2-3 打ち上げ花火

 夜空にホイッスルの音が突き刺さった。


「──質問ターイム!!」


 鴉間は両手を使ってTの字を作り、何処から取り出したのかホイッスルを何度も吹いた。


「その場で湧き出た質問に答えますよって、お知らせに書いたでしょ? 勿論教えてないことも未だ沢山あるけどねぇ。手探りで謎を解いて行くようなゲームの醍醐味を奪うわけにもつってね。

 それでもゲーム開始前に知っておきたいことがあれば、ある程度のことは答えるよんっ」


 ──挙手をどうぞ、と鴉間が促したが、誰かの手が挙がる前に、「目的は何だ!」と野次に近い声が上がった。


「まぁ、やはし気になる? 我々運営の目的って意味ざんしょ? 全てを語るつもりはないけど、触り程度ならいいかな──君たち、『最期の世代』って知ってるかな?」


 鴉間の質問に言葉を返す者はいない。


「知らんか……君たちの何割かはそう呼ばれているんだよ。知らなかった? 大体だけど五〇歳未満の人たちがそう呼ばれている。何が最期かっていうと、『死ぬ』のが最期なのさ」


 場がざわつく。

 言われたことをそのまま受け取るのであれば、大体四九歳以下の人間は、もう死ぬことがない、という意味に聞こえる。

 とてもではないが、素直に言葉を飲み込めない。


「今日無事に帰れたら調べて御覧なさいな。普通にウェブに載ってることだから。凄~く簡単に言うとね、人間の意識をパソコンの中へ入れちゃって、寿命という概念をなくそうという研究が行われているんだよん。で、その研究が完成するまで、あと大体四、五〇年って言われてるわけ。つまり、五〇年後には人間はパソコンの中で生き、死ななくなるってことだぁ。

 ボクもその研究に参加している。まぁ勿論正規の研究者たちとは別の、多少──非倫理的なチーム側だけどねぇ…? 今回の異世界23区というゲームは、それに関する実験──ま、早い話が君たちはモルモットだね?」


 ──絶句。

 誰も言葉を発せない。何を言っていいのかわからない。

 スケールの壮大さに頭がついていかない。


「ま、あくまで目安だよ? 本当は一〇〇年かかるかもしれないし、二〇〇年かかるかもしれないしね。もっと聞いとく?」


 鴉間は講義でも行うように、モルモット相手にモルモットであることを自覚させていく。

 ──知りたいと言ったから教えている。

 それだけの感情しか鴉間からは感じられない。


「今話した不死状態を可能にする為の、パソコンに対して神経を繋ぐ回線ってのがまだ発明できないわけ。だけどパソコンの部品などを人体に組み込むことは可能なんだつって。マイクロチップを身体に埋め込んで電子マネー会計できるとか、それくらいは知ってるかな? それの応用が異世界23区ぅう。

 今回の実験結果を元に、我々人類を不死へと近づけていくのがボクらの目的の一つ。ま、君たちが何かを気にする必要はないさ。存分にゲームを楽しんでよ?

 ……あ、ボクひょっとしてマッドサイエンティストに見られてる?」


 ──それからぁ、と言って鴉間は再び一層楽しそうにした。


「ゲーム名に23区という言葉が入っている。区外へ出ればゲームに巻き込まれないだろうって……そんなことは思わないほうがいいよぉ?

 区外へ出た途端、永久に眠ってしまうかもしれないよぉ? フフ……君たちはモルモット……折角手に入れたモルモットを逃がさないようには勿論計らってあると思うべきだぁ」

「そんな! 家が区内にない人間はどうすればいいんだ!」


 誰かが手を挙げることなく鴉間へ怒りの声を飛ばした。


「そぉんな簡単なこと聞くぅ? モチのロン──死ぬしかないだろうねぇ」

「ふ、ふざけるなぁ!」

「ふざけてないよぉ……大真面目だよぉ? ゲーム名の前半に注目してごらんよ。

 異世界……ってちゃんと書いてある。違う世界に予め住居が用意されてるほうが不自然ってもんさぁ……」

「な……」

「死にたくないなら……そう務めるべきだろうねぇ」


 忠告を終えると、次の方どうぞー、と言って鴉間は質問を締め切った。

 既に人々はお腹が一杯だった。

 これ以上、何を聞いても頭に入らない気がすると、異様な静けさが流れていく。

 しかし沈黙に支配された、その場所に一本の腕が上がる。


「お、今度の人は礼儀がいいねぇ……黒猫君? かな? どうぞ」


 どうやら鴉間は、自分の脳にもチップを埋め込んでいるらしい。

 頭の上に浮き上がる名前を呼ばれ、黒乃は指名を受けた。


「……これってゲームなんですよね? だとしたらクリアの概念はあるのでしょうか? それともMMO要素が強いだけあってクリアの概念はないって感じですかね?」


 瞬く間に鴉間の瞳は輝く。嬉しそうに口元が緩む。


「くく、くくくくくろくろ黒猫君! 君良いねぇ!! 素晴らしい!」

「ど、どうも……」

「着眼点が良いよ君ィ!! では、さっきから静かな皆の衆が、一気に騒がしさを取り戻すようなことを発表しようかねぇ──ゲームクリア、についてをさ」


 ゲームをクリアする。それはゲームが終わるということ。

 この、現実の世界に居ながら、訳のわからない魔物に襲われて、そして実際に死ぬ──その危険から脱出できるということ。

 その希望が言い渡されると、鴉間が言ったように、群衆はざわめき始める。


「このゲームは、辞めることができる。一気に言うよ?

 ──正確には、辞めるという選択肢を取れる──と言ったほうが正しいかな。

 先ず、その権利を得るにはイベントボスを倒さなければならない。そしてサービス開始を記念して、そのイベントを今日から開始する。

 既に秋葉原のとある場所にボスを設置させてもらった。そのボスを倒した者、ないしは倒したチームの内、五人までが報酬を受け取ることができる。ゲームっぽいだろう?

 そしてその報酬内容は────、だ」


 先ほどの話とは打って変わって、多くの人間が話をすんなりと飲み込む。

 瞳に、力が通い始める。


「何でも、というのは流石に無理なのさ。例えば死者の蘇生とかね。脳に様々な信号を送ることで、不可能だと思われていたことを可能にしているからね、脳自体が停止していると何もできないのさぁ。

 それと運営にとって不利な願いは一切聞けない。例えば全プレイヤーの卒業を願う、とかね。異世界23区のゲーム性に影響を与えるだけならまだいいけどさぁ、根底そのものを覆して、僕らの実験が中止するのは駄目さぁ。

 そういうのは無理だけど……例えば──定番のお金持ちになりたーいってやつは可能。超可能。死ぬまでニートで居られるように生活費をこちらで工面しましょう」


 そこからは水を得た魚。

 次々と質問が矢となって鴉間に放たれる。


「お、女は!」

「何人か攫って、チップを埋め込んで、貴方を好きになる信号を送るので可能」

「芸能人になりたい!」

「コネクションあるし可能。芸術的才能も故意的に目覚めさせることも脳内チップで可能だし、芸能界でも生き残り易くするようにアフターケアサービスまで付けちゃう」

「持病を治したい!」

「絶命以外の大概のことはチップの応用で治せるよん」

「世界征服!」

「あ、めんご。それは無理」


 これまでの静けさが嘘のように、東京ドームシティには活気が溢れた。

 鴉間は投げ込まれる多くの謎へ、可能可能可能と連呼し、本当に大概のことは叶えられることを確約した。


「ところでさ、何故二つなのかって話だ。

 願いを叶えるよって言ったら、君たちは真っ先にゲームを辞めたいと言うと思ってね。それじゃあ報酬にならない。端に、脱しただけーつって。

 だから願いごとの一つをゲーム卒業に使ったあとにも、手元に残るものがあったほうが、ゲームを行う意欲も出るってもんだろう?」


 興奮した群衆の中に、何人かは冷静なままの姿の人間が居る。

 鴉間の言っていたことは聞こえはいいが、恐らくはモルモットとして機能させる為の餌なのだろう。

 黒乃を含めた何人かが、それを察知していた。


「──ま、それを手にれるのは誰で、それまでに何人生き残るか……つって」


 鴉間が言うと、再び人々は沈黙の釘を打たれる。

 そして今度は先ほどまで冷静を保っていた者からの声が上がる。

 手を挙げ、鴉間が名前を言い発言を促す。


「あんた、さっきチームがあるようなことを言ってたが、いわゆるギルドのようなシステムがあるってことかい?」

「お。ゲーム経験者っぽい質問だねぇ。その通りだ、フレンド機能もあるよん」


 また一人、別の者が手を挙げる。


「課金システムは?」

「うーん、今のとこはない。中々良い質問だねぇ。実はその件に関しては、運営内でも意見が割れてるところでさぁ。んまっ、最初のクリア者が出るまでの間で実装はないと思っていいと思うよ」


 もう一人。


「武器は? 装備などはあるのか?」

「あるよぉ。そう遠くない内に手に入るだろうねぇ。あぁ実際の凶器……例えば包丁やナイフ、その辺の棒とか……そういうのは通過しちゃう。

 だって相手は単なる立体映像だからねぇ。異世界23区世界の装備じゃないと攻撃力も上がらないし、当たらない」


 また一つ、手が挙がる。

 再び黒乃の腕だった。


「まさか……プレイヤーキルは当然無しで、システムは組んであるんですよね……?」

「フフ……フフフ……フハハハ!! 黒猫くぅん! 君鋭いねぇ、お気に入りになっちゃうよぉ!!」


 それはプレイヤーがプレイヤーを殺してしまう、という行為。

 無しであってくれと願って言った質問だった。

 報酬は争奪式。ということは他プレイヤーとの、何かしらの争いは覚悟しなければならない。

 黒乃の見立てでは、異世界23区というゲームはMMORPGの色を取り入れ、そのまま現実世界に置き換えたようなゲームスタイルだけあって、プレイヤーキルなどの迷惑行為は規制されている可能性は高い。

 本来、取り締まって然りの行為であるし、そもそも攻撃不可能であるシステムで組まれているべきだ。

 プレイヤー間で攻撃が可能であるならば、今回のように実際に死ぬゲームなど、人殺しを容認しているに等しい。

 まさか、そんなこと許されないに決まっている────。


「勿論アリだぁ」

「く……」


 表情が悲痛に歪む。

 黒乃が抱えていた嫌な予感は、的中した。

 このゲームに参加するものは、ゲームに参加した人間限定を対象とした殺しが許されている。

 黒乃の行った質問は、面々へ不穏な想いを広げていた。


「……続けて質問してもいいですか?」

「ぉお黒猫君、どうぞどうぞぉ?」

「自分の選択した二つの職業は、他プレイヤーから閲覧可能なのでしょうか?」

「ク……クハハハハ……黒猫君は先を考えまくってるねぇ。ゲーム経験の豊富さが伺えるような着眼点……よっぽどゲームばかりして生きてきたのかなぁ? 閲覧は基本的には不可だ。だが、可能とするスキルが用意されているよ」


 それならば予期せぬところで情報を握られ、定めた職業の弱点を一方的に突かれて殺される、という事態は防げそうだ。

 職業を閲覧できるスキルというのも、恐らくゲームが開始したばかりのレベル1時点では誰も所持していないだろうし、現時点では安心していいかもしれない。

 と、思ってから黒乃は自分の手を、爪を見つめる。


「うわぁ……直ぐバレそう……」


 そもそも黒猫と名前を改めた時点で公表しているようなものだと、黒乃は自分の迂闊さに項垂れる。

 職業の弱点を握ることでプレイヤー間での戦闘の勝敗が分かれるのなら、なるべく分かりづらい職業のほうがよかったのかと、自分がしでかした手続き書の記入ミスを、尚のこと猛省していた。


「さて、他に質問はあるかい……?」


 鴉間は檀上から周囲を見渡して言った。

 上がる腕はない。

 鴉間は今までが退屈だったかのように、更に陽気さを跳ね上げる。

 嬉しそうに笑い、テンションはマックスで、説明会の終了を告げた──直後に続けて、「たった今からサービス開始と、イベントの開催を宣言する!」と叫んだ。


 歪な円を作っていた集団を、取り囲むように赤い文字がポンポンと浮き上がる。

 建物の向こう側、障害物の向こう側にソレは次々に現れる。

《ゴブリン》《ゴブリン》《ゴブリン》《ゴブリン》

 その文字が周囲を覆いつくす頃、鴉間の姿は檀上から消えていた。


 気付いた時には敷地内に設置されているケンタッキー横を通り抜け、道路への出口を大型トラックを横づけして塞いだのだった。


「──ミッション追加したからパネルで確認どぞー!」


 陽気で気味の悪い声が、トラックの向こう側から聞こえた。

 こうして東京ドームシティには、一般の人間には見ることのできない魔物が蔓延り、一瞬にして戦場と化したのだった。


「通常のお客さんがいなかったのは……この為か」


 人間が円の形で固まる場所へ向けて、ジリジリと近寄る魔物。

 耳が尖り、鼻が尖り、赤く尖った帽子を頭に乗せて。

 鋭利な牙と爪を携えた、これまた定番の敵キャラゴブリンが一斉に円へ向かって走ってくる。


 運営によって、いきなり立たされた窮地の中で約半分の人間は気づく。

 ここで死んだ者はクリア報酬を受け取ることは叶わないのは勿論のこと。

 そして全プレイヤーが集う機会は、もしかするともうないかもしれない。

 いや、プレイヤーキルが許可されているのだから、プレイヤーが集う機会はないと思うべきである。

 ならばこの状況を、好機と捉える者がいてもおかしくはない。

 ゴブリンを倒しながら、今の内に邪魔なプレイヤーを殺してしまおうと考える者が居るかもしれない。

 そんな悪意から一刻も早く離れなければならない。


 円の形だった人の群れは一斉に拡散し、それぞれが前方へ駆け出す。

 皆が列を崩し、弾け飛ぶように走り出したその模様は、異世界23区のサービス開始を知らせる、花火のような爆散だった。

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