with a vengeance

夢乃マ男

私の話


これは私の復讐の物語。個人に向け組織に向け世の中に向け。

無くすべきものがない私にとってはミステリー小説よろしくな完全犯罪である必要はなく、復讐さえ果たされればそれで良いのだ。

むしろ私が有名であればあるほど望ましい。

復讐劇の前に私を少し語る。

母は無くとも特に不自由なく暮らす事はできていた。友達の有無、趣味の有無、金銭的な事の有無は私には関係なかった。

かわいそうにと、同情されることもあったが物心ついた時にはその環境だったので私にはなにがかわいそうなのか理解できなかった。


今にして思えばそれは父の気遣いと私の遠慮しがちな性格、更には親子感の絶妙な距離感もあったからなのだろう。


その距離感が普通ではない事に気付いたのは中学生の時だった。友人とのたわいの無い会話の中で、時には密かに恋心と呼ぶには幼く未熟な感情を抱いた相手との会話の仲で自身が置かれていた環境の異質さに気付かされたのである。


「おまえんち変わってるね」


そう言われて周りと比べた時に初めて自身の置かれた環境が普通では無い事を知る。

もちろん、母がいない父子家庭というマイノリティは自覚していたが、父は私の為に仕事をしてくれているのだから、わがままを言ってはいけない!幼いながらにその思いを胸に過ごして来たのは子供にあるまじき行為だったのかもしれない。


誕生日パーティ、クリスマス、お正月。知らないだけで他にも一般的な家庭で行われる催し、私が経験して来なかった文化は他にも存在するのだろう。


変な気を遣わずにもっと子供らしく感情に任せたわがままを言ってくればこの親子関係はもう少し世間一般からはみ出さずにすんだのかもしれない。


夕食用にと用意されたお金で買ってきたコンビニのお弁当に箸を伸ばしながら、ふと思うのだった。

小学生の頃から繰り返されてるこの夕食もどうやら普通じゃないらしい。何をもって普通と言うのか、どうしてみんな普通になりたがるのか私には理解できなかった。

私はこのお弁当が好きだ。現在学食で食べているお米や、今まで給食で食べてきたほかほかしたご飯よりこのコンビニの冷たい固いお米の方がより食感を感じ、インスタントのお味噌汁のおいしさが際立つからだ。


しかし夏休みというものは暇である。課題はとっくに終わらせてしまったし、時間を潰す為の学校生活もない。

中学で異質がばれ変わり者扱いされた私は通っていた中学からはほとんど進学するものがいない高校へと進学した。

ある程度普通を知り、周りに合わせる事の大切さを知った私はそこで新たなスタートを切るはずだった。

密かに憧れていた吹奏楽部は思いの外本格的で高い部費はもちろんの事、経験者以外受け付けない雰囲気だった。私はそれを知り体験入部を一度見に行ったきりそんな憧れは消え去った。

高校に入っても私は帰宅部という部活動に身を置くことにした。


一方で中学での部活動は高校生活にも大きく影響を及ぼすようだ。


高校での新生活、待ち受けていたのはリスタートではなく噂だった。部活動をしていなかった私は各中学関でのコミュニティを知らなかったからだ。


私の噂はそんな小さなコミュニティから広まった。


父親や親戚曰く、母親似の整った顔立ちのお陰で私の写真は一瞬にして校内に知れ渡り、プライバシー保護と誰しもが耳にしたことのあるおかたいお言葉は私には適用されなかった。


中学生までの同級生の力で卒業アルバム、卒業文集、あらぬ噂まで一瞬で広がったのである。


同じ中学出身の人がいないお陰で私をかばう言葉など1つも生まれる事がなかった。


皮肉めいた言葉を言えば高校デビュー成功である。いつだって噂の主人公なのだから。

私はもっぱらそこに嫌気がさしていた。多くの学生が夏休み皮膚ガンになるリスクを背負いながらも青春を謳歌している。死ねばいい。


高校でも変わり者、異端の目を向けられた私はまたこれかと、その状況を良しと受け入れたのが間違いだった。


中学の時は保護者内での噂もあり、置かれた環境を知ってくれている何人かの味方が存在していたお陰で悪質ないじめというものはなかった。

後からして思えば、それ立派ないじめだよ!と言われるのかもしれないが私は特に気にならなかった。

立派ないじめ。なんて不条理な言葉なんだろう。

立派もクソもあるか、いじめはいじめだ。


高校での立派ないじめは壮絶なものだった。

事あるごとに私物がなくなった。体育屋水泳の授業の際には衣類が隠されていたり、びしょびしょに濡らされたりしたこともあった。ひどい時は下着すらなくなった。その日はさすがに水着の上に雨合羽を来て早退をした。後ろの席の人間に後髪を切られたこともある。

否定することすらめんどくさがった様々な噂たちは、どんどん膨らみ変わり者の私は1人歩きしていく。

デスノートを手に入れたら私はクラスメイトの名前を主席簿のように連ねて書き、すぐに国際的名探偵に逮捕される事になるだろう。



そう考えると夏休みはなんて平和な時間なのだろう。


私は夏休みに入ってからもあの雑音、好機や哀れんだ目、与えられた害が忘れられないと言うのに。


夏休みに入る前に図書室から山程本を借りてくればよかった。

やる事のない人間にとって多すぎる休みは逆に疲れる。

父の部屋の扉を勝手に開ける。父は本を読むのが好きだったらしい。らしいと言う表現になるのは私は父が本を読んでる姿を見たことが無いからだ。本棚にはびっしりと本が詰まり溢れた本たちは部屋の隅に重ねられている。そして、どの本を見ても埃でコーティングされている。

中学生の頃、一度手にとっては見たものの内容が理解できずにすぐに本棚に戻した。その時は酷く叱られた。本の法則があるのか、はたま当時も埃でコーティングされていて私の痕跡が残っていたのか。


今となっても謎である。作者順でもあいうえお順でもない不思議な並び。しかし、今さらっとタイトルに目をやると知っているタイトル、作者がいくつかあった。トカトントンと聞こえてくるものや、幾人の女性との心中に失敗する話、胎児の夢を描いた作品、どうやら趣味も遺伝するようだ。


たちまちに私は父の本棚の虜になる。夏休みは父の本棚との戦いになるはずだった。


クラスメイトの暇つぶしのいじめは密かに実行されていたのである。

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