第四話  先輩のこと、よく知りませんでした《前》

『まさか、ユキから直接電話がくるなんて、思ってなかったよ』


『そんな大げさなー……』


 相手から予言者かはたまた占い師ばりに、最近のなんともいえない心境をいい当てられ、電話ごしなのに私の心臓はおどろきのあまり外へ飛び出しそうになっていました。

 確かにそのとおりで、私はあの日の犯罪をゆるしてもらった後ろめたさからヨイシさんを避けていました、でも金曜日の今日、気持ちを押してヨイシさんのケータイ番号に電話をかけたのです。


 はじめから私は番号を知った経緯けいいを聞かれたらすなおに答えるつもりでしたけど、反対にヨイシさんはただただうれしそうに声をはずませているだけでした。


『それで、あたしに用か?』


『えっと、昨日の八宝菜はっぽうさいのあまりにおいしい、じゃなくって、余りでおなべをしようと思うんです、明日。よかったら来てくれませんか?』


『ユキん?』


『ヤですか?』


『オーケーオーケー、あとで地図なり送ってくれ。二人で食べるん?』


『いえあのしにん、ふぉーぷれーやー、よ、よんPです!』


『……さっきからようすおかしいぞ』


『ふ、服着てるからですかねー(指くるくる)! 宅配便受けたばかりなので。いつもは全裸ぜんらなんです!』


『そっか。そういえばユキは元露出魔ろしゅつまだったなw その本気、楽しみにしてるぜb』


『は、はい、元代表選手の意地いぢ見せます!』


 プー、プー、電話が切れ、直後「ただいマガ〇ンー」お母さんが帰ってきました。


「お母さん!」

 私はお母さんに念押して、「今日は八宝菜ね!」


「ブー」


「うるさいです!」



 話は今日、土曜日になります。というわけでお鍋パーティーです。

 午後1時、デュビデュッバし終えた私がお風呂から上がったころにさなっちゃんとカミカミがやって来ました。この前にカラオケへ行ったのとはちがって、二人とも気がねのないラフな服装でした。


「ユキちゃん、なんだか顔こわいよー?」


「何を身構えている?」


 二人には今日のパーティーにヨイシさんが参加することを伝えていないどころか、そもそも今日は、来週からの期末テストに向けた勉強会としかいってません。だからこの、私の決意を固くした表情の意味が二人はわからないのです。


「気にしないでー。さ、上がって」二人の心配をよそに、私は気楽そうに振る舞いました。


 自分でいうのもなんですけど、片づけの行きとどいた私室は二段ベッドにドレッサーとタンス、本棚などを置いていても、女の子三人じゃ全然空白がまりません。別の部屋から持ってきたローテーブルを中心に囲んで地べたに座り、しばらくドリルやらノートに熱中していた私たちですけど、やがてこの空気に耐えかねたカミカミがお酢のよくみ込んだしらたきを吸ったときのような恰好かっこうき出しました。


「なんだか、修学旅行のホテルみたいだねー」


「だな」とさなっちゃんも短く共感。「しかも科埼しなさき(私とカミカミのクラスで有名なパリピ女子です)あたりとあい部屋な」


「いいじゃん、別に。集中しやすいでしょ?」


「むしろ悶々もんもんとするわ。だいたい、あたしら中間前でもリビングでっちゃね喰っちゃねしてたじゃんか」


「妖怪くっちゃねくっちゃねー」


「なのにこんな反省房はんせいぼうみたいなところで、ボランティアまがいのことなんかやってられるか」


「もう、そんなことばっかいうんだったら、逃げらんないようにこうしてやるんっだから!」

 私は立ち上がると、部屋の押し入れをバッと開き、なかにめ込んでいた”我がいとしの通販goosたち”をカーペットの上にバラまいたのです。


 二人がそれを見て、新築棟上むねあげのモチまきのときの、あのいい知れぬ高揚こうよう感によく似た錯覚をおぼえたのかどうかはわかりません。たぶんおぼえてないでしょう。一方で、私が収集していた数々のグッズについてはとても興味をひかれたようすでした。


「すっげ、見たこともねえもんがいっぺーあんだ!」


「どーれーにしようかなー?」


「カミカミ、どれってどういう……」


「遊ぶんだよ!」


「もう好きにしてー!」※それから勉強そっちのけで10分くらい遊びました。その光景はみなさんのご想像にお任せしますですからもう建前たてまえであっても、だれもちゃんと勉強しなきゃだなんていい出しませんでした。


 そのときピンポーン! と、玄関チャイムの音が鳴りひびきました。油断していた私ははっと息をのみ、のみ込みすぎてしまい、涙目になって二人を見つめます。


「宅配か?」


「いや、今日のスペシャルゲストよ……」


「なんだよそれ。もしかしてうわさの、與石よいし 糾巳ただみだったりしてな!」


 うっ、さなっちゃんめ、まったくムダにいいカンしてるわ……


「は、はい注目! この部屋のどこかに、お鍋と水とおダシ用のしいたけがあります。私がもどるまでにつけておいてください!」


「あ、待ってユキちゃんっ」


「止めないでカミカミっ!」


「せめて部屋のどこまで探していいか教えろよー!」


 私は二人に背を向け涙があふれるのをひっしにこらえて階段に走りました。いっておくがこの涙はえずいて出た涙でも花粉症の涙でもない、わかれの涙だ! そう、休日に女子会(もとい勉強会)をしちゃうような、若さはじける16歳JKとの別れ。私はこれからまた露出魔にならなければいけないんです、ヨイシさんの期待にこたえたいから。


 私は衣類を廊下で脱ぎすてました。でも万一のときのために脱ぎすてたのは階段を下りたすぐそばの廊下です。理性的なままハダカを見られるのは当然怖いんですから! 


 そしてを身につけると、ついにに手をかけ「(ドキドキ、ドキドキ……)だいじょうぶ、だって女の子同士だもん」勢いよく開きました。

 今さら補足説明になりますけど、昨日ヨイシさんに電話で打診だしんしたさい『もし私の露出趣味を知られるとご近所関係にヒビが入ったり、母の体裁ていさいが悪くなったりするので、チャイム後は裏庭へ!』とも私はお願いしていました。まあ普通の人ならこのへんでれてくれそうなものだけど、そこはさすがヨイシさん、というわけで――ここで開放したのは、裏庭につながるリビングの大窓ということになります。


 瞬間家のなかを、なまあたたかい突風が吹きぬけていきました。ああ、ついでに花粉が……目がしばしばとかゆくなり、ようよう見えたとき、「(思えば、明るい場所で見るのは初めてかもしれません)」おでことほっぺに奇妙な模様の入った、ホッケーマスクをかぶったヨイシさんが立っていました。

 もちろん私とまっすぐに目が合っていました。

 ヨイシさんは、あの男性たちのように逃げることはありませんでした。だから


「きゃあっ!」


 自分が外で全裸になっていることがもう、死にそうなくらい恥ずかしくなってしまった私は非力ひりきながらも全力で両がわのカーテンを引っぱりからだを隠そうとしました。しかし思わぬ方向からの力では金具もスライドせずに固まってしまい、からだを隠すことには失敗したのです。


「久しぶり、ユキ」


 今にも気がおかしくなりそうだった私は、その声を聞いて、はっと正常な意識を取りもどしました。


「ご、ごぶさたしてます……」


「何、女に見られるほうが恥ずかしいって?」


「そ、そんなこと」


 私の目の前にいるヨイシさんはパーカーと膝下ひざしたデニムワンピが一体になったような服を着て、少しだけ出したあしの肌色が太陽の光であわく照っていて、異様なマスクの外見を加味したとしても全身像はいわば”清楚せいそ高潔こうけつ乙女おとめ”だったのです。先日レオタード姿の彼女を見たばかりの私でも信じがたいほどに。

「いったい、それは、なんの恰好かっこうですか?」


「そっくりあんたに返すよ……どういうコンセプトだ」

 もっとも、ヨイシさんが気にしているのはやはり私の珍装ちんそうについてでした。


「え、ぎゃくスクみずですけど……」


「”え、知らないんですか”みたいにいうな! まあ、ユキのハダカは見たことあるから、別に気になんないんだけど……」


 そういいつつも顔ごとそらされました。


「逆っつてもさ、あたしには手袋と靴下はいてるだけにしか」


「その、流行はやんないかなーって。ガスマスクに逆スク水」


「いや、もういい。あたしが悪かった……早く服を着ろ!」


 辛抱しんぼうたまらなくなったヨイシさんは肩をふるわせて、叫びを上げました。見えるわけじゃないけど、ヨイシさんが赤面していることをすぐに察知した私は、茶番をおしまいにして彼女を家のなかに案内しました。ちゃんと服もひろって着替えます。


「あの、先に私が入りますから、ヨイシさんはなんかこういい感じの口上こうじょうを考えてもらって」


「いい趣味してるなほんと……」


 と打ち合わせしてから、私はさなっちゃんとカミカミの待つ私室に堂々入場したんですけど、二人はまだ私の注文の品を見つけられずに、いろんなところをひっくり返しては「ない」「ないー」とつぶやいていました。


「ご苦労さんー」


「ユキちゃーん、お鍋と水しか見つからんないよー?」


「水ってなんだよって思ったけど、緊急用2Lペットボトルのことだったとは……」


「私、こう見えて防災意識高い系女子ですから!」

 私は胸を張っていい切りました。


「まあいい。んでどうするんだ、しいたけ」


「なければやせばいい!」


「正気かっ!」


「さなっちゃん、わたしの種駒たねこま打って!」


「お前は下ネタに貪欲どんよくすぎだカミカミっ!」


 と、ばっ、カミカミはいたって真剣な表情で、自分のブラウスのすそをたくし上げたのです。塩まんじゅうみたいに白くの詰まった彼女のお腹に対面し、真っ赤になって目を回すさなっちゃんは、赤マントをちらつかされた闘牛と同じで発狂する寸前に見えました。


「あア亜A~……」は、はたしてさなっちゃんはカミカミでしいたけ栽培さいばいしてしまうのでしょうか、ゴクリ……


「あのさ、いつになったらあたしは入れてもらえるわけ?」


「ご、ごめんなさい忘れてました!」


 あきれた声でヨイシさんが入室して来ました。


「二人とも、前に紹介するって約束したよね。この人が與石 糾巳さん」


「どうも。特にユキから聞いてるわけじゃないから、正真正銘しょうしんしょうめいの初対面ね」

 予想できたことですけど、さなっちゃんとカミカミはさっきのやり取りの姿勢のまま硬直こうちょくして、ヨイシさんを見ながらもヨイシさんのいっていることを理解できていませんでした。カミカミなんか、私に比べたら地球3周分くらいマシとはいえ、気心きごころ知れた仲にしか見せないふっくらお腹までヨイシさんに見られていたので、混乱の度合いは尋常じんじょうではないでしょう。


「さ、鍋にしましょっ?」


「「は、はーい……」」


 いたたまれない空気を換気しようと思ってか、ヨイシさんからは聞いたこともない猫撫ねこなで声、あーよちよちいい子でちゅねーみたいな声が上がり、それから二人もそそくさと席につきました。


「で、でも、結局ダシ取るもんがないでございますわ?」


「で、ですわよねー?」


 まずい。さなっちゃんもカミカミも、緊張でどうにかなってる。

 ここは「(あとが怖いけど)」ヨイシさんをダシに使ってでも場をなごませなくちゃ! 

「ヨイシさん、ほら、ワカメもって来てますよね? 出してください」


「ちょっとユキちゃん!」


 どうだ、「そんな! ダシ取れるほどねえよ……じゃなくて、そりゃ正しくはコンブだろ! 畑違はたけちがいだ」乗ってくれた! 


「畑違いでもない気が……」


「でも、ワカメだってコンブもくだよ?」


「調子乗んなですわ」


「……すみません」


「はははっ! 極楽ごくらくとんぼだね、あんたら!」


 あぐらをかいたヨイシさんにとって、私たちのようすは本当におかしかったらしくて、まさに抱腹絶倒ほうふくぜっとうという笑いを上げていました。


 すると、調子づいたようすでスマフォを取り出し、”ぼちゃんっ”と。え? 


「鍋につけたスマホとかけて、今すぐにモテたい男子野球部員の行動ときます」


 どうしたどうしたヨイシさん! でもさなっちゃん前のめり! 

「その心は……」


「どちらもショートするでしょう」


「あちゃー、先輩さすがっス!」


 私は完ぺきその場の流れに乗りそこなっていました。

 なぞかけの意味も、水の張った鍋にスマフォをほうり込んだヨイシさんの精神状態も、何もかもさっぱり読み取れないのです。あー、もしかして、今のこの数行ないし数秒のあいだに令和とニュー・令和くらい大きなジェネレーションギャップが生まれてしまったのかなー、なんて思えてしまうくらい。


「まあ、知り合いの女から聞いた”1ミリも知らない男子野球部員あるある”はほっといて」


「あの、ヨイシさん、よかったんですか……?」


「心配しないでユキ、あたしのスマホに、取らなきゃいけない電話なんてかかってこないからさ」


「え、私のは……」

 ただただつらかったです。


「それはそうとカミカミがな――」さなっちゃんにうながされる前に私もヨイシさんも知っていました。ヨイシさんのスマフォが着地した水面を、だまって見つめているカミカミが、小刻みにけいれんしていたんです。

 これはもう、明らかに、


おこったーー!」「カミカミー!」

 時すでに遅し、カミカミは立ち上がったそばからお鍋を奪取して私の部屋の外にダッシュして行きました。


「……思えば、食べ物への執着しゅうちゃくだけは強そうだからな、あいつ」


「……だね」


 腹いせに、フルーツサンド鍋とか出してきたりしないよね。「(もうそれあったかいただのフルーツポンチだって……)」


         ◆


 おそらくカミカミが一人でお鍋を作っていたと思われる約20分間「(手早いけど、待っているほうは長かった……)」、部屋での私とさなっちゃんとヨイシさんの空気はなんともいえないものでした。

 眠気をさそう時間のせいでおのずと話題がおこることもなくて、ただただ静かにおとなしく三人、鍋をもった彼女の帰還きかんを待っていたのです。


 しかしあるとき、突然さなっちゃんが私に目配せしました。そのあまりにすばやいまばたきは私に、モールス信号かこわれたワ〇ワ〇パ〇ックの口を思い起こさせたものの、何を伝えようとしているかまでは教えてくれませんでした。

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