7日目⑩
*
おれとつゆりは居間に駆けもどった。
倒れた美冬に夏未が覆いかぶさっている。
《神坂文也》は長剣で空中を薙いだ。
「どけよ。おれはもうこいつを殺すって決めたんだ。どかなければおまえも殺すぞ。これは脅しじゃない。おれは容赦がないからな」
美冬が弱々しい声で言う。
「そのとおりです。どきなさい。夏未。無意味に2人死ぬのは経済不合理です」
夏未は美冬の背中に顔を押しつけたまま首をふった。
「ヤだ! ウチは前にお姉を見捨てたもん! もう見捨てるのは嫌!」
「夏未…」
美冬が声を漏らす。
《神坂文也》はため息をついた。
「忠告はしたぜ。2人とも死ね」
「待て!」
大声を出す。《神坂文也》はこちらをふり向いた。意外そうな表情をする。
「わざわざ殺されにきたのか? バカなヤツだ。でも、もう遅い。こいつらは殺すって決めたからな。おまえにおれはとめられないだろ?」
「ああ。おれはな」
矢が飛来し、《神坂文也》の手に刺さった。長剣をとり落とす。長剣は床に当たり、鈍い金属音が響いた。
《神坂文也》は手を押さえた。おれの背後をみる。
鮮やかな緑の民族衣装を着た少女があらわれる。革製の首輪を着けている。胸が極端に大きい。尖った耳をしている。両手で弓矢を構えていた。
「エルフィーッ!」
《神坂文也》が絶叫する。
「どうしておまえがここにいるんだ! どうしておれの邪魔をするんだ!」
エルフィは微笑した。
「ご主人さまが言ったんじゃないですか。ゴミをよその土地に捨てるのはいけないことだって。ご主人さまを他の世界においておくなんてできません」
「うわァーッ!」
おれは自室にいってすぐ、『真面目系クズの異世界下剋上』の最新話を更新した。《エルフィは現代日本に転移し、神坂家の危機を救う》。小説に書いたことはすべて実現する。そして《神坂文也》ができたことはエルフィにもできるはずだ。
「バーン・ファイアー!」
《神坂文也》が両手を突きだす。
火炎がエルフィに向けて直進する。熱気で空気が歪む。
「スプラッシュ・ウォーター!」
エルフィは両手を掲げた。
水流が火炎と衝突し、相殺した。
「何ッ」
《神坂文也》が驚愕する。
「フラッド・ウォーター!」
エルフィが追撃する。球状の水が直撃し、《神坂文也》は背後に転倒した。
おれは哀れむように言った。
「何も考えず、ただエルフィを召喚したと思ったのか? 小説には《エルフィは神坂文也を上回る能力を手にした》って書いたんだよ。おまえはエルフィには勝てない」
《神坂文也》は手をついて上体をおこした。乾いた笑いを漏らす。
「おれがエルフィに勝てない? ハハハ…」
エルフィは弓矢を下ろした。
「終わりましたね」
おれはうなずいた。遠くにパトカーのサイレン音がきこえていた。
《神坂文也》はすばやく聖剣を拾い、エルフィに向けた。その瞬間、エルフィの体の表面が千々に裂けた。背後に倒れる。おれたちが呆然とみていると、床に血溜まりが広がった。血液の酸い臭気が鼻をつく。
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