7日目⑧

 こんな少年は知らない。

「お兄さま?」

 美冬が声を出す。だが、声はおれにではなく少年に向けられていた。

 夏未が叫ぶ。

「誰!? どこからはいってきたの!?」

 秋加とつゆりは混乱しつつ、どう反応すればいいかわからないようだった。美冬たちが認知しているなら、この少年はおれの妄想ではないらしい。

「まさか、お兄さまなのですか?」

 美冬の言葉で、おれもようやく正体がわかった。この少年は高校生のときのおれだ。そしてこの奇妙な装束からすると、『真面目系クズの異世界下剋上』の主人公である《神坂文也》らしい。

 おれは呆然と尋ねた。状況が理解できない。

「おまえは何なんだ。おまえはおれのはずだろ」

 《神坂文也》は呆れたように首をふった。

「おいおい。おまえがおきてるとき、あの世界に《おれ》がいなかったと思うのか? 逆におまえが寝ているとき、おまえの代わりに誰がいたと思うんだ?」

 思いだす。この1週間、夜中に何度もひとの気配があった。何者かがつゆりのプリンを食べたり、洗面所にTENGAを放置したりした。すべておれが疑われたが、半面では事実だったのだ。おれの意識が《神坂文也》の肉体にいるとき、おれの肉体には《神坂文也》の意識がいた。

 《神坂文也》は続けた。

「おれたちは意識が転移するときに記憶が同期するだろ? おれは何がおきてるのかすぐわかったぜ。もっとも、おれが半年から1年に1度、おまえの体に意識が転移するのに対して、おまえは半日か1日でおれの体に意識が転移していたから、そこまで詳細に記憶を確かめられなかっただろうけどな」

 おれは考えた。《神坂文也》はおれそのものだ。自分が異世界転生したという設定でキャラクターを書いた。異世界転生した当初は、人格と記憶はおれとまったく同一だったはずだ。だが、異世界転生したあとの経験でいまのおれとは別人になっているようだ。

「けど、どうしておまえがおまえの肉体でここにいるんだ」

「まだわからないのか? おまえが明日、異世界転生したらおれの人格は消えちまうだろうが。おれがおまえの体で生きることもありうるが、こんなクソみたいな世界はごめんだ。だから止めにきたんだよ」

 《神坂文也》は壁の時計をみた。

「あと2時間か。危ないところだったな。空間座標はおれとおまえを指標にすればいいが、時間座標は時空検閲官仮説に反しないようにワームホールを設定するのが難しかったんだ。異世界をSFの世界観にしてくれて助かったぜ。でなきゃ、この世界にくることもできなかった。魔法の研究に時間はかかったけどな。けど、《女魔法使い》に手伝わせてどうにかできたぜ」

 最後に異世界に意識が転移したとき、エルフィがおれと女魔法使いが図書館にこもっていると言っていた。それはこのためだったのだ。

 《神坂文也》は長剣を抜刀した。一般家庭の居間で長剣は異様にみえた。刀身が蛍光灯を反射する。

「悪いが死んでもらうぜ。おれとおまえはちがう。おれはおまえだが、1度死に、異世界に転生してやりなおした。そこで自分の生きる意味を見つめなおした。多くのひとと関わり、生き甲斐を見つけた。自分の部屋に引きこもってパソコンでエロ動画ばかりみていたころのおれとはちがう。だから、死ぬのは昔のおれ、いまのおまえだ」

 この《神坂文也》は異世界転生した理想のおれだ。だが、おれじゃない。

 体がすくむ。死にたくない。

 美冬が《神坂文也》に声をかける。

「お待ちください。少々、わたくしも混乱しております。ですが、あなたの話が本当だとして、いまのあなたはただの刃物をもった変質者です。武器を下ろしてください。通報すれば5分で警察が到着します」

 美冬は立ちあがり、つゆりたちの前に移動した。だが《神坂文也》からは慎重に距離をおいている。夏未からスマートフォンを受けとる。

「やれやれ」

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