る。

 早く行動を起こさなければ、このまま皐は公園で命を落とすことになるかもしれない。


「皐! 歩け!」


 黒乃は時々、無茶を言う。その無茶は、必要な時しか言わない。


「……どうすれば……いい……」

「今家にむっちゃんは居るか!」

「妹は……この時間は……道場だ……」

「よし、頑張って家まで歩け! もしかしたらさっきの忍者は戻って来るつもりかもしれないから移動はしたほうがいい! 家までは不可侵の盾の範囲内だからモンスターとはエンカウントはしない筈だ! 

 御伽さんは申し訳ないけど肩を貸してやって、もし途中でHPがヤバくなったらキュアをお願い!」

「は、はい!」


 黒乃は急いで視界内に指を伸ばし、先ほど買った薬草を皐へ授けた。



「クロは……」

「毒消しなんていう定番の道具、鴉間のところで売ってないわけがない! でもエンは僕も御伽さんも使い果たしてるし、唯一30エン余ってる皐を店まで引っ張っていくわけにはいかない! 今から僕がモンスターを乱獲して、それから毒消しを買って皐の家に行く!」


 黒乃は夜の渋谷へ走り出した。

 泣きながらゴブリンを薙ぎ倒し、寄って来るアクティブには回避せよと自分で言ったにも関わらず立ち向かった。一心不乱に鬼と化した。


 渋谷という街は中々に眠らない。むしろ夜こそが人口密度は高い。

 見えない何かに向かって泣きながら暴れまわっている少年が、道行く人々に目撃されていたのだった。

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