錆びた血色のヨイシ 編

第一話  いつもよりかわいいね、ユキちゃん《前》

「朝ごはんできたから、起きなさい?」


 そう聞こえた気がしました。


 私が起床すると、一歩おくれてスマフォがバイブレーションと共に、ひっくり返ったてんとう虫のようにじたばたあばれ回ってベッドから落ちそうになります。私はあわてて拾い上げました。だってここ、二段ベッドの上なんですから。ついでに私も転げ落ちそうになりました。

 

 とほほ……こんな寝起きで、お腹まる出しにして、アルミの柵にしがみついて必死の抵抗とはツイてない……あのお母さんに見られでもしたら、写真撮られたあげく身内とか友だちに広められて、”ゴキJK”ってハッシュタグつけられたりするんだろうなー……


「なんていってる場合じゃない、学校っ」


 私は器械体操のつり要領ようりょうでベッドから飛び下りました。くるくるくるくる、ぱっ! 着地! 体操なんてテレビでも観たことないけどね。そもそも最近テレビ観てない……でも目はえました。


 まあじつに関係ない話ですけど、こんなにのない私にも、唯一女の子らしいと思えることがあります。私室にドレッサーがあるんです! 

 

 どうでしょう。お母さんは、むすめがお風呂から出て下着でうろついている姿をって、平気でネット上にさらしてしまうようなデリカシーのない人ですけど、「化粧けしょうのやり方を知らない女は女にあらず」って、自分が大事にしてたドレッサーをくれたんです。

 それから私もお化粧に気をつかうようになりました。本当に母のおかげです。まあ、ゆずりの肌荒れのしやすさのせいで、あんまりお化粧も楽しめないんですけどね。ともかくかみくしでといたり、ムダ毛が生えてきていないか「(どこのとはいいません)」確認したりする程度の目的でドレッサーに腰かけます。


 おもしろいことに「(いや全然おもしろくもないんですけどね!)」今日は髪型にみょうな違和感があって、すこし手間取ってしまいました。私の前髪さんはかろうじて呼吸しているレベルで、もみあげさんや触角しょっかくさんの手助けなしにろくに外出もできません。


 これを鏡で見ていつもは何も感じないんですけど、今さらになって、このぶりっ子みたいな顔面でロングヘアをカマすのは私のがらじゃないかなーなんて思い出したのです。別に、たいして男の子も見てないのにね「(そうでしょ?)」ポニテとかサニーサイドアップ

「それは目玉焼き。正解はツーサイドアップ」にしてみても、窓サッシに引っかかっていたヘアゴムでワンポイントを作ってみても、うまくいきません。


 結局あきらめて、そのまま私は一階に下りました。


「……呼んだのに。おそくない?」


 階段で待ち受けていたお母さんがいいます。私は反論したい気持ちでいっぱいでした。


「ダラねぐせついてる」


「ちがうって! 髪型が決まんないんだよー……だから先週、後ろも切ってっていったのに」


「あとその恰好かっこうなに?」


 お母さんはつまらなそうに指さします。私のパジャマについていっているのです。体調がすぐれず、夜中に異常な寒気さむけにおそわれた私はサッカーの長そで長ズボンのパジャマを着ていました。もっともそんなことはお構いなしにお母さんはいつも命令してきます。


「服なんて着てたら成長阻害されるでしょ? 何度もいってるのに、ハダカで寝なさいよって」


「もう、いいでしょ? ごはん食べるからジャマしないで……(だいたい、あんただって男がよろこぶ肉つきいい尻しかないでしょうが!)」

 

 結局、今日もまた私とお母さんは口論をし続けていました。

 

 ごはんのあと、私は私室にもどって登校の準備をします。私は今の高校の厚手のブレザー制服が実はお気にいりです。濃紺のうこんなのもbグーです。ただ膝上ひざうえたけのスカートをはくと、誰かさんのせいで部分的に肉のついた太ももや気にしているOオーきゃくが悪目立ちしてしまう点は大きな悩みのたねでした。タイツが趣味じゃない私はなんとか我慢して去年1年間そうやって過ごしましたけど、いよいよムリを感じ始めたのです。


「どうしたらいいと思う?」


『そんなことでグループ通話すな』『おはよう、ユキちゃーん』


「いや、友だちに聞けば確実かなって」


『カミカミ、答えてやれ』


『ジャージはけばいいと思うよー』


『論外すぎてgrass』


二人ふたりいま一緒のとこいるの? 声エコーしてるけど」


『本それ。カミカミ電源落とせ』


『やーん! じゃあユキちゃん、待ってるねー』


「はーい」というわけで、今後もタイツをはくしかない模様。なんでもっと早く必死にならなかった私ぃ……


 二人の友だち、カミカミ(ーが多いほう)とさなっちゃん(かぶれスラング使いのほう)とは、校門で合流しました。


 

 ※時節を思慮しりょし、登場人物はみんなマスク着用を義務づけられています。ご安心ください「(どこへの気配りよ……)」

 

 さっきはやはり登校途中で私の電話を受けたみたいでした。二人は同じ電車で通学しています。私とは学校と、放課後駅までの見送りとSNSでの仲です。あいさつを交わすと、いつものように唐突に、さなっちゃんが雑談の口火を切りました。


「最近あたし、エスペラント勉強してるの。流行はEnglishだけどあたしはその裏をかく!」


「(誰の裏、っていうかなんで時どき英語表記?)」


「あー、ペットイカみたいなー?」


「バカ。それはえんぺらだよ、おとぼけさん。イングリッシュも犬種じゃない。これからの時代、何が必要とされるかわかったもんじゃないからね。としってあせって資格取り出してる連中を見ろ、あわれなもんだろ? あたしはそうはならないんだ!」


 さなっちゃんは、フィクションでしか見ないような定番ツインテールを自慢げにスイングさせています。カミカミは、おだやかそうな目つき・口ぶりのくせに攻撃的な兇部きょうぶつかせてその横を歩いています。

 そんな二人の友だちについて歩きながら私はスマフォをいじり、教室とうへと向かったのです。


「いや、エスペラントに興味しめせよ!」


 放課後になりました。私たちの姿は登校時と同じような恰好で校門を出ていきます。そして何やらさなっちゃんが不満そうにぼやいていました。


「くそ、あたしだけクラス違うのをいいことに無視しよって……」


「そんなつもりなかったよー? えっと、エスペラントって具体的にはどんな感じなのかなー?」


「来たわね。いいわ、3日にわたる詰め込みの成果、とくとあじわわせてやる!」


「いずれテストでもすればいいの?」


「喰らいなさい! ミ・コンスティピダース・アンカゥ・ホディアゥ!」


 それがどういう意味なのか、私にはさっぱりわかりませんけど、私もカミカミもそのひびきがとにかくカッコよく聞こえたことは間違いありませんでした。しかし、だからといって感動の言葉が浮かぶはずもありませんでした! 


「……これは、今日も便秘べんぴです、という意味だ!」


「あっ、さなっちゃんもしかしてはじめからスベると思って、予防線にギャグ選んだんでしょー?」

 私が責めるつもりでたずねると、さなっちゃんの顔が真っ赤に染まりました。

「やっぱり!」


「そして、これもゴーグル先生で調べたんだよねー?」


「3日の詰め込みさえもウソ! はー、手が込んでる」


「つ、詰め込みはホントだよ。ただちょっとムズくて、最後のほうやる気失せただけだし……」


「(だとすればちょう内への詰め込みは完ぺきだったんだね!)」


「どこでそんな影響受けちゃったのー?」


「(なかなかしんらつな聞き方するな)さすカミ……」


「さなっちゃん、英語もハングルも単位あぶないっていってたよね。学校の勉強が苦手なのに、ほかの外国語にかまけててもいいのっ?」


 やがて駅前の信号に差しかかりました。私たちが横断しようとしたところで、運よく信号機は赤に点灯し、私たちの足を止めたのです。


「……じ、じゃあ」さなっちゃんはもじもじ、内ももをすり合わせながらこっちに振り返ります。

「教えてよ、エスペラント……」私とカミカミは顔をしばらく見合わせました。「こんなあたしでも、エスペラント、できるんなら、きっと……っ!」













「やだよーんだっ!」


 私はやだすぎて、リターンキーを連打してしまいました。さなっちゃんは背中のほうで、私が薄情者はくじょうものだと叫んでいる気がしますけど、もはや知ったことではありません。


 ア・リトル外が暗くなってきたイブニング、私がゴー・ホームするとマイマザーがディナーの作り置きをしてゴー・アウトしていました。ビコーズ、マイマザーの仕事は看護師。オーフン非常識なタイミングに家を空けます。オゥ・ウィルです。私はビカム・コールドしたチキンカレーを電子レンジにスロウ・イントゥし、ア・リトル加熱して食べました。


「さなっちゃんのこと、いえないわ……」


 どんなにがんばっても、せいぜい私は日本人の一般的なJK。ルーさん以下が限界です……甘く煮たルゥに舌鼓したつづみを鳴らしつつ、夜ごはんを静かにさびしく終えました。


 出鬼いでき すすぎ、あだ名はユキ、こんな私のこれが日常です。


         ◆


 今日の日は、やることもなく、すぐに寝た。

 そんな私、ユキです。ユキでした。目を閉じてから幾ばくかの時間が流れ、気がつかないうちに眠りこけ、寝夢ねむのひとつも見ないで目をますと、なんだか足のつけ根が猛烈もうれつにかゆいし痛かったです。

 

 私は枕元をさぐって、すぐさまスマフォを手に取りました。時刻を確認したかったんですけど、なんでか指紋認証がうまく反応してくれません。やっとこさ画面が開いたら、開いたで、今度はそれより気になるカミカミとさなっちゃんのエンドレスチャット……いやエスペラントかな……よく飽きないな、と思いつつ、時計も23時と案外おそくない時刻を表示しています。


 一瞬のはずの出来事が正味しょうみ2時間だったという驚きは、もはや恐怖でさえありました。

 人生って果敢無はかないなー。1日3分の1時間は寝てるとしたら、1週間でえっとー56時間、私ってそんなに寝てるんですって。JKがこんなに時間の浪費をしてもいいのでしょうか。


「あと10分は寝つけそうにない……なにしよう」


 

 考えているうち、なんとなくムズムズしてきて、一度トイレしに一階へ下りました。それからだいぶ長居ながいしたと思います。


「なんにもないな、私って……」

 あんまり憂うつで、動けなくて、へたをすると、そこでそのまま夜を明かしてしまいそうでした。


         ◆


 昨日は月曜日だった気がします。具体的になにをしたのかはっきり覚えていないあたりが、その証拠でした。

 ふふ、冗談ですよ。夜に日付セットしたアラームが、確かオーケストラ『惑星わくせい』のあの荘厳そうごんなテーマを自信満々とかなでていたからです。


 となると今日は火曜日。金曜日と並んで毎週、私が朝ごはんからお弁当、夜ごはんまで担当しなければいけない日なのです。 

 私はもはや生活習慣のなせるわざで、午前4時半、昨晩の夜ふかしに負けずパートタイムなゾンビ並みにヌッと力強くベッドから這い上がります。そして物音ひとつ立てずお台所に立ちました。お母さんとの二人暮らしは8年目だしさすがにもう慣れっこだけど、正直眠いです。

 でも疲れたお母さんのためにも私ががんばらなきゃ。がんばろーバンガロー欲しいなってバカやろー……


 まずはお弁当から。自分で料理をするようになって気づいたことがあるとすれば、それこそプロの料理人でもない限り、味つけとか盛りつけは結局「自分がよければそれでいいんだよねー」ということです。だからこそ他人が飲んでうまいみそ汁が作れるよめは優良物件という考え方はまったく合理的だと思えるわけです。


「いつか産んじゃる君の子を~♪」


 料理が楽しくて、つい好きな曲を口ずさんでしまいます。だがーにっしー だがーというアーティストのオリジナル曲。

 お気にいりの曲や映画をヘビロテする人がいますけど、私もその部類で、自分では結構な性格だと思っています。とはいえ†にっしー†さんの曲は大半歌詞が男性目線すぎるし、歌もあんまり上手じゃないですけど、そこがいいというか。なんですかね? カミカミやさなっちゃんにもよくいわれるんです、私の趣味はズレてるって。

 

 自己紹介している間にお弁当ができました。

 今日のアクセントは食パンで作ったガーリックトーストです。toastよりはroastよりですけど。これをお昼休みに食べて、いざ5時限目が始まると、担当の先生が騒ぎ出す未来が見えます。


「誰だ、ニンニク食ったのは! 先生はドラキュラ並みにニンニク臭がきらいなんだぞ!」

 

 するとカミカミあたりが天然キャラ「(キャラって何よ)」らしく、「出鬼さんでーす」って、後ろの席の私を指さすんです。


 そして私ひとこと、「そんなに立ち込めてましたかね?」

 決まった。こりゃヒロインだわ。ネタのヒロイン。

 

 なんていう冗談はなしにして、味つけのりと白ご飯メインの軽い朝ごはんを作り終え、二階に上がります。そして大好きな濃紺のブレザー制服を羽織はおって、おしゃれなドレッサーの鏡をのぞき込み――


「ん?」

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