はじまり


朝起きてスマホで時間を確認する。

夏休みでさえも、目覚ましもかけていないのに身支度と通学の時間を考慮した時間に目がさめる私は日本人だな。と実感する。


私のスマホには珍しくメッセージが届いていた。


一次審査突破しました。


私は私の知らぬ間に何かのコンテストに参加しているらしい。クラスメイトの仕業だろう。


クラスメイト。それだけでなんだか明るい響きを世間一般的には認識するのであろうが、校内で同学年で一括りにされているだけの他人である。そんなポジティブな響きじゃない呼び名を誰か考えて欲しいものである。


私の朝は季節に関わらず砂糖とミルク多めのホットコーヒーから始まる。夏休みの最中でも。


今日も父親の本棚にマグカップ片手に歩み寄ったが、今日は父親がいる。どうやら今日は日曜日のようだ。

長期休みは曜日感覚を無くしてしまう。

私は父の休息を邪魔したくなかったので、なるべく音を立てないように身支度を整え、静かに家を出る。


鍵をかける際の音にも気を使いゆっくりと施錠する。


近所の図書館へと足を進めるのだ。

唯一の趣味と呼べるかも知れないものが読書だ。

あまりに日常の一部になっているので趣味と呼べるかはわからない。食事同様の当たり前のルーティンなのだ。

書物は素晴らしい。フィクション、ノンフィクションに関わらず別の人生を追体験する事ができる。一般的な考えを持ち合わせない自分にとっては一般的な考えを知る事ができると共にいくつもの素敵な世界との出会いが楽しくて仕方ない。

現実は小説より奇なり。

その言葉は私に希望を与えると共に更なる絶望への恐怖すら覚える。



図書館に着くと気になっていた最新の本は置いてなく、適当にイヤミスコーナーの短編集の本をいくつか手に取り窓際から一番遠いい角の席で読書に耽る。

こんな私でもやはり日焼けは嫌なものであり、母親譲りの整った顔立ち故に一目のつかないポジションを陣取るのである。


なんだかどれもかれも心に響く作品に出会えなかったが、図書館の冷房は心地よくそれなりの時間が経過していた。

この図書館が設置したコーナーより父親の本棚のラインナップの方がよっぽど魅力的であった。


夕刻を伝えるアナウンスを合図に私は何も借りる事無く図書館を後にし、私の家に向かう。


私の家。ではない。父親の所有している家へと向かう。


その帰路で偶然にも、クラスメイト達を目にする。

私はその敵とのエンカウントを前に狭い路地に身を潜めエンカウントを避けた。夏休み。休みの日にまで不要に絡まれたくない。馬鹿みたいに赤黒く焼いた肌。笑える。まるで猿だ。

そう思うと私にしてきた行為を不思議と許してもいい気分になった。

動物がした事にまじまじと真剣に怒りをあらわにしたりしないでしょ。だって、動物なのだから。

そんな考えを覚えると私は何かを悟ったように、殺してやる!って気持ちは薄れていった。

知能指数の低い、コミュニケーションのとれない動物なんだとクラスメイトを、認識したからである。隠れながら目にした親愛なるクラスメイトの姿はなぜだかなにかに怯えてるようであった。

嫌いな人間の困ってる姿は実に愉快だ。


しかしその考えはすぐに覆される。

父の家に帰るとその場所にはたくさんの真っ赤な車が停まっていて、テーマパークさながらの水が飛び交い、それに負けじと炎が天めがけ立ち昇っていた。

場所的に私の家、いや父の家なのは確かである。

私はその家に飛び込もうとするが、消防団員?の大人の男達に制止される。

鍛えられた成人男性に行動を暴力的に抑止されては私は自由に身動きすらとれない。

父親が二階の窓、あの興味深い本が揃えられた部屋で動いてる様が炎の中で、窓越しにシルエットが見える。

何をしているのか想像もできないし、予想もできない。

お願いだから、玄関のドアを開けて出てきて。



その願いは叶わなかった。

父親の家の跡から父親だったモノが発見された。

1つの本を抱き抱えるように。


よほど大切な本だったらしく、震災後家に置かれた防災グッズの中の防火ポーチに本を入れて抱きかかえてその本は現在に姿をのこした事を後に知る。


父親だったものの死体を確認した後、しばらくここで待っていてください。と案内されたソファー。

父親の痕跡のない焼死体が瞼から離れずに気持ちがわるい。


警察の支持を無視し私は家にかえる。


夏休みに燃えつきた家とは誰も呼ばないような跡地の中に私は寝る場所を探そうとしていた。


冬じゃなくてよかった。凍え死ぬ事はない。


家に着くまでのわずかな時間、父親と家がなくなった実感が押し寄せてくる。涙がとまらなかった。

父親との写真がどこかにあるはずだ。燃える事なく残っていたら見直したい

記憶には確かにあるのだ、遊園地や動物園の思い出が。

きっと家中どこを探しても見つからない。

全ては焼き去られてしまったのだろう。


そしてスマホが鳴る。


二次審査突破おめでとうございます。


と。

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