1日目⑥


     *


 おれは死んだらしい。

 現世ではいまごろおれの死体が発見されているだろうか。妹たちはおれの自殺に動揺し、自分の言動を悔い、おれの蘇生を願うだろうか。そうした妄想に快感をおぼえていることに気づき、自己嫌悪をおぼえる。

 こんな自分を変えたかった。だが、あの世界ではムリだ。異世界転生だ。異世界転生さえできればいい。

《ええでー》

 虚空から声がきこえる。

《せやけど、天地創造は大変やねん。7日待ってくれや。そしたらあんさんを異世界に連れたったるわ。異世界て、あんさんの小説みたいな世界か。したら、あんさんが自分で小説をいじって、適当に調整したってや。寝てるあいだに異世界にいけるようにしとくさかい。やっぱいらんゆうたら小説を消したってや。ほな!》

 おれが呆然としているあいだに声は消えた。


     *


 目が覚める。

 床に座り、扉に背中をもたれていた。縊死したはずが、首に巻いたビニール紐が伸びている。

 部屋は暗黒だ。時刻は午前2時を過ぎていた。

 奇妙な夢をみたために、自殺を試みるほどの憂鬱は消えていた。

 冷静になる。おれが自殺すれば、妹たちを不必要に動揺させる。おれを嫌っている夏未も、自分の寝ているあいだに実兄が自殺していたら精神的に傷つくだろう。さらに、家族に自殺者がいることは社会的な汚点になる。

 自殺は軽率だった。反省する。

 台所にゆき、水を飲む。

 夢を回想する。馬鹿げた幻覚だ。

 シャワーを浴び、自殺を試みたことによる嫌な寝汗を流す。生死に関わることをしたため、心臓が拍動していた。

 気分を鎮め、布団にはいる。

 天井をみながら、あらためて夢を回想する。夢で神はおれをおれの異世界転生モノの小説に転移させると言った。もしそれが本当だとすれば、該当するのは『真面目系クズの異世界下剋上』だろう。他の小説はすべて《完結済》にしてある。

 主人公の人物設定はおれと同じだ。ひととうまく接することができず、高校を中退し、27歳の現在まで引きこもりを続けている。勢い、名前まで同じにしてしまった。それが、たまたま外出したときに交通事故で死亡し、高校生のときの肉体で異世界に転生する。

 小説のなかで《神坂文也》は転生するときに与えられた魔法の力と、現代の知識で多くのひとびとを助ける。そして、そのことで人間的に成長する。

 おれも《神坂文也》になれたらいい。だが、そんなことはありえない。布団のなかで考えごとを続けるうち、眠りに落ちた。

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