2-5 黒猫乱舞

 ①

 ──人の涙は毒というステータス異常を引き起こす。

 涙そのものに触れていない癖に、涙を流す人の心には触れてしまった気がして、そこから感染する。

 りんごの悲しみが、精神的苦痛が、伝わってきてしまう。


 手の指で、手の甲で、手の腹で、手首で──忙しくひっくり返して涙を掬う。

 鼻水だって可愛いらしい小鼻から止めどなく流れ出ている。

 何がそれほどに悲しいのか、明確な理由は見当もつかない癖に。

 それなのに溢れて止まらない涙の量からは、どれだけ辛かったのかということだけは分かってしまう。


 ──だから嫌だったんだ、人と関わるのは。

 根本的に救ってあげられるかどうかもわからない。いや、人の悲しみなどは救ってあげられないことのほうが圧倒的に多い。

 その時痛感するのだ。自分が無力であることを、相手を救ってあげられないことを。

 断崖に片手一つでぶら下がっている人に、何もしてあげられないまま落ちていく様を見てしまったような──そんなやり場のない無力さを痛感するのだ。


 しかし助けてと言われて、「わかった」と一度は言ってしまったのだ。

 最後まで責任を持つしかない。

 途中で投げ出せば、もっと劣悪な自己嫌悪と取返しようのない罪悪感を装備することになる。

 それが嫌なら、彼女とこの戦場から無事生還し、彼女の気が済むまで話とやらを聞くしかないのだ。


「ヘイ、リリー」


 黒乃は姿のない、頭の中でのみ喋る存在に語り掛ける。


『──用件をどうぞ』

「パーティーの勧誘ってできる?」

『勧誘するユーザーを検索します。対象のユーザーネームを口頭でお伝え下さい』

「御伽りんご」

『検索、申請を完了致しました』


 りんごの視界右上に、「!」のマークが浮き出る。


「御伽さん、何かそっちに表示行ってない?」

「き、きでまず……」

「やっぱりパーティーシステムはあるんだね」


 りんごは涙と鼻水で滴った指先を、目の前の空間へ伸ばす。

 次の瞬間、お互いに見えるユーザーネームの文字色がピンク色に変わった。

 恐らく、パーティー関係を示す為の仕様だろう。

 加えてお互いの残HPも左に表示される。

 りんごは既に、半分もの量を赤色へ変えてしまっていた。

 これ以上ダメージを負えば、りんごは本当の意味で死んでしまう。


「やっぱり御伽さんのHPも見れるね。これで管理できる」

「っひ……うっ……ぅう……」

「……御伽さん、泣くの辞め。僕が病んじゃうよ」

「あ、う、ご、ごめんなざい……」


 必死に涙を止め、指やセーラー服の袖でぐしゃぐしゃと拭き取っている。

 鼻水がびよーんと伸びる。


「鼻水が凄い」

「ぅうう……」

「ハハハ……御伽さん、住んでるのは渋谷?」

「ふぁ、ふぁい……」


 ゴブリンには空気を読むことなどはできない。

 所構わず突っ込んで来る──場所と時間を選ばず、モンスターに襲われる。

 そういう世界に来たのだ。

 それが寝ている時でも、食事を取っている時でも、泣きじゃくる女の子をなだめている時でも、奴らにプレイヤーの都合は関係ない。

 座り込むりんごの頭をかじろうと、ゴブリンは口を先にして飛び込んできた。


「──ギロチン・ネイル!」

 

 奴らの歯がりんごの頭部へ届く手前で、魔物の首が胴体から切り離された。


「ふぅ……僕も渋谷なんだ。一緒に帰ろうよ。電車の中で話聞かせてよ」


 言われてりんごは、目全体を歪めて顔を強張らせている。

 ──泣くのを堪えている。


「え、今泣くポイントあったかな?」

「……い、い一緒に帰ろうって……言ってもらえたのは……は、はは初めてでして……」


 小刻みにぷるぷると震えながら、彼女は必至な様子で奥歯を噛んでいる。

 涙するのを堪えている。

 華憐であり清楚な彼女は今や、小鬼の形相である。


「はは……何か公園で会った時と随分人が違うね」

「ぅう……す、すいません……人との接し方がよくわからなくて……話しかけてもらっても、何を喋っていいのかわからなかったんです……」


 何を言っても──そうですね、と上品に返していた相槌のことだろう。

 てっきり人と距離を置く為のソレだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 ただ一緒に帰るという行為に涙できるほど、人を欲していながら、どう手を伸ばしていいかわからなかったようだ。

 ──助けて。

 そう言った彼女が求めたものは命よりも──もっと命らしく感じるものなのだろう。

 その素直さは、綺麗だと思って心を奪われた羽よりも、もっと尊いもののように黒乃の目に映った。

 


 ②

「……なるほどね。それじゃあ帰るとしますか」

「は、はい! お願いします!」

「急ごう。人が減って来てる」


 りんごは立ち上がりスカートの汚れを払い、辺りを見渡す。

 黒乃の言う通り、バタバタと逃げ回ったり戦ったりしている人々は段々と減り始めていた。


「イベントスペースを背にして正面の狭くなってる路地を通り抜けると出口がある。鴉間はそこから出て行ったしね。近くの出口は他にも複数あるらしいんだけど、行った人が戻ってきたのを見てた。多分、一番遠い出口……東京ドームのほうに行かないと出れないんだと思う」

「そこなら私入ってきたところなので分かります!」

「よし、急ごう。人が減って来ててもゴブリンは減ってない……その分、狙われやすくなってる」


 三匹、五匹、七匹──続々と二人の周囲を囲むようにゴブリンが現れる。


「御伽さん、持ってるスキル簡単に教えて!」

「は、はい! えっと矢を撃てます!」

「もしかして他にもう一つないかな? 僕は反射神経や動体視力が向上したんだけど、多分これも選んだ職業に関係していることだと思う! 御伽さん、そういうの何かない!?」


 黒乃は話しながら前方へ駆け出していき、一匹のゴブリンをギロチンで断首する。

 集中力を瞳に集め、しかとゴブリンが繰り出す爪や牙などの攻撃を見る。

 その集中で奴らの攻撃は緩やかなものとして映る。

 とはいえ黒乃は別に喧嘩に明け暮れたわけでも、友人のように空手を嗜んでいるわけでもない。

 繰り出される攻撃を躱そうとしゃがみ、体勢を崩して尻餅をつき、不格好な形での回避を行い、そのまま這ってりんごの近くへ帰って来る。


「あ、あの……身体変化についてのことですけど……分かりづらいことなのですが……」

「うん?」

「物覚えが……よくなりました」

「……へ?」

「私、暗記とか苦手だったんですけど……最低でも二回見れば覚えられるようになりました……」


 それが異世界23区のスキルによる影響なのかどうかは定かではない。

 黒乃のゲーム脳が、りんごの簡易ステータスが浮かびあがらせていた。

 

 御伽りんご レベル1

 職業:天使ともう一つは謎

 攻撃用スキル: 断罪の矢コンディクション

 身体外見変化:背中に羽が生える

 身体能力変化:学習能力?

 

 ──といったところだろう。


「今使えそうなスキルではないか……」


 黒乃は体勢を立て直すなり、再び手近なゴブリンへ突っ込んでいき、へっぴり腰のパンチを入れていく。

 ただ当てるだけでも、頭の中に眠る異世界23区データがそれを攻撃だと判断してくれればダメージは入る。格好悪いパンチでも構わない。

 黒乃は集中を研ぎ澄ました目で隙を見出し、自分の中での最高速連打を叩き込んでいく。

 一匹、また一匹と丁寧にゴブリンを光の胞子へと変えていく。

 怖がりながら、腰の入らないパンチを繰り出し、危険が迫れば敏感に反応して身を後退させ、その様子は中々にお粗末なものだった。


「御伽さん! 一つの方向に固定してゴブリンに矢を撃って!」

「はい!」


 二人を取り囲むゴブリンの量は二〇を越え、前進が難しい状況となる。

 帰ろうと言ったものの、未だ説明会会場であったメリーゴーランド横から動き出せない。

 そんな状況を打破しようと、進行方向に居るゴブリンの排除をりんごの矢が行い、二人に近寄るゴブリンを黒乃が端から叩く。

 りんごを砲台として、それを守る為に黒乃がりんごの周囲を飛び回る形となる。

 ゴブリンの数が減り、無理やりでも前方へ駆け出していける機会を二人は待った。


「ね、猫町君は運動や喧嘩が得意なのですね!」

「え!? いやむしろ真逆だよ! 引きこもり体質のヒョロもやし小僧だよ!」

「でも次から次にゴブリンをやっつけて凄いです! もしかしてそれも職業の影響ですか!?」

「や……多分それはあれだ。運動ゲーム神経だ」

「な、何でしょうかそれは!」

「僕は運動が嫌いだし苦手! でも、今の状況に近いゲームに置き換えて考えると、何だか頭の中でコントローラーを握った僕が僕の身体を操作してくれるような感覚になって、どう動けばいいのか何となくわかるようになる。それを向上した動体視力と掛け合わせてるだけ!」


 簡単そうに言ったが、りんごには全くピンと来ないものだった。

 周囲を取り囲むゴブリンが恐怖で仕方ない。

 怯えながらりんごは一方向に向かってハートの矢を放ち、スキル再使用時間を満たせば再装填し、一生懸命に繰り返す。


「御伽さん、ゲームとかしないの?」

「は、はい! やったことないです!」

「やっぱり! 不思議だったんだ! 普段ゲームしないのに、どうして異世界23区をプレイしようと思ったの!?」


 ──助けを請う彼女の真意を理解する為には、多少彼女についてを聞きださなければならない。

 内情を探れば探るほど、彼女との距離は近づいてしまう──関わり合いを深めてしまう。

 黒乃の孤立を望む性格からすれば不本意なことではあったが、それでも明日に後悔を残さない為には聞くしかなかった。


 このゲームは、発表前時点では高完成度かつ革新的な、単なるゲームの印象が持たれていて、その内容はゲーマーの興奮を煽るものだった。

 まさか自分の命を懸けてプレイするゲームだとは、誰も思っていなかった。

 その危険性を唯一示唆していたのは手続き書くらいのもの。

 御伽りんごが人生の全てを投げ捨てられるかどうかの問いに、イエスと答えるほどの酔狂なゲーマーには、黒乃には思えなかった。


「──異世界に転移されるって広告を見たんです」


 プレイしたものは異世界に転移される──発売前時点では、それはゲームを魅力的に見せるだけの売り文句だった。本気に捉えた者はいなかった。


「えっと……異世界系に興味が?」

「別の世界に興味があったわけじゃなかったんです……現実から逃げられれば……どこでもよかったんだと思います……」


 現実世界から逃れたいと思っていたなら、人生を捨てられるか否かの問いに肯定を示したのも頷ける。

 りんごは寂しそうに話しをしながら矢を装填し、そして断罪の矢コンディクションとスキルを大声で呼び出して、放つ。

 黒乃も負けじと、手近なゴブリンから殴りつけては走っていく。

 りんごの周りを走り回り、時には体勢を崩して咄嗟に手を突いたりと、慣れない様子で走り回っている。


「す、すいません暗い話で!」

「いや? 聞いたの僕だけど!?」

「そ、そうですけど!」

「現実が嫌になるほど……自分の生活に興味がなくなるほど、何か悲しいことがあったってことだよね!?」


 りんごは黒乃の顔色を伺いたかった。しかし黒乃が忙しなく飛び回っている為に、その表情がどんなものかはわからない。

 もしかしたら、気を遣ってくれているだけで、本当は自分の陰鬱な話に嫌な顔をしているかもしれない。


「そう……です……」

「え!? ごめん聞こえなかった!」

「あ、すすすいません! そうですって言いました!」

「死ぬのは怖い! けど生きていたいと思い続けることもできない! ってところかな!?」

「え……」

 

 まるでりんごの味わってきた感情を知っているかのような口ぶりだった。

 取り囲むゴブリンの量は増えもしないが減りもしない。

 いつ前進できるのかはわからない。

 りんごが聞きたいと思っていることを聞ける状況にはない──話を続けられるような状況にはない。


「だったら……異世界なんて嘘かもしれないけど、別の世界へ連れ去ってくれるならそれが一番良いと思ったってことかな!?」


 しかし、自分の周りを走る男の子からの言葉は止まない。


「ね、猫町君! 今は話してる場合じゃ!」

「あ、多分大丈夫!」

「……え?」

「何か……慣れてきた! かも!」


 ゴブリンに三~四連打を叩き込み、即座に周囲を見渡しては、りんごに近づいているゴブリン目掛けて走っていき、そしてまた四連打。

 途中途中で躓いたり、足がもつれたりするが、手を突いて転ぶのを回避し、その反動で体勢を立て直しゴブリンへ突っ込んでいく。

 瞬間的に四つ足で飛び出していく──猫のような時もあった。

 その獣のような動きは、黒乃に段々と馴染んできている様子だった。


「戦いながら話もするってさ! それもまたオンラインゲームの醍醐味っぽくね何かいいよね!」


 一体どんな顔で自分の話を聞いているのかと心配していたりんごだった。

 前方に居た黒乃が後方へ走る為に、すれ違いの形になった時、黒乃の顔が一瞬見えた。

 ──ダッシュで飛ぶ汗を、メリーゴーランドの灯りが照らし、生き生きとした笑顔を輝かせていた。

 同級生である高校一年生というより、幼い男の子のようだった。

 その楽し気な顔を見ると、自分の話を嫌がっているかもしれないという、りんごの懸念は吹き飛び、途端に抑え込んでいた感情が噴き出してくる。

 閉じ込めていた鬱憤の蓋が緩む。

 彼なら、黒乃なら話しを聞いてくれるのではないかと、希望が溢れてくる。


「わた……私……ずっと母が怖かったんです……!」

「厳しい、じゃなくて怖いの!?」

「はい! 母は……私の写真を家に沢山ストックしています!」


 断罪の矢コンディクション──と、りんごは叫びの合間にスキル名を挟む。


「……ん!? 写真飾らずに取っといてあるってこと!?」

「はい! 私が何か悪いことをする度に、写真を取り出して、目の前でハサミを入れます!」

「……え、いや怖っ!」

「それで切り終わった後に……、『これで悪い子の貴方は死んだわね』って言うんです!」


 悲痛な記憶を大声で吐き出していた。

 ──大声を出さなければならない場面でよかったと、りんごは心から思う。

 深刻そうに聞こえないだろうし、大声で吐露することで何だか気持ちが楽になる。


「躾の域ではないね!」

「小さい頃から母はそんな感じで! 中学生になる頃には私、人の悪意みたいなものが怖くなって……まともに人と会話することが怖くなりました!」

「そりゃ当然だよ!」

「人と話せない私は、他の人から見れば何を考えているかわからない気味の悪い人間に映った様子で……私いじめられるようになってしまって!」

「中学の間ずっと!?」

「……はい!」

「先生とか親は相談に乗ってくれなかったって感じ!?」

「……はい!」

「っは! 大人ってさ! 重きを置いているところが僕ら子供とズレてるよね」


 黒乃が駆け回って連打を叩き込むまでの流れは、段々と無駄な動きが少なくなってきていた。

 それは体力温存を狙っての行動だったが、段々とパンチにも腰が入り、攻撃のモーションも様になってきている。

 黒乃の考えるゲームキャラの攻撃モーションに、段々と近づいてきている。

 黒乃の口数も加速する。


「僕らより多い年数を懸けて築いてきた経験があって、苦労をしてきた誇りがある! そしてそれが生活環境となっている! だからさ、その生活環境を崩されると自分のやってきたことを台無しにされるみたいに思ってるんだよ!」


 拳に大人の苛立ちを込め、攻撃力を上げてゴブリンを叩いていく。

 ゲームシステムの為に奴らのHPを多く削ることには作用しないが、りんごの心には重たさを増して届いていた。


「子供の失敗や解決し難い悩み事ってのはさ、どうしても生活ペースを乱すものとなってくることが多い! だからウザそうにするんだよ! 自分の誇りと築いてきたものを崩される感覚が許せないんだろうね! 自分の子供が悪い子なのは、きっと不都合なんだろうね!」


 ──不都合に感じるりんごの性格だけを殺してしまいたい。

 ──悪い子の部分だけを切り取ってしまいたい。

 りんごの母はそう願ったのだろう。

 話を聞くついでに戦っているのか、戦うついでに話を聞いているのか。

 絶え間なく押し寄せるゴブリンを殴りつけると同時に、林檎へ言葉が飛び込んでくる。


「大人も余裕ないんだなって思うんだけど、何せ子供は大人という文字を見ただけでも無条件に期待が湧くんだよね!

 きっと大人からすれば期待されても困るんだろうけど、どうしたって優しくしてくれるんじゃないか、話を聞いてくれるんじゃないか、悩みを聞いてくれるんじゃないかって、なんだか動物的習性なのか無条件に期待してしまっているんだよ!」


 黒乃がりんごの精神的苦痛を紐解く──言葉を進めるほどに、りんごの瞳が蘇っていく。

 ゴブリンが霧散する光の胞子が、美しく感じていく。


「そんな……何かしらの言葉を返してもらったのは初めてです!」

「ただ、悲しいけど御伽さんのお母さんを変えてあげられる力は、残念ながら僕にはない! 家庭問題を何とかしてあげられない!」

「い、いえそんな!」

「けど、少しなら助けてあげられそうなことは分かったよ!」

「え!?」

「御伽さんの、『助けて』の意味が分かったんだ! で、どうすれば助けてあげられるか、何となく分かった!」


 その時、ゴブリンの数は一瞬だが一桁台まで減っていた。

 ──前方に隙間が出来た。


「御伽さん真っ直ぐ走って!」

「は、はい!」


 りんごは矢を装填するのを辞め、一目散に駆け出していく。

 黒乃も横につけて走り、襲い掛かってくるゴブリンがいないかと警戒しながら走っていく。

 お洒落で優雅な街のようなショッピングモールを、二人で駆けて行く。


「明日さ! 皐も誘って三人で一緒に帰ろう!」

「え……」

「あ、皐っていうのは僕の唯一の友達で、ちなみに男ね! それで帰りにたこ焼きを買って、この間の公園で一緒に食べて、それで一緒に話をしよう!」


 走りながら、りんごの目には再び涙が滲んだ。

 

「ぅうう……ぐぅ……うううう!!」


 りんごは低い唸り声を上げながら走っている。


「ぶふっ……ぅう……あぁぅ………」

「……泣くの我慢してるの?」

「あ……あい……ぅうう……泣くと猫町君が……病んでしまいますのでぇ……」

「……ううん、ごめん。泣いていいよ」

「う……うぇ?」

「今度は、受け止める」

「う……ぐぇ……ぅぁ……」

「……今はきっと……泣いたほうがいいんだ!」

「ぅ……あああ……うわぁあああああああああ!!」


 りんごは泣き喚きながら走った。

 清楚さ漂う黒髪を振り乱し、鼻水を飛ばしながら走った。

 他の逃げ惑うプレイヤーからすればゴブリンが怖くて泣いている女の子だっただろう。

 今までの鬱憤を放つ為の大泣きだと知っているのは、隣を走る黒乃だけだった。


「わぁあああああああああ!!」

「それでさ、一緒にゲームしようよ! 僕の中古でよければ使ってない携帯ゲーム機あるからさ!」

「あああああああああああああ!!」

「ゲームって楽しいよ!」

「ぅうぁあああ……ぁあ……わぁああああああああああああ!!」

「アハハ……小さい子供みたい……」


 ──東京ドームを通り過ぎて暫く走っていると、競馬中継場が目に入る。

 今まで見ることがなかったコンクリート道路が遠くに見えている。

 そこまで来るとゴブリンは次第に姿を見せなくなっていて、出口はもう目の前まで迫って来ていた。

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