7日目⑥
*
ソファから居間の窓をみる。窓外は闇夜になっていた。
秋加がミトンをはめた手で鍋をもってくる。夕食はカレーらしい。
炊飯釜やその他のものをもってくる。皿に米飯とカレーをよそい、食卓に並べる。
おれたちは食卓に着いて美冬を待った。卓上で5人分のカレーが湯気を立てている。つゆりがあくびをした。
夏未が心配そうにする。
「LINEにも既読つかないし、どこいってんだろ」
そう言ったとき、玄関で鍵を開ける物音がした。夏未が立ちあがる。
美冬は息をついて居間にきた。室内のおれたちを見渡す。
「遅くなりました。ただいま帰りました」
夏未が文句を言う。
「スマホくらい確認してよ。急にいなくなって心配するじゃん」
「申しわけありません。すこし急ぎましたので」
美冬はおれに近づいた。
不穏なものを感じ、思わず後ずさる。よくみると美冬は片手にクリアファイルをもっていた。
美冬は笑顔でおれをみた。
「褒めてくださいませ、お兄さま! 僭越ながら、わたくしはお兄さまがなぜ嘘をつかれたのか愚察しました。お兄さまはアルバイトにいくことを必要だとみなしており、そのために嘘をつかれたのだと存じます。ですのでコンビニにうかがい、お兄さまの採用を再考するようにお願いして参りました。お兄さまの資質であれば当然のことですが、承知していただけました」
クリアファイルを差しだす。
「ただこちらはわたくしが代筆したものですので、お兄さまが自筆したものをもち、また明日参上するように言われました」
クリアファイルには履歴書がはいっていた。美冬の綺麗な文字でおれの経歴が書かれている。証明写真は勝手におれの部屋からもち出したらしい。
声が漏れる。
「いい加減に…」
「は」
美冬がおれを見つめる。報酬を期待する表情だ。
その整った顔をみていると、腹の奥底から怒りが湧いてきた。
「いい加減にしろよ、このサイコパスが!」
自分でも想像しないほどの大声が出た。
「なに勝手なことをしてんだよ!」
腕をふり回す。「ひとに自分の理想を押しつけるなよ! おれはおまえが思ってるような人間じゃないんだよ!」
おれの怒声を真正面から浴び、美冬は硬直していた。
食卓では夏未たちがこちらをみたまま固まっていた。
おれは怒鳴りつづけた。
「どうしてこんな思いをしなけりゃならないんだよ! おれが何かしたのかよ!」
秋加が目を伏せる。
「おれだってやりなおしたいよ! でも、高校中退で職歴のない27歳にできることはないんだよ!」
つゆりが顔をうつむける。
「頭も悪い、知識もない、才能もない。おれには何もないんだよ!」
興奮するおれを前にして、美冬は呆然としていた。
「おれだっていい人間になりたかった。ひとの役に立つことをしたかった。それなのになんで否定されなきゃいけないんだよ!」
美冬から履歴書をとり上げる。学歴・職歴は高校中退のあと空欄になっている。免許・資格も空欄だ。
おれは履歴書を縦に引き裂いた。紙片を重ねてふたたび引き裂く。それを何度もくり返した。
「こんなのおれじゃない! この神坂文也はおれじゃない! おれは金等級の冒険者で、すべての系統の魔法を使うことができて、伝説の聖剣をもってて、大量の金貨を所有してて、知識があって、機転が利いて、でも謙虚で、親切で、頼りにされる人間なんだ!」
「気でも狂ったの!?」
夏未が絶叫する。
おれは夏未たちを指さした。壁の時計をみる。
「あと3時間もすればおれの言ってることが正しくなる! こんなクソみたいな世界、もうどうでもいいんだよ!」
美冬を睨む。美冬は直立し、もともと小柄な体格がさらに小さくみえた。
「ずっとおまえが嫌いだった。おまえが視界にはいるたびに、おれのプライドは死んだ。なのにくっつきやがって」
喉が熱くなる。言葉がとまらない。
「おまえだけうまいことやってるじゃないか。こんなことなら、3年前に家族だからと思って助けるんじゃなかった!」
肺の空気を絞りだし、最後に大声で叫ぶ。
「おまえなんか、生まれて来なければよかったんだ!」
おれは黙った。肩で呼吸をする。
美冬は表情を失っていた。
足音が近づく。頬がはたかれた。
夏未だ。目は充血し、涙を溜めていた。
「言っていいことと悪いことの区別もつかないの!?」
小声で吐き捨てる。「最ッ低」
夏未は呆然自失する美冬の肩を掴み、ソファに座らせた。あとに言葉を発するものはいなかった。
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